愛知県総合教育センター研究紀要 第98集
        

TBLT導入による英語授業の改善
−タスク活動を通したコミュニケーション能力の育成−

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本文(PDF 292KB,11ページ)
第2部 タスク活動例(PDF 931KB,92ページ)
付録 Classroom English(教室英語集)(PDF 1,406KB,20ページ)

1 はじめに
 総合教育センターの教育研究調査事業の一つである「教科指導の充実に関する研究(英語)」では,「英語学習教材・資料を開発し,その成果を発信する」こと及び「国際化,情報化に対応した英語教育の在り方,特にコミュニケーション能力の育成を目指した指導方法とその評価についての研究を行う」ことを目的に研究を進めてきた。平成19年度の研究では,生徒のコミュニケーション能力の向上と授業の改善を図る上でのタスク活動の有効性に着目し,タスク活動を,各学校での生徒のコミュニケーション能力の育成を目指した授業実践及び授業改善に活用できるものにしたいと考えた。
 このたび,本研究会の成果として「TBLT導入による英語授業の改善−タスク活動を通したコミュニケーション能力の育成−」をまとめ,タスク活動の理論的概念や,研究会委員によるタスク活動実践例を紹介する。本研究における資料が,各学校の実態に応じたタスク活動をデザインする際に役立ち,ひいては,各学校におけるコミュニケーション能力の育成及び授業改善に役立つものとなるよう留意した。さらに,タスク活動を授業に導入する際に役立つ英語表現集として「Classroom English(教室英語集)−授業を英語で行うための表現集」をまとめた。高等学校学習指導要領案(文部科学省,平成20年12月)において「授業は英語で行うことを基本とする」ことが明示されたことを受け,本表現集を日々の授業に活用できるよう配慮して作成した。

2 研究の目的とレポートの構成
 本研究の目的は,高等学校の英語の授業において,生徒たちのコミュニケーション能力を育成するための教授法や教材を提案することである。幾つかの教授法の中から特にTask-based Language Teaching(以下TBLT)という教授法を紹介し,実際の授業にすぐに使用できる様々な授業アイディアを例示する。
 レポートは2部構成になっている。第1部ではTBLTの理論的概念や特徴,生徒たちのコミュニケーション能力の育成におけるTBLTの必要性を述べる。また,タスクの定義やTBLT導入に際しての問題点をケーススタディ形式で触れるとともに,実際の授業の流れの例を紹介する。
 第2部では,TBLTの概念に基づいた様々なタスク活動例及び使用したワークシート類を掲載した。さらに,付録として,「教室英語集」を巻末にまとめた。授業を英語で行うための表現集として,日々の授業にそのまま活用できるよう心掛けて作成したので,是非活用していただきたい。

3 TBLT (Task-based Language Teaching) とは
  (1) 理論的概念
 TBLTは,世界中の様々な英語の授業で取り入れられている,比較的新しい英語教授法である。1980年代,アメリカの研究者Krashenがinput hypothesisという仮説を発表した。これは,第2言語(外国語)習得には,十分なインプット(学習者が聞いたり読んだりして取得しようとする言語を多量に取り込むこと)が必要だとする論である。しかし,当然のことながらインプットを繰り返すだけでは,その言語でコミュニケーションを図れるようにはならない。そこで登場したのが,Longのinteraction hypothesisやSwainのoutput hypothesisである。前者は,言語習得にはコミュニケーションを図っている相手と意味を確認し合ったり意見を言い合ったりなどの相互作用(negotiation of meaning:意味交渉)が必要だとする仮説であり,後者はアウトプット(学習者が修得しようとする言語を話したり書いたりして試しに使用してみること)が言語習得において必須の条件であるという主張である。これらの理論を整理すると,第2言語(外国語)習得には,インプット,話者間のインタラクション,アウトプットが重要であるということになる。そして,これらの要素を満たしているのがTBLTなのである。

