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ブランドカブトムシ育成技術研究に関する教育実践
1 目的
 近年,カブトムシ・クワガタムシを中心とした昆虫飼育ブームが継続しており,昆虫市場の拡大が起きている。一方,林業においては,一般社会に森林保全意識が定着してきているものの,依然として木材市場価格の低迷が続き,産業としては不振状態である。しかし,人気の国産カブトムシを林産物としてとらえれば,大きなマーケットにつながってくることが期待できる。カブトムシは複合型の林業内でよく行われる,ホダ木によるシイタケの栽培環境周辺に多く生育している。シイタケが生えなくなって廃棄されたホダ木(通称:廃ホダ)はカブトムシの産卵及び幼虫の成育環境に適しているためである。


2 方法
 の研究ではカブトムシを山間地域の特産品とするため,カブトムシのブランド化を目指した。国産のカブトムシをただ養殖して販売するだけでは,何の特徴もなく,地域の特産品とすることは難しいと考えたからである。ブランド化に当たり,「成虫への羽化時期のコントロール」「大型個体の作出」を本研究目的遂行のための手段・方法とし,その実現に向けて教育実践を行った。


3 実践及び考察
(1)成虫への羽化時期のコントロール
 ア さなぎ室形成積算温度の解明

 本研究では冬眠から覚めた3齢幼虫がさなぎ室を形成し,さなぎを経て成虫までの時期に注目した。多くの昆虫のさなぎ化や羽化には幼虫時代の積算温度が関与していると言われているが,カブトムシがさなぎ化や羽化に必要とする積算温度は明らかにされていない。これを明らかにすることで羽化時期をコントロールすることが可能になり希望時期に出荷できるようになると予測された。さらに,温度の高いところで飼育することによって早期羽化の実現が可能ではないかと考え,校内の草花栽培用温室の空きスペースを有効活用し,加温飼育を試みた。
 3齢幼虫が冬眠している2月上旬と3月上旬の2回にわたり,幼虫を採取し,温室で飼育を開始した。容器内の生育マットの地温を2月から7月下旬まで毎日測定し続け,3齢幼虫が温室内で冬眠から覚めた後,さなぎ室形成に必要な積算温度を求めた(図1)。この結果,冬眠からさなぎ室形成に必要な積算温度が温室内加温飼育において,約1900℃であるということが明らかになった。さらに,これら実験を行った個体群は,その後,6月下旬から随時,成虫に羽化した。さなぎ室形成積算温度の解明だけでなく,早期羽化も成功した。


図1 地温の積算とさなぎ室形成

 イ 羽化時期の設定
 
前述の結果を踏まえ,今年度は実験データの再現性の検証と,羽化時期を設定し,それに合わせて加温飼育を開始する取組を行った。温室内の生育マットの平均地温を約18℃と設定すると,「さなぎ室形成算温度÷平均地温」で3か月半の飼育期間でさなぎ室を形成し,その後羽化するのに必要とされている約1か月半という期間を経た後に羽化すると仮定された。ブランド化を進めるため,羽化時期を6月中旬に設定した。飼育日数を逆算し,1月中旬に,廃ホダの中から採取した冬眠中の数十匹の3齢幼虫について温室内での加温飼育を開始した。予定どおり,6月中旬には羽化した成虫が続々と姿を現した。このことより,前年度の実験結果は,再現性があり,極めて有用性が高いことを実証できた。同時に,羽化時期のコントロールも可能となった。 

(2)大型個体の作出
 ア 成長に環境要因が及ぼす影響
 
幼虫時におけるエサでもある生育マットを主とした環境要因がどの程度,個体成長に影響を及ぼすかについて比較実験を行った。成育マットとして,廃ホダと林産物製造実習で使用済みとなったエリンギの廃培地の2種類を設定し,2か月間程,3齢幼虫の飼育を行った。すると,このマットの違いによりさなぎ時の個体の大きさに顕著な差異が確認された(図2)。エリンギ廃培地マットで育ったものは廃ホダマットのものより,明らかに小型傾向を示した。この実験により,カブトムシの大きさは幼虫が成育するマットの成分に大きく左右されるということと,3齢幼虫が冬眠から覚めた段階からでも,生育するマットにより大きさに違いが出るということが明らかになった。
 
