第50回愛知県総合教育センター研究発表会

平成22年11月26日(金)

1 はじめに
 第50回愛知県総合教育センター研究発表会を愛知県教育委員会加古博教育委員長,岩間博学習教育部長ほか,多数の来賓の御臨席の下,県内外から約500人の参加者を迎え,開催した。
 午前は,開会行事に続き,「『生きる力』をはぐくむ 学習指導要領を踏まえて」と題して,文部科学省初等中等教育局視学官の太田光春氏による講演を行った。午後は,研究テーマごとに6部会に分かれて研究発表・研究協議を行った。今回は,第50回を記念して,研究紀要及び執筆者の一覧表を,過去の全研究紀要・教育史とともに第8講義室で特別展示を行った。また,図書資料室において,優秀教育論文の展示を行い,休憩時間中には教育相談特別研修論文の内容紹介ビデオの上映も行った。以下にそれらの概要を紹介する

2 講 演 
◆演題 「生きる力」はぐくむ −学習指導要領を踏まえて−
◆講師 文部科学省初等中等教育局視学官  太田 光春 氏

【講演内容の概要】

(1) フィンランドでは
○天然資源のないフィンランドは,教育を通して人を育てること(人的資源)が大切であると考えている。
○エリート教育ではなく,小学校1・2年から徹底的な支援・指導をすることによって,皆が学べる雰囲気をつくっている。
○一人一人の学びを大切にし,学びの苦手な子や遅い子たちへの手厚い支援をしているので,教師は社会から「尊敬されている」という自負がある。また,社会の期待に応えなくてはという思いが好循環となって,OECDでも良い結果が出ている。
○フィンランドやイギリスは,日本の教育を学んだと言われている。日本の教育も,社会から信頼を受け,それに応えるよりよい教育を提供するような好循環をもう一度起こさなければならない時期にある。