 (2) TBLT (Task-based Language Teaching) の特徴
 TBLTとは,学習者に達成させるべき課題(タスク)を与え,その課題達成のための道具として英語を使わせ,その英語を使用する過程を最大限に利用して実践的運用力を育成しようとするアプローチである。TBLT の最大の特徴は,その目的が与えられたタスクを完成させることであり,発話の正確さよりも発話される意味に重点が置かれるという点である。今まで利用されてきた言語使用アクティビティーの多くが,あらかじめ学習目標として設定した文法事項や語彙を意図的に生徒に使用させ,それらを正確にリプロダクションすることが重要視されていた。例えば進行形や関係詞などの文法を説明し(Presentation),そのform(形:be + ~ing やwho / whose / whomなど)を定着させるためにドリルなどのパターンプラクティスを行い(Practice),最後に習ったformを用いて生徒たちにコミュニケーション活動をさせたり,独自の発表や作文をさせたり(Production)する方法である(以下この教授法をPPPと呼ぶ)。一方で,TBLTでは飽くまでも目標はタスクを完成させることにあり,その完成のために使用しなければならない文法事項や語彙を特定しないのである。例えば,旅行パンフレットを見て「週末1泊2日で出掛ける場所をグループで決めよう」というタスクを与えたとする。ある学習者は“How about going to Mt. Fuji?   We can enjoy seeing beautiful scenery.”と言うかもしれない。他の学習者は少し前に関係詞を習ったから試しに使ってみようと思い,“I’d like to go to Mt. Fuji where we can enjoy beautiful scenery.” と言うかもしれない。whereをwhichと間違える生徒もいるだろうし,sceneryと聞いて意味の分からない生徒もいるかもしれない。しかし,大切なのはすべての生徒が誤りのない正確な英語を一発で話すということではなく,生徒同士が分かり合おうと聞き返したり(“What is scenery?”),自分の言いたいことを伝えようと学んだ語彙や文法を試行したりしてみることなのだ。それらの行為こそが正に,インタラクションでありアウトプットなのである。(表1

表1 PPPTBLT

    教授法

授業の
焦点・目的等

PPP
(Presentation - Practice - Production による教授)

TBLT
(Task-based Language Teaching)

Focus

Focus on form

Focus on meaning

Goal

Learner’s use of correct forms

Learner’s completion of tasks

Teachers’ role

Controller

Facilitator



 (3) TBLT (Task-based Language Teaching) の必要性
 コミュニケーション能力の育成においてTBLTが必要な理由は,それが生徒たちに実際のコミュニケーションに似た体験を与えてくれるからだ。言い換えれば,TBLTは生徒たちの真のコミュニケーション(genuine communication)を引き出すことができるのである。タスクを達成するために,生徒たちは今までに学んできた様々な語彙や文法知識を総動員させる。そして,自分の言いたいことを伝えるためにあらゆる文法や語彙を組み合わせ,英文を作り出していこうとするのである。使わなければならないからある特定の形を使うのではなく,また,言わなければならない内容があるから話すのではなく,タスク達成のためのコミュニケーションを図るのに必要な形や単語を自分で選択して使うのである。実際のコミュニケーションの場では,PPP活動のように同じ形だけを繰り返して意思疎通を図ることはまれで,場面や話の流れに応じて様々な言語材料を即座に選択して使用しなければならない。TBLTでは,生徒たちは正にこの体験をするのである。大量の文法知識や単語を覚えているにもかかわらず,それらを使って実際のコミュニケーションを図れない生徒やPPP活動においてはすらすらと話したり書いたりできるのに,ALTと話すとなると言葉がなかなか出てこない生徒が多い現状を考えると,TBLTは今現場に必要な活動と言えるのではないだろうか。
 また,TBLTはタスクを完成させる過程において生徒たちの情報選択能力や判断力,問題解決能力や意見調整能力を養うことができる。現代社会はインターネットなどの高度情報通信網により様々な情報であふれている。その多量な情報の中から自分にとって必要かつ良質な情報を見極め,情報に基づいて自らの意思決定をしていく力は,現在の高校生にとって必要不可欠であると考える。教科の枠を超えて,英語で生徒たちにとって必要な資質をはぐくむことがTBLTでは可能なのである。


