51回愛知県総合教育センター研究発表会

平成231125日(金)

1 はじめに

51回愛知県総合教育センター研究発表会を愛知県教育委員会今井秀明教育長をはじめ,多数の来賓の御臨席の下,県内外から約480人の参加者を迎え,開催した。

午前は,開会行事に続き,「ナノカーボンの世界 世界的研究は好奇心と偶然から」と題して,名古屋大学大学院理学研究科教授の篠原久典氏による講演を行った。午後は,研究テーマごとに6部会に分かれて研究発表・研究協議を行った。また,図書資料室において,優秀教育論文の展示を行い,休憩時間中には,教育相談特別研修論文の内容紹介ビデオの上映も行った。以下にこれらの概要を紹介する。

 

2 講 演

◆演題 ナノカーボンの世界 〜世界的研究は好奇心と偶然から〜

◆講師 名古屋大学大学院理学研究科教授  篠原 久典 氏

 

【講演内容の概要】

(1) はじめに
○ナノカーボンの世界は非常に大きな発展があり,ノーベル賞も2つ出ているが,このノーベル賞はすべて偶然である。ただし,待っていても偶然は来ない。研究者が大きな好奇心をもって,まっしぐらに研究している時に神様が微笑んでくれ,大きな発見・発展に結びつく。
○今までの自然科学の世紀の大発見は,基本的に好奇心と偶然から生まれている。
(2) ナノの世界
○1ナノメートルは,10億分の1メートル。肉眼では見えない。電子顕微鏡か走査トンネル顕微鏡を用いないと,見ることが不可能である。
○ナノの世界のカーボンの物質には,「フラーレン=サッカーボール形の球状の物質」「カーボンナノチューブ=チューブ状の物質」「グラフェン=シート状の物質」がある。
○インド,中国,韓国,日本の思想では,小さい世界を表す漢字が与えられている。ナノは10マイナス9乗,中国語で「塵」,英語ではダスト,つまりゴミ。最も小さいものは10のマイナス21乗で,「清浄」,英語ではクリーンあるいはピュア。われわれ東洋人の進んだ思想は,非常に誇るべきことである。
○現在では,走査トンネル顕微鏡を用いて,原子1個1個を並べて最小の文字を書くことが可能になった。原子を1個1個引っ張り出して、プログラミングした場所におくことで文字を書くことができる。
(3) ナノカーボンの発見
○イギリス,サセックス大学のハロルド・クロトー教授が発見のきっかけを作った。当時彼は,赤色巨星の周りにできる直鎖状のカー ボン(シアノポリイン)に興味をもち粘り強く研究を行っていた。10数年やってもうまくいかないことで,アメリカ,ライス大学のカ ール教授とスモーリー教授に共同研究を申し込んだ。そこでの実験で条件を変えると全てC60(後のフラーレン)ができたことから,C60はどんな物質か,ということに夢中になり,後のノーベル賞につながった。
○クロトー教授は美術への造詣が深く,画家でもあった。60個のカーボンが結びついた形を,昔モントリオール万博で見たアメリカのドーム型パビリオンからひらめき,「nature」誌に論文を発表した。このパビリオンを設計したリチャード・バックミンスター・フラーという有名な建築のミドルネームとラストネームをくっつけ,最後にEN(2重結合を意味する)を付けて,バックミンスターフロリン(日本語で通称フラーレン)と名付けた。
○C60は,直径がちょうど1ナノメーターであり,ナノサイエンスの世界の基準物質である。地球とサッカーボールの大きさの比が,サッカーボールとC60の比に等しい。
○クロトー教授らの論文では,C
60がサッカーボールの形をしているだろうという仮説である。サイエンスが完成するには,C60が本当にサッカーボールの形をしているのかを証明することが必要になる。そのためには,C60を大量に作ってX線構造解析をしなくてはならない。
○論文の発表5年後に,これも偶然に宇宙の正体不明の物質を研究していたドイツの研究者クレッチマーが,簡単な方法でC60ができることを発見した。そして,この方法をドイツの国際会議で発表した(簡単な方法なので,高校のスーパーサイエンスの科学部でも作ることができる)。この講演で,私は直感で「今までやっていたことは全部やめようと,これからはフラーレンの研究だ」と思った。
