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授業実践事例

情報社会に参画する上で身に付けておきたい情報モラルの育成

~グループワークとプレゼンテーションを通した主体的な学び~

1 はじめに

 現在,スマートフォンを主とした高性能情報機器が高校生にも普及している。本校の生徒80名を対象にした事前アンケートにおいても,スマートフォンの保有率はほぼ95%(資料1)で,情報機器を使用するほとんどの生徒はLINEやTwitter,FacebookといったSNSを利用していることが分かる(資料2)。
 また,アンケート結果からは,個人情報の扱いや著作権に対する考えが希薄であることが分かった。「友達と一緒に撮った写真をSNS上に公開しても問題ないか」という問いと「おじいさんとおばあさんの写真をSNS上に公開しても問題ないか」という問いに対して,回答者の約4割以上が「問題ない」と答えている。「許可をとれば」という条件付きで回答した生徒もいるが,それでも顔写真をインターネット上に公開することのリスクを軽く捉えていることが分かる。著作権に関する問いでは「インターネットや本に書いてあることをそのまま丸写しにしてもよい」と答えた生徒は1割弱と少なかったが,「インターネットや本に書いてあることをそのままではなく,少し変えて自分の作品に使うこと」という問いに対しては75%の生徒が「よい」と回答している。多くの生徒がSNSやインターネットを利用していることを考えると,軽はずみな行為で意図せずトラブルに巻き込まれる可能性がある。こうした状況から,情報モラルを身に付けさせることは大変重要であることが分かる。
 情報モラルの指導については,情報機器の特性や法律,マナー,ルールを講義で伝えるだけでは不十分であり,適切な判断をして行動できるように指導する工夫が求められる。そこで,今回,1年生の教科「情報」の中で,情報モラルの学習にグループワークとプレゼンテーションを取り入れ,生徒同士で教え学び合いながら主体的に情報モラルを学ぶ授業実践を試みた。

2 単元の目標

  グループワークとプレゼンテーションを通して情報モラルについての意識を高め,SNSやインターネット利用における危険性を踏まえた上で,適切に情報機器を扱うことができる実践的な知識や態度を身に付ける 。

3 指導の内容

(1) 事前アンケートの実施(資料3)

 携帯電話やスマートフォン,SNSやインターネットの利用状況に加え,情報機器利用に当たっての意識に関するアンケートを授業前に実施した。このアンケートにより,本研究の対象となる生徒の“現時点での身近な情報機器との関わり方”を把握した。なお,アンケートの作成には,愛知県立大学の神谷幸宏准教授に協力をいただいた。

(2) 授業の実施

  情報モラルに関するトラブルを考えさせるために,次のように授業を実施した。
  ア 携帯電話やスマートフォンの特性の理解
  便利な点と問題点を生徒に挙げさせ,これらの情報機器の特性を知る。
 イ 情報機器による文字だけのコミュニケーションの危険性の理解
 Study by Mobile on LAN(岩手県立総合教育センター)の掲示板機能を利用し,文字だけのコミュニケーションから誤解や気持ちのすれ違いが起こることを体験させる。
  ウ SNSやインターネット利用に関するトラブル事例の紹介
 情報モラルに関するトラブル事例について考える。“総務省(2014)インターネットトラブル事例集”より抜粋した8項目を取り上げた。

   (ア) スマートフォン特有のトラブル
   (イ) 書き込みやメールでの誹謗ひぼう中傷やいじめ
   (ウ) ウイルスの侵入や個人情報の流出
   (エ) ショッピングサイトなどからの思いがけない代金請求や詐欺
   (オ) 著作権法などの違反
   (カ) 誘い出しによる性的被害や暴力行為
   (キ) ソーシャルゲームなどの中毒性がもたらす悪影響
   (ク) 犯行予告など
  エ グループワークによるトラブル事例についての協議
 (ア) 1学級40人を,5人で1グループとして8つのグループに分ける。
 (イ) 各グループで扱う項目は一つとする。
(ウ) トラブル事例が記されたワークシート(資料4)を配付し,事例とその補足や背景を読ませた後,そこに登場する人物の心境やトラブルの原因は何か,被害者がどうすればこの事件に巻き込まれなかったのか,また三者がそのトラブルを防ぐための働きかけをすることはできなかったのか,などをグループで協議させる。
 (エ) 出てきた意見を個人のワークシート内に書き込ませ,グループの意見をまとめるときの資料にさせる。
(オ) グループの意見がまとまったら,他のグループにプレゼンテーションするための準備をさせる。このとき,どのプレゼンテーションツールを使うかは生徒の判断に委ねる。