4 タスクの定義
 ここまで,TBLTの理論的側面やその有効性について述べてきたが,現在TBLTに関する様々な書籍等が発行され,それらの中においてタスクの定義は実に多様である。したがって,TBLTの導入について詳しく述べる前に,本研究レポートにおけるタスクの定義をしておく必要があろう。先に述べた第2言語(外国語)習得理論と実際の日本の英語教育の現場の両面を考慮に入れると,Ellis(2003, p.16)が示すタスクの定義が最適であると考え,その定義を本研究レポートにおけるタスクの定義とする。

Ellisの定義は以下のとおりである。
  A task is a workplan that requires learners to process language practically in order to achieve an outcome that can be evaluated in terms of whether the correct or appropriate propositional content has been conveyed.  To this end, it requires them to give primary attention to meaning and to make use of their linguistic resources, although the design of the task may predispose them to choose particular forms.  A task is intended to result in language use that bears a resemblance, direct or indirect, to the way language is used in the real world.  …a task can engage productive or receptive and oral or written skills and also various cognitive processes.
 (日本語訳)
 タスクとは学習者が課題を達成するために,学んでいる言語を実際に使用することを必要とする作業計画である。(正確な言語で発話されたかではなく)与えられた課題に対して,正確若しくは適切な提案内容が伝えられたかという点で評価がなされる。タスクはあらかじめ決められた文法や語彙を学習者に選ばせるようデザインされることもあるが,飽くまでも課題の達成が最終目標であるという状況の下,学習者の注意は文法的な形よりも表現したい意味に向けられ,学んできた言語材料を駆使し自分の意思を伝達することが最優先される。また,タスクは現実の世界で使われているような言語使用を引き出せるようつくられるべきである。そして,タスクはproductive(書く,話す)又はreceptive(聞く,読む),話し言葉又は書き言葉のスキルと共に,様々な認知プロセスの働きも必要とする。(研究会訳)
 
5 TBLT (Task-based Language Teaching) 導入に際しての問題点
 
ここまでTBLT の必要性について述べてきたが,これを実際の授業に導入するには様々な問題点が予測される。例えば,授業時間の問題である。このような活動を行っていると,授業進度が遅くなってしまうという心配があるかもしれない。自分が教えた文法項目や言語形式を生徒が使えるかどうかを,TBLTで測れるだろうかという疑問もあるだろう。一般的背景知識に頼ってしまって,生徒が言葉のやり取りを十分行わずにタスクを完了してしまうのではないかという心配も出てくるかもしれない。さらに,タスクの選定についてどうしようかと迷うかもしれない。生徒の方からは,文法や構文にもっと焦点を当ててほしいとか,受験に役立つのかといった声が上がるかもしれない。
 ここでは,次の問題点についてどのように対処できるかについて考察する。
 (1) 「どのようなタスクを選べばよいのだろうか」
 (2) 「タスクの難易度についてはどう考えればよいのだろうか」
 (3) 「授業進度が気になるのだが」
 (4) 「特定の言語形式に焦点を当てたいのだが」
 (5) 「一般的背景知識や状況に頼ってしまって,単語を並べるだけで終わってしまうのでは」
 (6) 「文法や構文をもっと説明してほしいのだけれど」(生徒の声)
 (7) 「受験の役に立つのだろうか」(生徒の声)
 ((1)から(5)は,教員側からの予測される問題,(6)及び(7)は生徒側からのものである)

 (1) 「どのようなタスクを選べばよいのだろうか。
→ 最適なタスクが唯一あるわけではないので,様々なタイプのタスクに取り組ませる。

Pica, Kanagy and Falodun(1993, pp.18-32)は,タスクをタイプ別に分類し,タスクタイプの第二言語習得への影響を考察している。Pica et al.が扱った五つのタスクタイプの特徴をまとめると,表2のようになる。

