愛知県総合教育センター教育課題シンポジウム

新しい時代の評価を考える


は じ め に
愛知県総合教育センター教育課題シンポジウムを平成13年6月25日(月)に開催しました。新しい教育課程の実施を来年に控え、喫緊の課題である「評価」について、専門家の立場から、また、現場の教師の立場から意見発表をしていただくとともに、質疑応答するという内容でした。
シンポジストとして次の4名の先生方をお招きしました。
国立教育政策研究所総括研究官 木岡一明氏
名古屋大学大学院教授 梶田正巳氏
半田市立雁宿小学校校長 山田淳夫氏
愛知県立五条高等学校教頭 中川敦夫氏
会場には200名を越える先生方が集まり、この問題に対する関心の高さがうかがわれました。以下にシンポジウムの概要について紹介します。


第一部 シンポジストによる意見発表
山田淳夫氏の発表要旨
  • 学校現場の評価の現状
    現場の教員は勤勉で、誠実に努力し、指導と評価の一体化を図って実践しているが、意識としては評価イコール評定で、特に入試が控えている中学校では、評定を導き出すものとしての評価の意識が強い。
  • いわゆる絶対評価への改訂について
    絶対評価により、子供の相対的な比較による劣等意識は解消され、学習の改善や意欲化が期待される。しかし、入試の調査書の扱いは問題になる。絶対評価のスケールの統一はできないものか。
  • マニュアル化からの脱却
    知多では「知多地方教育計画案」が教育活動の拠り所になっているが、「マニュアルどおりにやっていればよい」という意識になりがち。そんな中、自校カリキュラムへの動きもある。自分たちで工夫開発することで、教員の主体性を引き出すことができる。マニュアル化からの脱却の第一歩ととらえている。
  • 「総合的な学習の時間」への取組と地域とのかかわり
    「総合的な学習の時間」を始めるに当たっては、保護者・地域の方の協力が不可欠であり、各学校が様々な取組をしている。「学校通信による保護者への取組の説明」「学校の様子を知ってもらうための学校開放」「ホームページでの情報発信と保護者からの意見集約」等々保護者や地域の方々による評価を取り入れる方法について他の先生方の意見を伺いたい。
梶田正巳氏の発表要旨
  • 教育課程審議会の審議の中で
    学力とは何か」「生きる力とのかかわり」がこの審議会で問題になった。教科の内容から見た「学力」と、考える力、判断する力といった機能面の「学力」とがある。また、別の考え方として、
    • 問題を知り、与えられた選択肢の中から答えを探し出す「再認の学力」
    • 問いを与えられるが、記憶の中に答えはなく、答えをつくり出そうとする「生産の学力」
    これに対して第三の「問いも答えも生産する学力」がある。この第三の学力が自ら課題を見付け解決を目指す「生きる力」に最もかかわりがある。「生きる力の評価」が言われるのなら、この第三の力を小学校から育てていくべきではないか。
  • 間主観について
    思考力、判断力などを評価していく上で「誤差成分はさけられない」と思う。しかし、それを取り除く努力が必要である。例えばテストの出題で、複数の教師で問題を出し合いディスカッションする。また、判定の場面でも一人の子供を複数の教師で評価すると多面的なとらえができ、自分とは異なるものさしに気付くなど教師としての力量も高まる。
    このように、自分の主観を他の人の主観に照らして「間主観」にすることが大切。その上で、最後は自分で責任をもって評価すべきである。
中川敦夫氏の発表要旨(「総合的な学習の時間」への取組から)
  • 現在の生徒に対する評価
    • 誠実でよく努力する。他者の助言に真摯に耳を傾ける。向上心がある。
    • 主体性、創造性が不足し、課題設定や何かをつくり上げるというところに弱さがある。
  • 総合的な学習の時間」のねらい
    生徒の実態を見た上で次の目標を立てた。
    • 主体的な興味あるテーマをつくり出すこと
    • 研究調査し、自分なりの意見をもつこと
    • 発表を工夫すること
    これらのねらいを定めることが評価活動の前提となった。
  • 五つの自己評価の観点を示しての実践
    「創造力」「前向きな行動」「主体的な話し合い」「発表する力」「責任性」の五つを生徒に示し、事後に振り返らせたのは有効だった。それぞれの生徒の自己評価はおおむね良好だった。
  • 教員組織をどうするか
    研究小委員会、研究推進委員会、実行委員会といった少人数の組織をつくって実践した。少人数の組織には「実践内容の検討等において議論が深まる」「組織として動きやすい」などのメリットがあった。
  • 今後の課題
    • 時間をおいての生徒の変容をどうとらえるか
    • 学校の指導と組織など指導体制の自己評価をどうするか
木岡一明氏の発表要旨
  • なぜ今、学校評価なのか
    教育の地方分権の中で、開かれた学校づくり、特色ある学校づくりなど学校の自主性・自律性が求められた。また、教育問題の深刻化(教育不祥事、学級崩壊、17歳事件など)により学校の責任が問われている。さらに、行政評価の一環として学校評価が注目されている。まさに学校評価ブームと言ってよい。
    しかし、なぜ学校評価は定着しないのか。
  • 「学校評価」の浸透・定着を阻んできた要因
    これまでの教育行政は基準を細かく示し、結果を保障してきた。そのため「基準に合っていればよい」という考えを生んだ。そういった制度や基準の下で教師は、行政依存、前例踏襲の体質に陥った。しかし、今日の改革では、学校の独自性、特色づくりが求められている。そのためには、まず一人一人の教師がこれまで以上に主体性を発揮することが求められる。
  • 「学校評価」を共に創り、考え、開こう
    コミュニケーション関係の改善を図り、組織としての学習を深め、その成果を広く社会に示して、保護者・地域の信頼と納得を得ることが大切。共に創り、考え、開く学校経営が望まれる。
  • 学校を評価する前向きの視点
    長所、つまり学校のもっている資源(リソース)に目を向け、生かす機会を考え、成果を保護者や地域の人々に説明し、納得を得て、新たなものを創造していく学校経営の展望こそが大切である。
    