(4) フラーレンの研究
○国際会議から2週間3週間経って,日本で初めてC60を作った。その時に思ったことは「うまくなりたいのなら,夢の中に入ってしまえ」。スポーツだけではなく,学問も同じで,とにかく夢中になったらその中を突っ走れということ。誰かに火を点けられて一旦夢中になると,努力は努力じゃなくなる。何も考えずにやった時ほど面白いものはない。そういう時に限って神様は見ていてくれて,大きな発見をくれる。だから,その時非常に苦労して失敗も多いが,むしろ失敗も楽しい。エンジョイできる。
○その後,トンネル顕微鏡を使ってフラーレンが実際に丸い形をしていることを見ることができた。C60が丸いという最初の証明であった。
○フラーレンに金属原子を入れた金属内包フラーレンの研究を始めた。これをMRIの造影剤に応用し,安全できれいな画像が撮れる ように開発を進めている。
(5) フラーレンの日常生活・技術への応用
○ゴルフのシャフトやヘッド,ボウリングのボール,テニスのラケット,メガネのフレーム,化粧品などあらゆるところに応用されている。美白効果をうたっている化粧品のほぼ全てにC60が入っており,成分はフラーレンと書いてある。他にも太陽電池への応用も進んでいる。
(6) 好奇心と偶然が大発見に導く
○「セレンディピティ」=思いがけない発見。
挿絵:『白衣を着た科学者が一心不乱に自分の研究を行っている。ところがある時,「玉手箱」につまずきます。玉手箱には<科学上の非常に大きな発見>と書いてあり,鍵までついている』。つまずいて箱に気付き,鍵を開ければ大発見の栄誉に浴することができる。しかし,ほとんどの場合,気が付かない。スモーリー教授とクロトー教授はそれができた。
○セレンディピティが起こるためには,努力が必要。待っているだけでは偶然は来ない。「運命は努力した人に偶然という橋をかけてくれる」「セレンディピティは『偶然』を『必然』に変える能力」と言われている。
○若い時に,なるべく若い時に,できれば高校時代ぐらいまでに触発されるとよい。私は,湯川秀樹先生の「回想録」に触発され,こういう学者になりたいと、私の心に火が点いた。
○カーボンナノチューブも偶然による世紀の大発見。フラーレンの合成でできた副産物を,電子顕微鏡のスペシャリストであったNEC基礎研究所の飯島先生が発見した。電子顕微鏡のテクニックやノウハウを積み重ねていたからこそ発見できた。
(7) カーボンナノチューブの日常生活・科学技術への応用
○グラフェンを左に畳むと半導体,右に畳むと金属となり金属以上に電流をよく流す。しなやかで曲げてもびくともしない。引っ張りにも鋼のおよそ200倍の強さがある。史上最強に強い繊維で,軽くて細くてフレキシブルであるため,逆にうまく切ることが難しい。
○スマートフォンのディスプレイの表面の透明導電性フィルムやフレキシブルなトランジスタ,集積回路に使われている。

○芥川龍之介の「蜘蛛の糸」がカーボンナノチューブであったら糸は切れなかった。将来、静止衛星と地上との間の宇宙エレベーターのロープに利用可能である。NASAのシミュレーションも終わっている。

(8) 終わりに
○スポーツではいろいろなコーチング法が盛んである。最近は「褒めず,教えず,助言せず」というコーチングが浸透している。ただ「うん,うん」とうなずくだけ。個人的には,これが心に火を付けるコーチングで,学問にも応用できると思っている。良い学生が育っているかどうかは,20年後を見ないと分かりませんが。

 

3 教育相談特別研修論文の内容紹介ビデオについて

愛知県立半田東高等学校  渡邉 武志 教諭

テーマ:心理療法的観点を用いた生徒の理解と対応についての一考察

    〜生徒の気持ちを受け止め,心に寄り添うことの必要性〜

 