表2 コミュニケーションタスクの分類と特徴

タスクのタイプ

特徴

1 Jigsaw
(ジグソー)

参加者がそれぞれ情報をもち,課題を達成するためにはお互いの情報を出し合わなければならないタスクで,結論は一つである。

2 Information gap
(インフォメーション・ギャップ)

重要な情報をもっている参加者から情報を引き出して,課題を達成するタスクで,結論は一つである。情報要求・提供のやり取りは必要だが,情報の流れが双方向でないという点でジグソーと異なる。

3 Problem-solving
(問題解決)

現実や架空の問題の解決を探るタスクで,タスクを遂行する上で,必ずしもインタラクションを必要としない。到達すべき結論は一つである。

4 Decision-making
(意思決定)

全体の意思を決定するタスクで,タスクを遂行する上で必ずしもインタラクションを必要としない。結論は一つ以上である。 

5 Opinion exchange
(意見交換)

あるトピックについて議論したり,意見の交換をしたりするタスクで,タスクを遂行する上で,必ずしもインタラクションを必要としない。特定目標はなく,結論は一つ以上又はそれ以下にもなりうる。

では,どのようなタイプのタスクが言語習得に有効なのだろうか。Pica et al.によると,双方向の情報伝達が必要であり,目標に向かって収束的で,かつ得られる結論の数が一つであるジグソータスクのようなものが,言語習得に最も効果があるという。より多くの情報交換を必要とし,より多くの意味交渉が行われる可能性が高いからである。しかし,一方では,Willis (1996, p.28) が指摘するように,意見交換のような到達点がはっきりしていない開放型のタスクこそ実際の生活におけるやり取りに近いものであり,生徒にこのようなやり取りができるように指導することが一つの究極の目的であるということも忘れてはならない。
 このように,タスクのタイプと言語習得についてはいろいろな意見がある。さらに,異なるタイプのタスクが言語習得に異なった貢献をする可能性があるので,多様なタスクを行うことがよいと考えられる。

(2) 「タスクの難易度についてはどう考えればよいのだろうか」
→ 実施方法に工夫をすることでタスクの難易度を調整して取り組ませる。

生徒がタスクについて感じる「難しさ」は,どのようなところから来るのだろうか。タスクの難易度に影響を与えるものとして,Ellis (2003, pp.220-229)は,Robinson (2001)に依拠して,タスクの複雑さ,学習者の例えばレベルや学習スタイルなどの条件,タスクの実施方法の三つの要因を挙げている。さらに,タスクの複雑さに関しては,インプット(どのようなインプットを提示するか),条件(どのように情報のやり取りをさせるか),プロセス(どのような認知作業が必要とされるか),結果(どのような成果を求められているか)の四つの観点から先行研究を整理して表(p.228)にまとめている。その中の幾つかに注目したい。
 インプットに関しては,絵や書面より口頭での提示の方が難しくなり,さらに,構造や語彙などの言葉の難しさが関係してくると考えられている。条件については,一方向のタスクの方が意味交渉が少なくなり心理言語学的に困難度は増すというMarkee (1997) の報告が紹介されている。プロセスについては,情報交換より意見の交換が難しく,他段階の論証が必要になるほど困難度が増していくというPrabhu (1987) の研究に言及している。結果については,書面より口頭で発表する方が難しく,一般的にはリストの作成や描写に比べると,手順や議論が難しくなると考えられている。
 以上のまとめから,どのようなタスクが複雑であり,生徒に難しいという感じを抱かせるのかについて,ある程度のヒントは得られるかもしれない。しかし,ここで問題となるのは,Ellis (2003, p. 227)も指摘しているように,これらの観点がどのように影響しあって総合的な複雑さを生み出すかについては明らかになっていないことである。さらには,難しさの他の二つの要因(学習者の条件と実施方法)も絡んでくることを考えると,タスクの難易度の判定は容易なことではないと思われる。現実問題としては,複雑であると想定されるタスクを避けるのではなく,むしろ準備時間などの実施方法に工夫をすることでタスクの難易度の調整を図ることのほうが望ましいのではないかと思われる。目の前にいる生徒の実態や指導の目的に応じて,難易度の調節をしながら様々なタスクに取り組ませたい。

