第49回愛知県総合教育センター研究発表会

平成21年11月20日(金)

1 はじめに
 第49回愛知県総合教育センター研究発表会を愛知県教育委員会高須勝行学習教育部長ほか,多数の来賓の御臨席の下,県内外から約560人の参加者を迎え,開催した。
 午前は,開会行事に続き,「持続可能な社会をめざす総合的環境教育としてのESD」と題して,立教大学社会学部教授の阿部治氏による講演を行った。午後は,研究テーマごとに7部会に分かれて研究発表・研究協議を行った。また,終日にわたり優秀教育論文や愛知県教育史年表の展示を行い,休憩時間中には教育相談特別研修論文の内容紹介ビデオの上映も行った。以下にそれらの概要を紹介する

2 講 演 
◆演題 「持続可能な社会をめざす総合的環境教育としてのESD」
◆講師 立教大学社会学部教授  阿部 治 氏

【講演内容の概要】

(1) はじめに
○ 「持続可能な開発のための教育(ESD:Education for Sustainable Development)の10年」は,2002年のサミットで日本から提案し,国連で採択された日本発の国際運動である。
○ 『愛・地球博』における地球森林村が,このESDを公に広めた最初の催しである。『愛・地球博』を契機として,持続可能な愛知・名古屋を目指し,来年は生物多様性条約第10回締約国会議(COP10)がある。
(2) セヴァン・スズキ「伝説のスピーチ」
○ ビデオ「伝説のスピーチ」視聴 <1992年地球サミットにて>  英文・日本語訳はこちら
○ 大人たちは子どもたちに対して,「大丈夫,私も頑張っている」「今,しっかりやっている」「愛している」と言っている。しかし,子どもたちは,「将来・未来も大変だ」と感じている。
○ 今,世界中で起きている様々な問題を,“つながり”という視点でとらえ,当事者として働き掛けていくことができる人を育ててくことが大切である。
(3) 私たちが暮らしている社会
○ 環境や開発,資源やエネルギーの問題,人口や食料,貧困,人権・ジェンダー,平和,民主主義,いろいろな課題が,世界共通の課題としてある。
○ 多くの課題は,かつてはばらばらにとらえられていた。しかし,相互に深くつながっていることが理解されてきて,地球課題として取り組んでいくようになった。
(4) 国内の課題として
○ 少子高齢化,過疎化の問題,格差の拡大の問題,食料自給率,自殺率,いろいろな問題が日本の課題としてある。
○ 孤立化・関係性の希薄化について,日本は突出しており,自己肯定感や達成感を得ることができない人たちが増えてきている。
○ 原因として,自然体験が減ったことによって,正常な人間としての行動ができなくなったという考えもある。
(5) 持続可能な開発とは
○ 「持続可能な開発」とは,将来の世代のニーズ(needs)を満たしつつ,現在の世代のニーズをも満足させるような開発である。
○ 「持続可能な開発」という考え方が,ESDの根底にある。そして,「今の教育システムを『持続可能な開発』の視点からつくり直していく」ことが,国連の提示したESDの指針である。
○ 「経済」「社会」「環境」(一般的にトリプルボトムラインといわれている)のバランスのとれた世界をつくっていくことが,「持続可能な開発」の視点となる。三つの中で,環境(健全な生態系)がベースとなり,環境の中に社会(平和,人権,平等)があって,その中に経済(適切な開発)があることが大切である。
○ バランスのとれた持続可能な世界をつくりあげていくためには,政治(市民の社会参加)が必要で,「一人一人の市民が主体的に社会を担っていくのだ」という市民教育が大切である。この考えが,新学習指導要領に取り入れられ,ESDの基本となっている。
○ 「持続可能な開発」は,国連の「環境と開発に関する世界委員会」(1982年)で日本が提案し,世界共通のスローガンとなった。
(6) 持続可能な社会に向けて
○ 持続可能な社会の視点として,「自然」「社会」「人間」という三つの視点でも整理することができる。
○ 世界で起きている環境問題のほとんどは,「物質循環」と「生物多様性」の損失に起因している。そして,「自然」を基盤とし,その上に私たちの「社会」が存在する。その「社会」の中において,私たち「人間」は一人では生きていけない。「社会」,あるいはその地域で近い「文化」や私たちの営みとしての「経済」,これらをどう持続させていくのかが大切となる。
○ 今,「人と自然との関係」や「人と人との関係」が,時間的にも空間的にも断ち切られている。再度,これらのつながりを意識し,「私たちはこのつながりの中でこそ生かされている」ということを,体験を通じて学んでいくことが求められている。