  オ 他のグループの生徒へのプレゼンテーション
 (ア) 各グループで発表者を決め,他の4人は聞き手とする。発表者は自分のグループ内にとどまる。
(イ) 発表者以外の4人は別のグループの席へ移動し,トラブル事例についての考察をまとめた他のグループのプレゼンテーションを聞く。時間は最大で5分間とする。
(ウ) プレゼンテーションが終了したら聞き手の4人は席を移動し,再度,別のグループのプレゼンテーションを聞く。聞き手である4人はSNSやインターネット利用に関するトラブル事例について,他のグループがまとめたものを合計7つ聞くことになる。発表者は,聞き手を変えながら7回同じ内容についてプレゼンテーションを行う。これは,発表者のプレゼンテーション能力を向上させることにもなる。

(エ) 聞き手は配られた発表記録シート(資料5)に他のグループで聞いたこと,話し合ったことを記入し,考えを深める。
(オ) 全てのプレゼンテーション終了後に事後アンケート(資料3と一部同じ)を実施し,事前アンケートと比較して,個人情報や著作権等に対する考え方の変容を見る。

▽1時限目

学習内容・学習活動 指導上の留意点
導入
(10分)
携帯電話やスマートフォン,インターネット利用に関する意識調査への回答
・事前アンケートに回答する。
・単元の目標,授業の流れの説明を聞く。



・事前アンケートは,予備知識がない状態で答えさせ,学習の目標や授業の流れの説明は事前アンケートの後に行う。
展開①
(10分)
携帯電話やスマートフォンの特性の考察
・携帯電話やスマートフォンを利用していて便利だと思う点と,問題だと思う点を挙げる。

・自由回答にし,生徒から出された意見をスクリーン上に提示していく。
・生徒が普段使っていて感じている率直な意見を取り上げる。
展開②
(15分)
・情報機器を使ったコミュニケーションの特性と注意点を理解する。

Study by Mobile on LANの掲示板機能を使って文字だけのコミュニケーションを体験させる。
展開③
(10分)
・SNSやインターネット利用に関するトラブル事例を考察する。
・実際に起こった事件を取り上げ,身近な問題として感じさせるようにする。
まとめ
(5分)
本時のまとめ
・次時に備えて,討議するグループを構成する。

・本時のまとめとともに,次の時間から行うグループワークについて説明し,グループでどの話題に焦点を絞って考察するのかを考えさせる。

▽2時限目

学習内容・学習活動 指導上の留意点
導入
(10分)
本時の流れの理解
・グループワークと発表について理解する。


展開
(35分)
事例の考察
・登場するさまざまな人物の立場から事例を考察し,グループで討議をする。
①トラブルの原因
②トラブルを回避する方法
③第三者がトラブルを防ぐための働きかけ,など

・さまざまな立場を意識させて考えさせる。
・意見を出しながら,ワークシートに話し合ったことを記入していくように促す。
まとめ
(5分)
まとめ
・グループでの意見をまとめる。


▽3時限目

学習内容・学習活動 指導上の留意点
展開
(35分)
プレゼンテーション資料の作成
・前回の活動内容を振り返り,考察した事例についてのグループの意見をどのようにまとめるか考える。
・最終的にグループの意見として発表できる形にまとめ,資料を作成する。
・発表で使用するツールはグループで協議して決める。

・グループで協力して資料を作成するように促す。


・ツールは何を使ってもよいが,効果的に伝えられるかということに主眼を置くように伝える。
まとめ
(15分)
本時のまとめ
・発表の仕方についての説明を聞き,発表に向けての心構えをする。

・発表者に発表の仕方と心構えを説明する。

▽4時限目

学習内容・学習活動 指導上の留意点
導入
(5分)
発表の説明
・プレゼンテーションをする心構えを意識する。
・発表を聞くときの姿勢と記録の仕方を確認する。


・発表を聞くときの注意点,記録方法を説明する。
・発表の後には聞き手から質問をしてもいいことを伝える。
展開
(40分)
発表
・八つのグループの代表者が一人ずつグループ内に残り,他のグループの生徒に対して発表を行う。
・発表を聞く生徒は発表記録シートに記録をとる。