(3) 「授業進度が気になるのだが」
→ 教科書の題材を効率的に活用してタスクを行う。

タスクに関して今までよく行われてきたことは,一つの課を終えた後で,その課で学習したテーマや言語形式に関してタスク活動を新たに考案し実施することであった。ここでは授業の効率化を図るために,教科書の題材そのものを活用することを考えたい。例えば,物語や物事の手順を説明する文章がある場合,その結末や手順をペアやグループで推測させてから(これがタスク活動になる),本文を読んだり聞かせたりして確認させることである。教科書に載っているスピーキング活動に少し手を加えて,インフォメーション・ギャップのようなタスクに変えることも可能である。さらに,意見などを書かせるライティングの活動の前に,少しだけ時間をとってペアでの話合い・発表をさせてから(これがタスク活動になる)書かせるなど,教科書の題材を効率よく活用することを提案したい。

(4) 「特定の言語形式に焦点を当てたいのだが」
→ focused taskを取り入れる。

タスクは,焦点化されていないタスク(unfocused task)と焦点化されたタスク(focused task) の2種類に区分できる。unfocused task は,特定の言語形式を使用することを意図していないタイプのタスクであり,focused taskはある特定の言語形式を表出させたり理解させたりするためのタイプのタスクである。ある特定の言語形式や文法項目が使えるかどうかを確認したい時には,focused taskを活用することができる。ただ,ここで注意すべきことは,focused task においても,タスク活動では,学習者の意識は常に意味(メッセージ)に向けられなければならないということである。その点から言えば,例えば,現在完了形を学習した後,「さあ,現在完了形が使えるかどうか試してみましょう」と言うのでなく,言語形式については何も触れず,生徒に自由に言語形式を選択させた方が望ましいと考えられる。すなわち,タスクの中で特定の言語形式の使用が意図されていることや特定の言語形式がインプットの中に組み込まれていることを「明言」しないことである。この点において,Ellis(2003, pp. 141-142 and 144-151)が指摘するように,focused task は従来行われてきた場面を意識した文法練習(situational grammar exercise)とは異なる。focused taskの意義は,スキル構築理論(skill-building theories)と暗示的学習(implicit learning)の知見からも指摘されている。
 しかし,ここで問題となるのは,特定の言語形式を偶発的に使用(表出)させるようなタスクをうまく作成できるかということである。二つのものを比較して一つを選ばせるようなタスクでは,「比較級」の使用が予測されるが,それでも生徒が比較級を必ず使用するとは限らない。タスク活動において,生徒が使用する言語形式を予測することは,実際にはかなり難しいことである(Willis, 1996, pp.33-34)。 このことを踏まえて,タスク内で提示するインプット(言語データ)の中に特定の文法形式を組み込みこんだり,タスク活動後に言語的側面の学習時間を設定し,そこで同じタスクをネイティブ・スピーカ―が行った様子を録音したテープやそれを書き起こしたものを用いて,生徒に特定の言語形式に気付かせたりするなどの理解タスクの形をとることも一つの対処法であると思われる。

(5) 「一般的背景知識や状況に頼ってしまって,単語を並べるだけで終わってしまうのでは」
→  準備時間や活動時間を適切に設定したり,タスクを繰り返したりする。

生徒が,一般的背景知識や状況から意味を推測し,複雑性の点から適切でない言語形式を使ってタスクを解決してしまうことがあるという問題点は,従来から指摘されてきた(Skehan, 1996, pp.20-21)。実際に,生徒に「留学生にアイチを見せよう!」(第2部タスク活動例1)のタスクを行わせると, “Higashiyama Zoo.  OK?”  “OK.  OK.  I know.  Good. Let’s go.” のような会話に終わってしまうことが多い。こうした問題に対処するには,準備時間や活動時間を適切に設定したり,同じタスクを繰り返したりすることが有効である。