(2) 教育の目的とは
○教育基本法第一条「教育の目的」において,「教育は人格の完成を目指し」と言っている。「全ての人の人間としての成長を大事にする」ことを示しており,より良くなろうとすることは人間として大切なことである。
○学びが速いか,遅いかはあるが,学び続けるということが大切である。そのために,子どもの可能性を信じることを前提にするのが教育の営みである。
○子どもたちそれぞれの持ち味を生かして,平和で民主的な国家や社会の形成者として,社会貢献ができるようにすることが大切である。そういう自信を学校教育で与えているのだろうか。一面的な学力や進学実績で教育を語ってはいないだろうか。
○知識を授けるという学習から,学び方や学ぶ楽しさを教える学習へ移行していくべきである。
(3) 言語活動の充実
○「言語活動の充実」については,各教科で様々な形があってよいと思う。学習の主体は子どもたちであることを意識して,子どもたちが自分の意見を述べたり,発表したり,議論したり,あるいはいろいろなことを整理して書いたり,報告書をまとめたり,ということをきちんと行っていってほしい。
○子どもたちの間で議論させるということは,思考力や表現力を育んでいく上で非常に意味がある。子どもたちが,「今持っているものを外に出す」ということに力を注ぐ授業をしていく必要がある。
(4) 主体的に学習に取り組む態度をはぐくむ
○子どもが一人でできることは整理して課題として与えて,授業中には先生がいるからこそ効果的にできることを行うべきである。
○子どもたちができるようになったことを明らかにしておいて,毎時間褒めてあげる授業が大切である。つまり,授業が小さな成功体験の連続になっていくことで,子どもたちは主体的に学ぼうという気持ちになるであろう。
○本当の学びは,社会に出てから始まる。学校教育の使命は,自立した学習者,生涯にわたって学習する基盤をつくることである。
○子どもたちには「学びが遅くてもいい。やり続けていけば必ず君の人生にプラスになるから,信じて頑張れ」ということを教えていかねばならない。
(5) 学びの主体は子どもたち
○「指示」と違い,「指導」は今までできなかったことをできるようにすることである。指導計画を立てて,そして指導し,見取りの評価をして,そして十分でなければ自分のその後の指導を変え,子どもの学びが変わるような仕掛けをしなくてはいけない。
○泳げない子どもがいたときは,水に慣れることから始めるであろう。英語を例にすると,英語を身に付けるためには,英語に触れることと英語を使う経験が必要である。教室で子どもたちは言語活動に従事して,たくさん聞かせたり読ませたりして,習った英語を使って話して,誉められる経験をたくさん積むことが大切となる。
○今回の学習指導要領の改訂が,他の教科の先生にはできないアイデンティティーを取り戻していただくきっかけになることを期待している。
○教育とは,子どもであれ,教師であれ,可能性を信じることを前提とする営みである。教師は,生涯自立した一学習者として,学ぶことに喜びを感じて,その姿を子どもたちに見せていくことが大事である。
○「この子どもたちを何とかしたい」という情熱をもち,可能性を信じて「この子たちは絶対学べる」という思いで授業をしたら,子どもたちは必ず変わる。
○どの教科の先生方にも「unlearn=学びほぐす」していただきたい。講義形式の学習から,言語活動の充実を図り,学びの主体である子どもたちが主役となる学習へ移行してほしい。そして,「思考力・判断力・表現力を育成するにはどうしたらよいか」,「もっと主体的に学んでいく子どもを育んでいくにはどのようにしたらよいか」と考えて,工夫していってほしい。
(6) 英語の授業では
○本当の学び,学ぶ楽しさを伝えていけば,我々が想像している以上に「話せる」・「書ける」・「読める」ようになるし,伸びていくだろう。管理職の先生方は,是非英語の先生方の背中を押してあげてほしい。
○先生方が英語で授業を行うことがポイントではなく,子どもたちの言語活動が充実して,子どもたちが分かる英語に触れる機会と使う機会を増やしていくことが大切である。
○ピアノを弾くのをやめたら,ピアノの技術が消えてしまう。英語の力も,学ぶのを止めたらすぐに消えてしまう。だから,学び続けないと,いざというときに役に立たないものとなってしまう。
○愛知県では授業改革が起こっている。「先生みたいになれるよ」という思いが,子どもたちの心に火を付けている。
(7) 評価について
○評価とは,「その指導が上手くいっているかどうか」,「反省点は何か」,「今後どうすると子どもの学びにつながるか」について行うものである。数字を付けることが大切でなく,子どもの学びが生涯にわたって続くように考えて行うことが大切である。
○子どもの学力を正確にとらえているだろうか。定期考査の在り方については,全教科で真剣に見直しを図ってほしい。
○英語で言うならば,「表現の能力」や「音声による表現の能力」のように,定期考査では測れない力についても考えていかなければいけない。
○子どもの英語の能力は4であると言われても,その数字に信頼性はあるのだろうか。指導者によって違う評価になっていないだろうか。世間で通用する評価であろうか。
○どのような指導を提供するのかについて,教員間で話し合いを行うことが大切である。例えば,「話すことが大切である」という授業中であれば,「話すこと」を評価する授業でなくてはならない。これが,指導と評価の一体となる。「話すこと」が大切だと言いながら,定期考査で訳の問題ばかりしていることはないだろうか。
(8) 教師として
○日本の小学校は世界的に注目されている。それは,授業研究という文化があるからである。先生方が順番に授業を公開して,いろいろな先生が授業を見に来て,様々な観点から良かった点や改善点について話し合う。この文化は世界に誇ることができるものである。
○一人一人の子どもたちが次の駅,次の駅,と確実に学びを続けていくために授業がある。教科書の個々の部分が,何の指導に使えるのかを先生方が話し合う。そして,それを並べ替えてよりよいものに配列していくのが,年間指導計画である。教科書通りの順番の授業で満足していないだろうか。
○教員は大型バスで言えば運転手である。「私の授業を3年間受けたら,このような力が絶対に付くのです」と宣言できなくてはいけない。目的地を運転手が知らなかったら,子どもたちと共に迷ってしまうであろう。
○間違えることは学習における自然のプロセスであり,何回も何回も失敗を繰り返し,学ぶことから学んでいくのである。「間違いを許し合える環境を構築し,勇気をもって自分の意見が言える」学びでありたい。そして,主体的に学習する態度や生涯にわたり学習する基盤が,作られていくことを願う。