第二部 質疑応答
第二部は、第一部の意見発表の中で出された質問についての話し合いと、聴衆からの質問にシンポジストが答えるという形で進行しました。
  • 絶対評価におけるスケールの統一について
    教師によって絶対評価のスケールは違う。今までは相対評価に判断をゆだねて責任がなかったが、今回は教師が妥当と思う規準で判断し、その責任もとる。判断の根拠としては、一つは学習指導要領、もう一つは教科書。これらに基づいて誤差成分を取り除く。また、自分の判断が妥当なものであるか、他の教師とのコミュニケーションを十分図ることが重要だ。(梶田氏)
  • 「まじめな雑談」について
    コミュニケーション関係の良好な学校は、学校評価も良好である。コミュニケーションを阻んでいるものに「包容の論理と縄張り意識」(献身的であるが他の先生と話し合わない教師像)がある。先生方のもっている考え(暗黙知)をきちんと文章化した形(形式知)にするには「本音で語られる場」が必要である。私はそれを「まじめな雑談」と呼んでいる。先ほどの五条高校の少人数の組織などは有効だろう。
    また、校長先生・教頭先生は自分の考えを教師に向けて発信する努力をしてほしい。そういったものの中に保護者や地域の人々の声を入れていくことが大切。そして、相対化し、改めて自分の判断を示すプロセスが必要である。さらに、外に向け、納得できる説明をしていくことが保護者や地域に対する責任である。(木岡氏)


ま  と  め
  • マニュアル化からの脱却
  • 問題をつくる力
  • 間主観
  • 少人数の委員会の有効性
  • まじめな雑談
  • 共に創り、考え、開こう
これらキーワードに象徴されるように、これからの教育は学習評価においても学校評価においても先生の個人プレーでなく、互いに力と知恵を出し合うことが大切である。これらのキーワードで、目の前の大きな扉を開いていただきたい。(コーディネーター 本センター研究部長)


お わ り に
シンポジウム後に回収したアンケートの感想では「意義深いと感じた」「大変参考になった」といったものが多い中、「現場が求めているものとは違った」「総論でなく各論が聞きたかった」など、現場ですぐに役立つものを期待していたという印象のものも見られました。マニュアルに頼りがちになっている忙しい現場の教師の現実を見たような印象ですが、木岡氏が最後に言われた「もう待っていても答えはやってこない」が、そういった声への回答なのだと感じました。
平成14年4月からは現実に絶対評価となります。本センターとしても、現場の先生方の役に立つ研究の成果を発信していきたいと考えています。
最後に、貴重なお話をいただいたシンポジストの先生方、お忙しい中集まっていただいた多数の先生方に御礼を申し上げます。ありがとうございました。



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