以下,具体的に解決策を述べる。

ア タスク前に準備時間を適切に設定する。
 数分間のタスク準備時間をとることで,例えば上記のタスクの場合であれば,案内役の生徒は「自分の方から三つぐらい候補地を挙げ,その場所について説明しよう」とか「現在完了形を使って相手に行ったことがあるかどうか聞いてみよう」など,取り組み方や何をどのように言うかについて計画することができる。とりわけ,複雑な意思決定タスクでは,準備時間があることで,発話の流暢(りゅうちょう)さが増し,より複雑で多様な表現を可能にするという研究も報告されている(Foster, 1996)。しかし,即興的な話し方を練習する機会も日本人の高校生には必要と思われ,指導の目的やタスクの種類によって準備時間の有無を決めることが大切である。

イ タスクの活動時間を適切に設定する。
 タスク活動においては,生徒はリアルタイムに言語を処理しなければならないので,理解したり表現したりする時に,規則に基づく正確な分析をせずに,記憶された決まり文句に依存することが多い。特に時間的プレッシャーを感じるとその傾向が強くなる。言語発達のためには,時間がかかっても生徒が規則的知識を使用して言語を正確に処理することが必要であるが,同時に,流暢(りゅうちょう)さを獲得するためには,“the thing is” や “if you see what I mean” のような定式的な表現を蓄積することも大切である(Skehan, 1996, pp.20-23; 1998, pp.53-55)。この見解を踏まえて,活動時間や時間的制約に関しては,生徒のレベルやタスクの種類に応じて適切に設定する必要がある。

  ウ タスクの繰り返しを行う。
 同じタスクの繰り返しも,適切な言葉のやり取りを促すのに効果的である。生徒のチャレンジ精神も刺激してよい結果になることも多い。同じタスクの繰り返しによって,より適切な語彙選択につながるという指摘(Bygate, 1996)や,複雑で流暢(りゅうちょう)な発話を引き出すという研究報告(Bygate, 2001)もある。

以上のように,タスク活動においては,流暢(りゅうちょう)さだけでなく,言語の複雑さを高める工夫をすることが大切である。

(6) 「文法や構文をもっと説明してほしいのだけれど」(生徒の声)
→ focused task を行ったり,タスク活動後に言語的側面に焦点を当てた活動を設定したりする。

「文法や構文をもっとしっかり教えてほしい」という生徒側からの要望に対しては,focused taskを使用することが一つの解決法である。また,生徒のレベルによっては,言語的側面に焦点を当てた活動をタスク活動後に十分行うことも必要であるかもしれない。また,事前にそうした活動があることを知らせることで,生徒に安心してタスクに取り組ませることができるかもしれない。しかし,何よりも大切なことは,生徒にタスク活動の利点を十分説明することであると考えられる。タスク活動を行うことでバランスのとれた学習ができること,コミュニケーション能力を育成することができることを十分説明する必要があろう。

(7) 「受験の役に立つのだろうか」(生徒の声) 
→ タスク活動を通して培った英語力は,大学受験や英語の資格試験で問われる力と密接な関係があることを知らせる。

タスク活動を通して,生徒は多くの英語に触れ,同時により英語を使う経験をすることができる。さらに,言語的側面に焦点を当てる活動時間を設定することで,文法や言語形式も確認することができる。このように,タスク活動を行うことで,多くの試験で問われる言語の知識と運用能力を培うことができると考えられる。また,最近の受験問題の中には,タスク的要素を含んだものが数多く出題されているので,そうした問題にもぜひ取り組ませたい。