3 教育相談特別研修論文の内容紹介ビデオについて
愛知県立知立高等学校       鈴木  照  教諭
テーマ:学校教育相談における校内連携についての一考察

愛知県立豊田高等学校       横山 めぐみ 教諭
テーマ:教育相談にかかわる校内体制と相談係の活動 −アンケート結果を基に教育相談の在り方を考える−

愛知県立小坂井高等学校      近藤 和巳  教諭
テーマ:ブリーフ・セラピーを活用した学校教育相談に関する一考察 −ラポール構築を基軸にして−

愛知県立西尾高等学校       祖父江知栄子 教諭
テーマ:不登校傾向を示す高校生への担任の役割 −父性的なかかわり・母性的なかかわりの視点から−

(平成21年度教育相談特別研修生)

 ビデオでは,4名の教諭の実践発表の様子を上映した。

4 研究紀要・教育史の展示
 第50回を記念して,研究紀要及び執筆者の一覧表を作成し,過去の全研究紀要・教育史とともに特別展示を行った。なお,今年度末発行予定の「研究紀要第100集」(CD-ROM版)には,この一覧表とともに「研究紀要第1集」を掲載する予定です。

5 教育論文の展示
 平成17年度から21年度までの県教育研究論文入賞者(最優秀賞及び優秀賞)の論文を展示した。
6 研究発表・研究協議
 次の各研究について発表と協議を行った。なお,当センターの研究の詳しい内容については,ホームページ(http://www.apec.aichi-c.ed.jp/)及び,今年度末発行予定の「研究紀要第100集」(CD-ROM版)を御覧いただきたい。

◇第1部会(小中高特)
「活用」を意識した授業改善と評価の在り方に関する研究
【発表の概要】

 本研究は,平成20・21年度の「新学習指導要領で求められる学力及び指導方法の在り方に関する研究」を継続・発展させ,「『活用』を意識した授業」「学習プロセスを大切にする授業」について実際の実践に基づいて授業の全体像を具体化し,中間発表として提案した。
 具体的には,国語科では,小学校から高等学校までの学習の過程や系統性を整理し,その系統性を配慮し既習事項を生かした小・中・高等学校での授業実践を発表した。算数・数学科では,知識・技能,数学的な考え方の習得と活用を意識した単元を構想し,幅の広い経験や知識,帰納・類推などの考え方を必要とする課題を設定した小・中学校での授業実践を発表した。愛知教育大学の影山和也准教授の「活用」に関する講話も行った。

◇第2部会(小中高特)
児童生徒の情報モラルの向上に関する調査研究 −すべての先生の「情報モラル指導」のために−
【発表の概要】
 平成21年度に実施した「情報モラル教育に関する実態調査」の分析から見えた子どもたちのインターネット利用に潜む危険について報告した。また,この危険に早期に対応するため,既にインターネット上にある情報モラルに関するコンテンツの内容や対象学年等を調査してまとめたリンク集や,これらのコンテンツを用いて作成した学習指導案例,保護者配布資料及び教員研修教材を紹介した。
 発表の後半では,子どもたちがよく利用しているプロフィールサイトやランキングサイトなどを確認し,多くの顔写真や名前,学校名などの個人情報が掲載されている実態を携帯電話を利用して体験し,より具体的な情報モラル教育の必要性について理解を深めた。

◇第3部会(小中高特)
規範意識を高める学校・家庭・地域の相互連携の在り方に関する研究 −学校・家庭・地域の相互連携を核とした道徳教育の推進−
【発表の概要】
 規範意識に関するアンケートの分析から,児童生徒の人間関係や規範の希薄さ,同調志向の傾向,校種が変わるごとに自己肯定感や規範意識が下がること,維持されている規範,判断しやすい規範や判断しにくい規範,また,児童生徒と保護者の意識のずれなどが分かった。児童生徒が安心して規範意識を高めていくための相互連携の在り方として,従来の連携から一歩踏み出し@協議の場の設定と目標の共有A役割分担B組織的継続的C相互の成長の視点を重視した連携の必要性が基調提案された。
 小学校からは,校内に相互連携の委員会を設置して組織的に実践し,地域を取り込んだ体験や交流を道徳教育と関連付けて充実させることで,児童に地域の人やものへ愛着をもたせることができたという成果が報告された。中学校からは,生徒同士のかかわりを大切に,他者のつながりを意識してそれを家庭,地域に広げる授業実践,地域講師を活用し魅力的な生き方に触れる体験活動,おやじの会と生徒が共に汗する活動によって,自己肯定感を高めルールやマナーを守る生徒が増えたと報告があった。高等学校からは,学校・生徒・地域の実態に合わせて作成した「道徳教育全体計画」に基づく地域連携の取組が発表された。社会奉仕活動,地域貢献活動を実践し,高校生自身が交通安全教室やパソコン教室,子どもランニング教室の指導者になり,地域の活動に大きく貢献できたことで,地域の一員としての自覚と責任をはぐくみ,マナー向上につながったとの成果報告があった。