○ 西ヨーロッパの国々と比べて,日本は持続可能な社会のビジョンをまだもち得ていない。世界で持続可能な社会に最も近い国として挙げられているのはスウェーデンである。スウェーデンは,環境だけではなく,福祉や健康など,あらゆるところに,サスティナビリティ(Sustainability:持続可能な)を組み込んでおり,教育においては,サスティナビリティは教育の根本にあるとしている。
○ この「国連ESDの10年」を進めていく中で,最終年度までに,日本の市民と政府が,持続可能な社会のビジョンを描けるような力をもつようになってほしい。
(7) 持続可能な社会をめざす総合的環境教育へ
○ 一般的には,「技術開発」「法制度の整備」「意識改革」の三つが大事になる。この三つに共通してかかわるのが,教育である。そして,その教育として,環境教育が大切となる。
○ 今,自分が様々なかかわりの中で生かされているという実感が無くなってきている。そこで,関係性を再度見直していく必要がある。つまり,どのような関係ならよいか想像して,想像した関係を創りあげていく。このような,二つの「そうぞうりょく(想像力と創造力)」をはぐくんでいくのが,これからの環境教育である。
○ 環境教育というのは,持続可能な社会の実現に主体的に参画する人材の育成である。そして,それは「人と自然」,「人と人」,「人と社会」の関係性の再構築である。そして,生涯学習として考えていくことが必要である。
(8) 日本での取組
○ これまでの日本では,大きく,「自然系」・「生活系」・「地球系」という活動に分かれて活動をしていた。しかし,持続可能な自分や世界をどうつくっていくかという,同じ課題であることが分かってきた。
○ 新たに総合系という活動が生まれ,2000年に「総合的な学習の時間」ができた。これは,世界的に見ても時宜を得た素晴らしい活動である。
○ 名古屋市をはじめとして,環境だけではなく,福祉や健康やあらゆるものを含めた持続可能な街づくりが始まっている。
(9) 世界での取組
○ 世界でも,「開発教育」・「環境教育」・「平和教育」・「人権教育」という四つの地球的課題を扱う教育を例に挙げると,それぞれに存在理由があって進められていた。しかし,この四つの教育が,すべて重なってきて,一つの教育ではないかと,80年代後半からみられるようになってきた。
○ 環境問題だけを焦点化していた狭い環境教育から,持続可能な社会や体質を視点とした広い意味での環境教育へ移行してきた。
(10) 環境教育の流れ
○ 60年代は,「公害教育」,「自然保護教育」があり,環境教育の黎明期である。70年代には,国連人間環境会議の成果として,「環境教育」という言葉が誕生した。そして80年代で,学会や様々な団体ができていく中で,言葉として定着した。90年代になると,教科としての環境教育の場として「生活科」がつくられていき,学校教育の中に制度化されてきた。そして,2000年代に入り,広い意味での環境教育である「ESD」が登場し,そのESDの場として「総合的な学習の時間」ができた。
○ 1993年に,「環境基本法」がつくられて,日本の法律で初めて「環境教育学習」というものが法律に組み込まれた。そして,2003年の「環境教育推進法」をはじめ,「河川法」や「食料・農業・農村基本法」がつくられた。「学校教育法」や「社会教育法」の改正の中で,生態系を大切にする活動がうたわれた。そして,「教育基本法」の改正により,その中で環境保全の問題が位置づけられた。
(11) ESDの様々な取組
○ 国連の全機関が取り組んでいる「国連ミレニアム開発目標」は,世界の途上国の状況を2015年までに改善していくものである。このような,ESDと連動した活動が多く生まれた。
○ 「国連ESDの10年」が始まる前から行われてきた活動としては,熊本県水俣市の活動,あるいは兵庫県豊岡市のコウノトリの観察活動,茨城県の霞ヶ浦のアサザの活動などがある。
○ 典型的なESDの取組として,水俣市の活動が挙げられる。水俣市のすべての学校で,人権教育と環境教育に取り組み,そして学校版環境ISOも水俣から発信された。このような活動を通じて,地域における社会教育としての学び,学校における学校教育としての学び,総合的な学びをベースとした環境・社会・文化・経済の統合を果たした。今,水俣は,日本一の環境都市として有名になった。
(12) おわりに
○ 「総合的な学習の時間」は,ESDを必要とする時間になり得る。総合的な視点,つなぐ視点などをもつことで,総合的な環境教育を,地域の方々と一緒になってつくり上げていくことができる。
○ 日常的な教育活動がESDにつながっていく。「今まで行ってきたことを,新たな視点で見つめ直す」これがESDである。