6 指導の手順
 
タスクを行う授業の流れは,一般に,「プレ・タスク」,「タスク」,「ポスト・タスク」のステージをとることが多い。現在の高等学校の状況では,タスクのようなコミュニケーション活動を効果的に行うためには,言語材料に関する指導も行う必要がある。この点から,ここではWillis (1996)が提案した,「プレ・タスク」(トピックとタスクの導入),「タスク・サイクル」(タスク活動,準備,発表),「言語的側面の学習」(分析活動,定着活動)という3段階のステップをベースに自己評価の項目を加えた枠組みを提案したい。
 以下に提示するものは,当研究会が理想と考える指導の手順である(実際の活動に当たっては,生徒のレベルや指導の目的に応じて,2回に分割して行ったり,一部の活動を省略して行ったりすることが十分可能であるが,参考例として提示した)。
 なお,活動形態は,ペア・ワーク又はグループ・ワークの活用を考えたい。発話量が増えるだけでなく,即興的なやり取りを行う中で,意思の疎通を求めて意味交渉を行ったり,会話を維持するためにコミュニケーション方略を試してみたりする機会を得ることになるからである。

指導の手順
 (1) プレ・タスク(タスクの導入→語彙の提示→(準備時間))
 (2) タスク活動(その1)
 (3) レポート(発表)(レポートの準備→タスクの成果や活動内容を簡単に口頭か書面で報告)
 (4) 言語的側面の学習
  ア タスク活動,レポートで生徒が実際に使用した言語形式に関する教員側からの説明や助言
  イ タスク活動で使用した教材,ネイティブ・スピーカ―や別の生徒が同じタスクを行った様子を録音したテープやそれを書き起こしたものなどを使用しての分析活動及び定着活動
 (5) タスク活動(その2)(相手を代えて行う同じタスクの繰り返し)
 (6) (自己)評価  

以下に,各ステージで教員が行うこと及び指導上の留意点を述べる。

(1) プレ・タスク
 ・生徒にタスク活動の流れを説明する。
 ・タスクの内容,達成すべき成果,制限時間などについて説明する。
 ・focused task, unfocused taskに関わらず,タスク前に,意図された言語形式については触れないことが望ましい。
 ・必要に応じて,使われそうな語句や表現を提示する。
 ・指導の目的,生徒のレベル,タスクの種類に応じて,準備時間を設定する。

(2) タスク活動(その1)
 ・言語側面の学習を行うときにコメントや助言ができるように,生徒の発言や生徒が言えなくて困っているような表現をできるだけメモしておく。ALTの協力を得られるとよい。
 ・タスクに取り組んでいる間は,できるだけアドバイスや誤りの訂正は控える。重要なのは,正確さではなく,生徒に自分の言葉で自然に話させることである。

 (3) レポート(発表)
 ・レポートの準備をさせる。
 ・ペアやグループの代表者に,口頭か書面で,タスクの成果や活動内容を報告させる。場合によっては,レポートの代わりに,何人かの生徒にクラスの前でタスクを行わせてもよい。
 ・発表の場そのものがコミュニケーション活動の一環になるように,発表の目的を明らかにして,発表者だけでなく他の生徒も積極的な参加が求められる活動の場にしたい。例えば,問題解決型のタスクでは,どのグループの解決案が一番妥当であるか後で挙手させるとか,自分の意見を書くことを宿題にするなどの工夫をすることが望ましい。

(4) 言語的側面の学習
 ・タスク活動やレポートで生徒が実際に使用した言語形式に関して,コメントや助言などのフィードバックを与える。ALTが参加している場合は,ネイティブ・スピーカ―の立場から,適切な表現を提示してもらうとよい。
 ・タスク活動で使用した教材やタスクを行った様子を録音して書き起こしたものなどの分析活動を行わせる。できれば,ネイティブ・スピーカ―に同じタスクを行ってもらい,それを録音して書き起こしたものや,録画したDVDの映像を使用したい。DVDを用いると,非言語コミュニケーションに対する生徒の理解も深めることができる。
 ・分析活動に当たっては,言語形式や,言葉の機能,意味交渉,コミュニケーション方略などに生徒自身に気付かせ,考えさせることが大切である。
 ・タスク録音のテープとそれを書き起こしたプリントなどを用いて,リズムやイントネーションなどの音声面の指導を行う。
 ・必要に応じて,特定の言語形式の練習を行い,定着を図る。