◇第4部会(高特)

確かな学力を身に付けさせる指導法の研究(数学) 

【発表の概要】
 新学習指導要領で求められている確かな学力を身に付けるためには,「基礎的・基本的な知識・技能の習得」を基盤とした「思考力・判断力・表現力等の育成」「学習意欲の向上や学習習慣の確立」が重要であるとされ,指導法の改善が必要となってきた。
 そこで,思考力・表現力を育成するための指導上の留意点をまとめ,授業実践事例を報告した。また,教員が指導しやすい内容,生徒が理解しにくい内容についてアンケート調査を実施して,教員と生徒との意識の差についてまとめ,それらの点について具体的な指導法を提案した。そして,学習意欲を高めるための指導上の留意点をまとめた。最後に,今回の改訂で数学T,数学Aに新しく導入される課題学習についてまとめ,具体的な指導例を提案した。

◇第5部会(高特)
新高等学校学習指導要領の趣旨を踏まえた理科教育の在り方に関する研究
【発表の概要】
 新学習指導要領理科の改善の方針として「基本的な概念の一層の定着」「科学的な思考力・表現力の育成」「科学を学ぶ意義や有用性を実感させる」「科学的な体験,自然体験の充実を図る」等が示された。そこで,各研究協力委員所属校において,これらの方針を意識した指導法を開発し,実践研究を行い,その成果を報告した。なお,新学習指導要領で初めて扱われる観察,実験についても詳細に検討し,参加者の体験も交えながら紹介した。
 各実践後の検証から,新学習指導要領の趣旨を踏まえた指導を行えば,授業に対する生徒の興味・関心を高め,理解を深めることができ,さらに,論理的な思考や判断,表現をする力をはぐくむことができることが分かった。今後,実践を積み重ね,今回,あまり触れなかった評価についても深く研究していきたい。

◇第6部会(幼小中高特)
新入生の学校環境への適応に関する研究
【発表の概要】
 教育現場では,いじめや不登校など様々な問題が生じている。その中でも,特に小学校1年生,中学校1年生,高等学校1年生は環境の変化などから子どもたちが学校に適応できない状況が多い。
 本研究では,豊かな人間関係を築き,学校環境に適応することができる個や集団への支援の在り方を検証した。当日は,主務者からの基調提案と,小学校4校,中学校2校,高等学校2校の実践発表,グループ・アプローチの実習,最後に助言者の先生より指導・助言をいただいた。

7 おわりに
 フィンランドの教育や英語教育などの事例を挙げて話された太田光春視学官の御講演は,大変好評であった。参加者からは,「教育者としての自覚と責任について、心を揺さぶられるようなお話でした」「改めて新しい学習指導要領が求めていることを考えることができました」「先生の教育に対する・授業に対する熱い思いがとてもよく伝わり、励まされるとともに、研修をさらに積み重ねなければと強く思いました」等の感想が寄せられた。
 また,午後の研究発表・研究協議においては,部会ごとに,実習を取り入れたり,発表形式を工夫した取組が好評であった。多くの先生方より「各校の実践報告から特に生き生きとした活動を見せていただくことができ、よかった」「教育センターでの研究発表会は毎回現場の実践に根付いたものであり、きわめて有益であると思っている。若い先生方がもっと積極的に参加できるようになるとよいといつも感じている」等の有益な御意見をいただいた。