3 教育相談特別研修論文の内容紹介ビデオについて
愛知県立稲沢高等学校       荒木 義哉  教諭
テーマ:生徒指導の充実に関する研究 −予防開発的教育相談の導入を考える−

愛知県立明和高等学校       草田真希子 教諭
テーマ:進学校におけるアスペルガー傾向のある生徒の理解と支援の研究

愛知県立岡崎工業高等学校     広中 正臣  教諭
テーマ:定時制高校の不適応生徒の在り方に関する考察

愛知県立新川高等学校       原  る美  教諭
テーマ:高等学校教育相談の校内連携についての一考察 −教育活動としての相談の定着を目指して−

(平成20年度教育相談特別研修生)

 ビデオでは,4名の教諭の実践発表の様子を上映した。

4 教育論文の展示
 平成16年度から20年度までの県教育研究論文入賞者(最優秀賞及び優秀賞)の論文を展示した。

5 研究発表・研究協議
 次の各研究について発表と協議を行った。なお,当センターの研究の詳しい内容については,ホームページ(http://www.apec.aichi-c.ed.jp/)及び,今年度末発行予定の「研究紀要第99集」(CD-ROM版)を御覧いただきたい。

◇第1部会(小中高特)
新学習指導要領で求められる学力及び指導方法の在り方に関する研究
【発表の概要】

 昨年度,学習指導要領の歴史的変遷を踏まえた上で,キーワードを整理し,「習得」「活用」の関係やつながりについての研究を進めた。その結果,「習得」「活用」は一方向だけの関係ではなく,スパイラルな展開があり,行きつ戻りつする関係にあること,活用の中で習得が図られる教科や学習の展開があることが明らかとなった。そこで,本年度の研究では「活用」に関する県内小中学校のアンケート調査を実施し,学校現場の問題点を踏まえた上で,「活用」を意識した学習指導案を作成することを通して,授業改善の指針について考えることにした。
 高等学校の新学習指導要領の主な改善点について,国語と数学の教科で発表を行った。小中学校では,「活用」を意識した授業づくりについて,中学校理科と小学校社会科で「資料の読み取り・説明活動」など学習プロセスを大切にした学習活動について提案した。

◇第2部会(小中高特)
環境教育の在り方に関する研究 −持続可能な社会構築を目指して−
【発表の概要】
 新学習指導要領に新たに示された持続可能な社会構築を目指し,ESD(Education for Sustainabule Development:持続発展教育)の視点を取り入れた,すべての学校にとって必要な環境教育の在り方についての研究成果の報告をした。実態調査では,大部分の児童生徒は,「地球規模で環境は破壊され,自分もその要因である」と認識し,将来の環境について憂慮し,「自分でも何か行動しなければ」と考えている姿が浮き彫りになった。その実態を踏まえ,6人の研究協力委員が,各校で実践研究を行った。
 その結果,工夫をすれば,各教科の学習にESDの視点を取り入れることが可能であることや,各実践後の評価から,児童生徒が新たに学びに向けて意欲を高めるなどの効果が大きいことも分かった。

◇第3部会(小中)
小中連携による外国語活動の在り方に関する研究
【発表の概要】
 小中連携という視点から小学校「外国語活動」とそれに連続する中学校「英語」のよりよい接続を考察した。校務多忙などの理由による小中学校間での連携会議実施の難しさは,市町村単位で統一した動きを取ることで,対応が可能になるとの提言をした。また,小学校で培われた外国語に関するプラスの情意を中学校で維持しつつ,その入門期で文字や文法を導入する一方策として,「フォニックス教材」を開発し,その試用である程度の有効性が認められた。
 今後,小学校で外国語に慣れ親しみ,コミュニケーション能力の素地が育成された生徒が中学校へ入学してくることから,中学校英語教員の役割の重要性が一層クローズアップされることが示された。

◇第4部会(小中高特)