(5) タスク活動(その2)
 ・言語的側面の学習で分析活動に用いたタスク活動のスクリプト(録音を書き起こしたプリント)を生徒に利用させない。自分の言葉でタスクを行うことが大切であることを伝える。
・準備時間はとらないほうが望ましい。言語的側面の学習の後では,生徒の意識はどうしても形式に向けられているので,さらに準備時間を取って使用する言語形式を計画させることは避ける。
・相手を代えて,同じタスクに取り組ませる。

 (6) (自己)評価
・評価の観点は,第一にタスクの完了に置き,これに,意欲・関心・態度,理解の能力,表現の能力の観点から評価させることが望ましい。
・タスク活動を2回繰り返す場合は,タスク活動(その2)を評価の対象とする。その場合は,前述の評価観点に加えて,タスク活動(その1)と比べてどんな点がよくなったか(悪くなったか)及びその原因を生徒自身が考えて書くスペースをとっておくことが望ましい。そうすることで生徒に自分の学習に責任をもたせ,次の取組への足掛かりにすることができる。
 例えば,スピーキング・タスクの場合は,次のような評価表(表3)が考えられる。

表3 タスクの繰り返しを行う場合の評価表例

1 タスクの完了

*タスクを完成できたか?

Yes  /  No

2 コミュニケーションの継続

(規定時間:○分)

*うまく言えないところがあっても別の表現で言い換えるなど,様々な工夫をすることで規定時間コミュニケーションを継続できたか?

Yes  /  No

3 適切な発話

*相手の発話に対して,適切に対応できたか?

A  /  B  /  C

4 正確な発話

*自分のもっている情報や希望を正確に伝えることができたか?

A  /  B  /  C

5 私の進歩度!

(進歩した / 変化なし / 悪くなってしまった)

タスク活動(その1)と比較して

(具体的によくなったところ・悪くなったところ)


(私が考えるその原因)

注意:評価欄「A / B / C」について,Bを選ぶ生徒の数が多くなることが予想される場合,「A / B / C / D」の4段階に設定する。

7 主要参考文献

Bygate, M.  1996.  Effects of task repetition: appraising the developing language of learners.  In J. Willis & D. Willis (Eds.), Challenge and Change in Language Teaching (pp. 136-146).  Oxford: Heinemann.

Bygate, M.  2001.  Effects of task repetition on the structure and control of oral language. In Bygate, M., Skehan, P. & Swain, M. (Eds.) Researching Pedagogic Tasks: Second Language Learning, Teaching and Testing (pp. 23-48).  Harlow: Longman.

Ellis, R.  2003.  Task-based Language Learning and Teaching.  Oxford: Oxford University Press.

Foster, P.  1996.  Doing the task better: how planning time influences students’performance.  In J. Willis & D. Willis (Eds.), Challenge and Change in Language Teaching (pp. 126-135).  Oxford: Heinemann.

Nunan, D.  1989.  Designing Tasks for the Communicative Classroom.  Cambridge: Cambridge University Press.

Pica, T., Kanagy, R., & Falodun, J. 1993.  Choosing and using communication tasks for second language instruction and research.  In G. Crookes & S. Gass (Eds.), Tasks and Language Learning: Integrating Theory and Practice (pp. 9-34).  Clevedon, UK: Multilingual Matters.   

Skehan, P.  1996.  Second language acquisition research and task-based instruction.  In J. Willis & D. Willis (Eds.), Challenge and change in language teaching (pp. 17-30).  Oxford: Heinemann.

Skehan, P.  1998.  A Cognitive Approach to Language Learning.  Oxford : OxfordUniversity Press.

Willis, J. and D. Willis, (Eds.). 1996.  Challenge and Change in Language Teaching.  Oxford:Heinemann.

Willis, J.  1996.  A Framework for Task-based Learning.  Harlow: Longman.

高島英幸 編著 2005 『文法項目別英語のタスク活動とタスク』大修館書店

松沢伸二 2002 『英語教師のための新しい評価法』大修館書店


第2部 タスク活動例 (PDF 931KB,92ページ)

付 録 Classroom English (教室英語集)