・発表者と聞き手がどのように協議しているか観察する。
・1グループの持ち時間は5分とする。
まとめ
(5分)
まとめ
・事後アンケートに回答する。


5 実践結果の考察

 (1) グループワークについて
グループワークでは,どのグループもそれぞれが事例について,問題点は何だったのか,どうすればトラブルを防ぐことができたのかを真摯に考え,協議を行っていた。ふだんの講義形式の授業では生徒が自ら意見を述べることは少ないが,各々が事例の考察を通して問題と向き合い,グループで協力して「どう伝えれば分かりやすいのか」を考え,発表用の資料を作る際は率先してスライドを作り始めるなど,主体的にグループワークに取り組む姿勢が見られた。
 (2) プレゼンテーションについて
発表者はツールとして主にPowerPointを使用して発表していた。二つの画面を切り替えながら説明するグループや,事例をストーリーに見立てて話すグループもあり,聞き手に興味を持たせる工夫を凝らしていた)。

聞き手も興味深く耳を傾け,また聞くだけではなく発表者に対して自分の考えを述べたり,お互いによりよい対応方法を協議したりする光景も見られた。これは,発表者と聞き手がお互いに生徒同士ということもあり,双方向のコミュニケーションが築きやすかったためと考えられる。発表者によっては,自分たちの考えを伝えるだけではなく,スマートフォンの依存状況を確認させるなど,聞き手にも活動させて理解を深めさせる工夫を行っていた。聞き手の生徒の記録シートには「発表の工夫がしてあって楽しかった」との感想があった。また,こうしたチェックを通して「自分はスマホに依存しがちだった」という気付きが得られた者もいた。
 (3) 生徒の変容
事前・事後アンケートの結果から個人情報の扱いや著作権に対する考えについては,以下のような変化が見られた。写真のアップロードに関しては,「許可が出ていれば大丈夫だろう」という考え方だった生徒が,授業後は「許可があってもなるべく載せるものではない」という意見が多くなった(資料6)。授業後の感想には,「軽い気持ちで名前や学校名を書き込まない」「ネットは範囲が広くてなかなか根源を消すことができないから,慎重に使わなくてはならないことが分かった」といったものがあり,個人情報の扱いについて,軽い気持ちの行動がどういう結末を生むかということを実感していることが見受けられた。

また事後アンケートでは「著作権とは何か」という問いに対してほとんどの生徒が答えることができ,インターネットや本の丸写し,もしくは内容を少し変えて使うことが悪いと答えた生徒が増えた(資料7)。これは著作権などの難しい話題に関してクラスメイトが発表し,多くの生徒が真剣に聞き入っていたことが影響していると考える。


両方とも数字上ではわずかな変化だが,生徒の問題意識の向上につながったと思われる。ただし,まだ「問題ない」「よい」と答えている生徒がおり,今後も継続した指導が必要である。今回の授業実践では,発表者と聞き手を分けて行った結果,それぞれに変化が見られた。始めは少し照れながら発表していた生徒も,繰り返し聞き手に発表することで,徐々に堂々と発表できるようになった。

6 今後の課題

 今回は発表者と聞き手の役割を固定して発表を行わせたが、全員が両方の役割を経験することが必要である。立場を逆転させて同じようなことをする場合は単純に倍の時間を要するため、授業構成そのものを見直していく必要もある。

7 おわりに

 本研究では情報モラル教育の重要性を踏まえた上で,高校生を対象とした情報モラル教育の手法として,グループワークとプレゼンテーションを組み合わせ,生徒同士が教え学び合う授業展開を行った。この方法には,実感を伴いにくい情報モラルの内容を高校生に捉えさせる効果が少なからずあったように思う。しかし,まだまだ改善すべき点が多く,これらの課題を一つ一つ解決していくことでさらなる情報モラル教育の発展に寄与できると考えている。情報技術の進歩が生みだす新しい情報機器やサービスにも対応できる判断力を身に付けさせることができるよう研究を今後も進めていきたい。また,情報モラルの授業だけでなく,他の単元でも発表の機会を設定していきたい。