規範意識を高める学校・家庭・地域の相互連携の在り方に関する研究 −学校・家庭・地域の相互連携を核とした道徳教育の推進− 

【発表の概要】
 規範意識に関するアンケート調査から,規範意識のグレーゾーンの広がり,児童生徒と保護者の意識のずれ,保護者の学校への高い協力意識などが分かった。また,相互連携については,従来の連携から一歩踏み出すために@協議の場の設定と目標の共有A役割分担B組織的継続的C相互の成長の視点を重視した連携の必要性が提案された。
 小学校からは,校内に部会を設置して組織的に実践し,地域での体験や交流を道徳教育と関連付けて充実させ,児童の規範意識を高めた取組が発表された。中学校からは,自己肯定感を高めるために,心のノートを活用した道徳の授業実践やロールプレイを取り入れた授業実践,地域講師を活用した体験活動が発表された。高等学校からは,新しい学習指導要領で示された「道徳教育全体計画」を学校・生徒・地域の実態に合わせて作成する経過が報告されるとともに,学校を立て直すための強い思いが発表された。

◇第5部会(中高)
シティズンシップ教育の視点でとらえ直す地理歴史科,公民科の授業の在り方に関する研究
【発表の概要】
 日本におけるシティズンシップ教育の必要性とその導入の意義,そして社会科とのかかわりについて考察し,これを基にシティズンシップの育成に資する具体的な学習指導の在り方を,高等学校の既存の教科である地理歴史科,公民科の各教科,各単元において明らかにした。
 主体的な学習活動を重視した授業実践を通して,生徒は知識を深め,スキルを磨き,意識を高めることができた。高等学校地理歴史科,公民科といった既存の枠組みの中で,シティズンシップを発揮するために必要な能力を育成することが可能であることが分かった。今後の課題として,参画の場を学校の内外において確保する必要性や能力の伸長を客観的に評価するシステムの構築が急務であることが分かった。

◇第6部会(小中高特)
インターネットの教育利用に関する調査研究
【発表の概要】
 情報通信ネットワークを活用した参加・交流学習は,日ごろの学習成果を充実・発展させる手段として用いられている。参加・交流学習に関する調査研究ならびに,インターネット及び校内LANの教育利用に関する実践事例及び技術情報を紹介し,愛知エースネット及び学校におけるインターネットの教育利用の活用促進を図るとともに,その可能性について発表を行った。
 実践事例として,電子黒板を利用した遠隔会議やWindows NetMeetingなどの発表を行った。また,実際にテレビ会議システムを使った県立学校間で生徒の交流活動を参観するとともに,参観者もテレビ会議システムを使った交信活動を体験した。

◇第7部会(小中高特)
高等学校における特別支援教育の実践に関する研究 −高等学校における調査結果などから考察する−
【発表の概要】
 高等学校における特別支援教育を推進する上で,どのような問題があるのか,各種調査結果を基に現状と課題をまとめた。調査結果より,愛知県においては,校内支援委員会は100%設置されているが,中心となる教職員の先進的な取組により校内を支えている現状が見えてきた。また,具体的な支援を学校現場に定着させるためには,事例検討会や校内支援委員会に専門家を招き,助言してもらうなどの対応が必要であることや,高等学校と特別支援学校とのパイプをより太くし,特別支援学校の専門性を活用できるようにする必要があることなどが分かってきた。
 そこで,「校内支援体制」「個に応じた指導」「関係機関等との連携」という三つの課題について整理して報告するとともに研究協力校の実践事例を基に協議会を行った。

6 おわりに
 阿部治教授の御講演は,大変好評であった。参加者からは,「言葉だけ知っていたESDについて,詳しく説明していただいた。阿部教授の思いが伝わってくる講演だった」「取組を変えるのではなく,視点を変えるのだということは,道徳教育等,新学習指導要領全体に関わることであり,たいへん参考になった」「総合学習の意義を改めて感じたように思った。ESDという言葉は初めて耳にしたが,実践していこうとしていることは,今まで教育の場で行われてきたことなのだと感じた」等の感想が寄せられた。
 また,午後の研究発表・研究協議においては,部会ごとに発表形式を工夫して取り組み,多くの先生方より「今日の講演・実践発表は,現在校の日々の活動によいヒントになった。また,自分自身のよい刺激となる一日であった」「それぞれの学校・大学・関係機関での現在の取り組みが分かり,とても参考になった。教育界全体が,人の心を大切にした,生徒の心に寄り添った支援,教育に向かっているのだなと改めて思った」等の有益な御意見をいただいた。