愛知県立松蔭高等学校  下山 京美 教諭 

テーマ:気になる生徒とのリレーションづくりについて

    〜養護教諭の観点から〜

 

愛知県立三好高等学校  加納 澄江 教諭

テーマ:短期療法を活用した生徒の理解と支援

      〜「集団の中の生徒」と「生徒個人」の二つの視点から〜

 

愛知県立豊丘高等学校  野ア 武史 教諭

テーマ:ミドルリーダーが行う学級担任への支援について

  ビデオでは,4名の教諭の実践発表の様子を上映した。

4 研究紀要・教育史の展示

愛知県教育史編さん事業で刊行・完成した「本文編」「資料編」「年表」「資料目録」全巻を展示した。

5 教育論文の展示

平成18年度から22年度までの県教育研究論文入賞者(最優秀賞及び優秀賞)の論文を展示した。

6 研究発表・研究協議

次の各研究について発表と協議を行った。なお,当センターの研究の詳しい内容については,当ウェブページ及び,今年度末発行予定の「研究紀要第101集」(CD−ROM版)を御覧いただきたい。

 

第1部会(小中高特)

 

「活用」を意識した授業改善と評価の在り方に関する研究

 

【発表の概要】

 

 

 本研究は,所内研究であった平成2021年度の「新学習指導要領で求められる学力及び指導方法の在り方に関する研究」を継続・発展させ,「活用」を意識した授業,学習プロセスを大切にする授業について,実際の実践に基づいて授業の全体像を具現化させるとともに,指導と評価の一体化という視点から学習活動と評価について考え,授業改善をしていくための指針を示した。国語科では,小学校から高等学校までの学習の過程や系統性を整理し,その系統性を配慮した既習の知識・技能を用いて解決可能で思考力・判断力を発揮することが必要な言語活動を組み入れた課題を設定した単元・授業を組んだ実践を発表した。算数・数学科では,算数・数学的活動を基にした「話し合い活動」を取り入れ,幅広い経験や知識,帰納・類推・演繹などの考え方を必要とする課題を設定した授業を構想し,更にはその授業の中で思考力・判断力・表現力等の評価に関して評価規準を柔軟に補完し評価する授業実践を発表した。最後に研究のまとめとして,広島大学の影山和也先生から2年間の研究の総括をいただいた。

 

第2部会(小中高特)

 

生きる力をはぐくむESD実践カリキュラムの開発に関する研究

 

【発表の概要】

 

 

 平成2021年度の「環境教育の在り方に関する研究−持続可能な社会構築を目指して−」の研究の研究成果を基に,環境省中部環境パートナーシップオフィス(EPO中部)と連携し,学校レベルにおいて,ESDの視点を取り入れた,生きる力をはぐくむ実践カリキュラムを開発,検討した。今回の研究で,ESDカレンダーやチェックシート型アプローチの利用などの工夫をすれば,各学校の既に在るカリキュラムにESDの視点を取り入れることが可能であることが分かった。また,ESDで求められる力は学習指導要領の目指す「生きる力」と大きく重なり,実践によって児童生徒の学びが深まり,次の学びに向けて意欲を高めるなどの効果が大きいことも分かった。来年度以降は,各実践校におけるESDの視点を取り入れたカリキュラムのブラッシュアップと評価にスポットを当てて研究を進めたい。

 

第3部会(小中高特)

 

高等学校における特別支援教育の実践に関する研究

 

【発表の概要】

 

 

 県内公立高等学校における特別支援教育に関する調査を基に,高等学校における特別支援教育の現状把握を行った。そこから,特別支援教育コーディネーターを中心に校内の支援体制を確立し,その上で実態把握や関係機関との連携等を進めることが課題であると分かった。そこで,校内支援体制が機能するためのポイントを取り上げ,具体的な校内支援体制例と生徒の実態把握,支援の方法のためのツールとして「気になる生徒のための支援シート」の活用を提案した。そして,「校内支援体制」「実態把握と個別支援」「関係機関との連携」の三つの視点を踏まえ,高等学校における具体的な実践事例を報告した。今後の課題として,自立した社会生活を目指し,生徒の多様性を踏まえた指導・支援のさらなる充実を図ることが示された。