図2 マットによるさなぎの大きさの差異

 イ 構成成分分析
 
カブトムシの成長が環境要因に大きく影響を受けるならば,体を構成している主成分を突き止め,当該成分を成育マットに添加することで,大型化を図ることができるのではないかと推測した。カブトムシの構成成分に注目し,分析を行った(図3)。供試試料として,死後,乾燥させた個体を乳鉢で粉砕したものを用いた。分析は環境分析に詳しい大学の協力で実施した。結果は表1の様になった。

図3 各種分析の様子

表1 カブトムシ乾燥体中における各元素含量(mg/g)
  C   N   Na   K  Ca  Mg  Fe
493.00 110.00 01.370 06.710 00.190 01.300 00.410


 分析結果から,窒素含量について注目した。窒素はアミノ酸やタンパク質の主成分の一つであり,一般に,タンパク質中に占める窒素割合は16%だとされている。この割合から,タンパク質係数である,6.25を窒素含量に乗ずることで,粗タンパク含量の算出が可能となる。カブトムシの場合,窒素含量から算出した粗タンパク質含有割合は乾燥体中で約69%と高い値を示した。
 
 ウ マットにおける添加剤の検討
 構成成分分析結果を踏まえ,幼虫が成育するマットに,カブトムシの主要構成成分の一つであるタンパク質を多く含む物質を添加することで,固体の大型化を図れるのではないかと考え,実験及び検討を行った。マットに添加する物質として,タンパク質や窒素を多く含み,天然のマットと同様に植物由来である,薄力粉,強力粉,肥料の油かすの三種類を選び,比較検討を行った。それぞれ30%と10%ずつ添加した廃ホダマットと,対照区として何も添加していない廃ホダマットの計7種類のマットを調整した。幼虫は本校の廃ホダの下から約130匹採取し,採取後体量を量り,それぞれのマットの中で飼育を開始した。約1か月後,生存個体数及び体重を計測し,生存率と成長率を算出した。この結果,油かすを添加したマットについては,すべて死滅していた。窒素過多による腐敗が考えられた。油かすマット以外のマットにおける結果は図4のようになった。薄力粉10%添加マットについて,成長率は1.4,生存率は100%と,いずれの値も何も対照区を大きく上回った。この実験において,1か月という短期間ながらも,添加剤の種類や量が幼虫の成長に大きく影響していることや,薄力粉10%添加マットは幼虫が成育するマットとして通常のマット以上に適していることが明らかになった。
 

図4 各マットにおける成長率と生存率


4 まとめ及び今後の展望
  本研究によって得られた知見の多くは,将来的に産業界での実用も可能だと考えられた。現在も,研究を進めながら発展させているが,安定供給等の課題も残っている。しかし,地域の保育園児への成虫のプレゼント交流等で見ることができた,喜びにあふれる園児の笑顔を糧として,産官学一体となって研究を進め,山間地域の活性化につなげたい。
 また,本教育実践を進めてゆく中で,生徒たちは,お互いの成長を心から喜び,自らの将来の可能性や農業教育の魅力を実感していた。最後に,複数回参加した研究発表大会における生徒たちの感想を紹介する。
 「今までの高校生活では,部活も普通に頑張っていたけど,入賞は程遠かった。だから何をするにしても入賞は自分には関係ないことだと思っていたし,別にしたいとも思わなかった。でも,カブトムシの研究をすることで,多くの人に認めてもらえて,研究発表大会で入賞することができた。努力をして,それが形に残るということが,こんなにうれしいことだと思わなかった。これからも色んなことにチャレンジしていきたい」(3年生:研究発表大会入賞時)
 「私は何かにチャレンジするなら必ず結果を出さなければ意味がないと思っていた。過程なんかは関係なくて,とにかく入賞しなければ,どんな努力も無駄になると思っていた。今回の発表に向けて,2年生のころから毎日のように研究をしたり,発表練習したことも,入賞しないと無駄な努力になってしまうと思っていた。残念ながら今回入賞はできなかったけど,そのおかげで,それは違うってことが,今分かった。結果も大切だけど,本当に大切なのは,皆で一生懸命努力したり,新たな発見の喜びを分かち合った,あの時間,過程なんだということを。大きなことに気付けて本当によかった。」(3年生:研究発表大会終了時)
 ここでは紹介しきれないが,他の生徒も笑顔で,時には目に涙を浮かべながら,高校生活の中で,とても充実した時間が過ごせたことを語ってくれた。今後も,これら生徒たちの尊い思いを第一に考え,日々教育実践を行っていきたい。
 

図5 早期羽化カブトムシ(成虫)