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1 はじめに
高等学校の地学では、日本列島の形成史を学ぶ。教科書には、日本列島をつくる古い地層の一つとして、チャートとよばれる岩石が紹介されている。これは、陸から遠く離れた深海底で、放散虫(ほうさんちゅう)などの二酸化ケイ素(SiO2)の殻をもつ生物が集積してできたものである。放散虫とは、海にすんでいる動物性プランクトンのことで、古生代カンブリア紀に出現して現在に至る。その間に形態を多様に変化させてきているので、地層の年代決定に役立っている。 1970年代以降、この放散虫の研究がさかんに行われるようになり、日本列島の歴史が明らかにされていったが、そのきっかけとなったことの一つに、簡単な岩石処理方法の発見がある。それまで放散虫の観察には、チャートを薄く削って岩石薄片を作っていたが、それよりも短時間で、なおかつ放散虫殻の構造を詳細に観察できるようになった。 ここでは、その簡単な岩石処理方法(フッ化水素酸法)を紹介する。 |
2 チャート
岐阜県各務原市鵜沼宝積寺町 木曽川右岸の露頭(紡績工場跡の近く) ※右岸…上流から下流を見たときの右側の岸 |
【解説】 この付近に露出するチャートのほとんどは赤色チャートで、かなり激しく褶曲(しゅうきょく)している。プレートの移動に伴って日本列島に付加し、現在この場所に露出している。注意して観察してみると、灰色や黒色のチャートがあることに気が付く(左から3、4枚目の写真)。この赤色と灰色・黒色との境界は、古生代(ペルム紀)と中生代(三畳紀)の境界と考えられていて、特に黒色の部分は、その頃の生物大量絶滅の証拠とされている。 |
《赤色チャート》 | 《灰色チャート》 | 《黒色チャート》 |
※黒色チャート…黒色有機質泥岩ともいわれている。 チャートの色の違いは、海底環境の違いを示しているといえる。 |
3 鵜沼産放散虫化石の例
3種類のチャートから産出した放散虫をそれぞれ示す。この写真は、双眼実体顕微鏡を使って放散虫を1個体ずつ拾い出し、デジタルカメラを接眼レンズに密着させて撮影したものである(放散虫の研究では、電子顕微鏡を用いて撮影を行う)。 放散虫の実際の大きさは、数十μm〜数百μmである。 ※1μm(マイクロメートル,ミクロン)=1/1000mm |
(1) 赤色チャート
(2) 灰色チャート
(3) 黒色チャート
4 準備
試料(チャート、珪質泥岩など)、ハンマー、3〜5%フッ化水素酸(フッ酸)、プラスチック製容器、ドラフト、ゴム手袋、メスシリンダー、 ピンセット、洗瓶、250メッシュ(目の大きさ0.063mm)の大型ふるい、アルミ容器、乾燥器、平筆、薬包紙、保存容器(サンプル瓶など)、封入材(エンテランニュー)、ガラス棒、つまようじ、スライドガラス(76×26mm,厚さ1.0〜1.2mm)、カバーガラス(24×24mm,厚さ0.12〜0.17mm)、透過型光学顕微鏡 |
5 岩石処理方法
★フッ化水素酸法(HF法) フッ化水素酸を用いてチャート(主成分:SiO2)の表面を溶解し、放散虫の個体を分離する方法である。フッ化水素酸並びにその蒸気は人体に有害であるから、処理はドラフト内もしくは換気のよい場所で行い、ゴム手袋を使用する。また、ガラスを溶かす性質があるので、容器はプラスチック製を使用する。 ※児童・生徒のみなさんは、先生の指導のもとで行ってください。 |
★写真番号の順に作業を行う
写真1 ハンマーなどを用いて、岩石試料を1〜2cmくらいの大きさに砕く(ここでは赤色チャートを使用,30g)。 ※非常に硬く、割れ口も鋭いので、破片が目に入ったり手を切ったりしないように十分注意する。 |
写真2 フッ化水素酸(47%) 医用外毒物 【5%フッ化水素酸の作り方】 市販の47%フッ化水素酸を5mlとり、水を加えて47mlにする(9.4倍希釈)。 |
写真3 一次処理(前処理) 砕いた試料をプラスチック製容器に入れ、5%フッ化水素酸を加えて数時間〜24時間浸す。 この濃度と時間は、放散虫殻を溶かさないようにするための目安である。 ※写真のようなふた付き容器を使用する場合は、密栓せず、ふたを少しゆるめておく。 |
一次処理(前処理)…岩石表面の汚れを取り除くためのもので、表面がわずかにエッチングされる。 (岩石が全部溶けてしまうわけではない) |
写真4 一次処理後、残った岩石をピンセットで拾い上げ、水洗いして取り出す。容器内の残液(薬品と残さ)は、分離して適切に廃棄する。 次に、二次処理(本処理)として、写真3、4と同じ作業をもう一度行い、放散虫を取り出す。 ※容器内の残液中に放散虫が入っている。 |
写真5 流し 左の蛇口…シリコンゴムホースのみ。 右の蛇口…シリコンゴムホースにじょうろの先が取り付けてある。 |
写真6 容器内の残液を250メッシュの大型ふるいへ移し、水洗する。 |
写真7 水洗後、ふるいに残った試料をアルミ容器へ移し、乾燥させる。 |
写真8 乾燥器 ※決まった温度はないが、80℃くらいで乾燥の程度を見ながら行えばよい。 |
写真9 乾燥試料をサンプル瓶へ移し、保管する。 |
6 永久プレパラートの作り方
写真10 乾燥試料をスライドガラスの上にまく。 ※試料がなるべく重ならないように気を付ける。 |
写真11 封入剤 : エンテランニュー (成分:キシレン) |
写真12 ガラス棒の先で封入剤をすくい取り、試料の上に垂らす。 ※封入剤の量は、カバーガラスをかぶせたときにはみ出さない程度にする。 |
写真13 カバーガラスの片方をつまようじで支えながら、気泡が入らないようにゆっくりかぶせる。 |
写真14 永久プレパラートの完成 ※封入剤が硬化するまで、1時間ほど水平に置いておく。 完全に硬化するまでには数ヶ月かかる。 |
写真15 透過型光学顕微鏡で観察する。 (倍率は100〜400倍程度) |
写真16(左)、写真17(右) プレパラートの放散虫 |
7 実践例
写真18 『青少年のための科学の祭典』に参加 -ミクロの化石を見てみよう- 2005年愛・地球博 モリゾー・キッコロメッセにて。 ※放散虫、有孔虫、貝形虫、フズリナ、コノドント、石灰質ナンノプランクトン、珪藻 |
参考文献
『西南日本の中・古生界層状チャートの研究−とくに層状チャートに記録された海洋無酸素事変』,
石賀裕明(1993),地球科学,47-1,p.63-73.
『化石の研究法−採集から最新の解析法まで』,化石研究会編(2000),共立出版,p.73-78.
『日本列島の誕生〈岩波新書148〉』,平朝彦(1990) ,岩波書店,p.45-51.
『生命と地球の歴史〈岩波新書543〉』,丸山茂徳・磯崎行雄(1998),岩波書店,p.137-149.
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