 

第4部会(小中高特)

 

学校における教育の情報化について 〜ICTの授業活用と校務の情報化〜 

 

【発表の概要】

 

 

 全体会で,教育の情報化に関する国や文部科学省の施策や取組を紹介し,それに対する総合教育センターの研修,研究内容の紹介及びICTの授業活用と校務の情報化の分科会の概要説明を行った。

 ICTの授業活用の分科会では,ICT機器の様々な組み合わせによる授業での利用方法と利用効果を,実際にICT機器を操作しながら,授業の一部を想定して,具体的に活用例を紹介した。

 校務の情報化の分科会では,グループウェアの機能や,共有フォルダのアクセス制限を実際に体験しながら,グループウェアや共有フォルダを導入時の留意点や,運用する際に必要となる事柄について具体例を示しながら理解を深めた。

 

第5部会(小中高特)

 

魅力と活力のある家庭・福祉教育を目指して 〜新学習指導要領の趣旨を踏まえた

教科指導の充実に関する研究〜

 

【発表の概要】

 

 

 平成25年度から年次進行により段階的に適用される新学習指導要領の趣旨を踏まえ,教育内容の主な改善事項で挙げられた「食育」,「言語活動」,「情報教育(教科指導におけるICT活用)」の充実に着目して研究を行った。専門教科「家庭」は,「食育の推進」を意識した専門性を深める指導の在り方について,共通教科「家庭」は,言語活動を通した思考力・判断力・表現力の育成について,教科「福祉」は,質の高い福祉サービスを提供できる人材の育成を目指すためのICT機器活用について,教材の収集・開発と実践研究を行った報告をした。また,県下高校生を対象にした教科に関するアンケート調査結果の分析,国の動向,具体的な指導例の堤案,評価の仕方などを示した。その後は,文部科学省が提唱した「リアル熟議」を活用した研究協議を実施した。最後に,県立吉良高等学校長より指導・助言をいただき,本研究のまとめをした。

 

第6部会(小中特)

 

理数系教員(コア・サイエンスティーチャー)養成拠点構築事業に関する研究

 

【発表の概要】

 

 

平成22年度より,愛知教育大学,名城大学,愛知県教育委員会(総合教育センター)が連携して,理科教育の指導に優れた小中学校教員の養成,理数系大学生・院生が将来優れた小中学校の教員となるための養成プログラムを開発し,中核となる理数系教員の育成に取り組んでいる。また,拠点となる小学校・中学校を指定し,地域の理科教育の中核的役割を果たすように整備を進めている。

愛知教育大学の吉田教授の基調講演を受けて,初めに総合教育センターが現職教員養成プログラムの実施状況と課題についての中間報告を行った。その後,協力機関である一宮市,豊田市,豊川市の各教育委員会と各大学が中間報告を行った。中間報告の後,シンポジウム形式で,CST事業を推進する上で有効な養成プログラムの開発と拠点校の整備の在り方,拠点校における研修会等を通した各地域での理科教育の推進に向けた具体的な方策について協議し,最後に本事業のスーパーバイザーである蒲郡市生命の海科学館の川上昭吾館長より今後の指針を指導していただいた。

 

7 おわりに

最先端の科学を分かりやすく具体的に話された篠原久典教授の御講演は,大変好評であった。また,「子どもの心に火を点ける」ことの大切さなど,教育に携わる私たちの心を揺さぶるお話もあり,参加者からは,「生徒に努力の大切さやその意義を伝えたいです」「理系ではないが、大変分かりやすく興味深い内容だった。人間の幅が広がった気持ちになった」「うまくなりたいなら夢の中に入ってしまえ,という言葉は生きていく上で大切なことだと思いました。子どもの心に火を点けるきっかけをつくりたいと感じました」等,紹介しきれないほど数多くの感謝の言葉があった。

また,午後の研究発表・研究協議においては,部会ごとに,実習や研究協議を取り入れるなどの発表形式を工夫した取組が好評であった。今後もセンターの研究活動が現場の先生方にとっての指針となるよう,研究を進めていきたい。