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キップの装置


1 はじめに

 
ペットボトル,ストロー,洗濯ばさみといった身近な材料を用いて,キップの装置と同じ役割をはたす器具を製作方法を紹介する。

2 キップの装置とは

 
キップの装置とは,固体と液体の試薬を混合させて気体が発生する化学反応において,必要なときだけ試薬を反応させて気体を取り出し,不要なときは反応を止めることのできる装置である。装置の名は,考案者の名前にちなんでいる。この装置は,高等学校化学の教科書や図説資料に紹介されている。ここでは,キップの装置の構造及び気体の発生原理を以下に示す。

@ まず,(イ)を取り外し,(ロ)の部分に固体試薬を入れる。なお,固体試薬は(ハ)の部分に落下しない,塊状の物質である。
A 続いて,(イ)を取り付け,コック(ニ)を開いた状態で,(イ)から液体試薬を注いでいく。
B すると液体試薬は(ハ)の部分を満たし,やがて(ロ)の部分に浸入して試薬同士が混ざるので,気体が発生していく。
C 発生した気体は,コック(ニ)が開いているので,管を通って捕集することができる。
D ここでコック(ニ)を閉じると,気体は管を通過することができなくなるため,次第に(ロ)内の圧力が上昇していく。すると,(ロ)内に浸入していた液体試薬は,(ハ)内に押し下げられていく。このとき,(イ)の水位は上昇していく。
E (ロ)内の液体試薬が全て(ハ)内に押し下げられてしまうと,気体の発生は止まる。すると,これ以上(ロ)内の圧力は上昇しないので,液面は固体試薬と接触しないところで保たれることになる。
F 再びコック(ニ)を開くと,気体は管を通って外部に抜け,(ロ)内の圧力が下がるので,液体試薬は(ロ)内に浸入して再び気体が発生する。

 
このように,コックを開いたり閉じたりすると,B〜Fの原理から,必要なときは気体を取り出し,不要なときは発生を止めることができる。

    
キップの装置全図 @ A B,C
D E F


3 装置の製作

〔1〕 材料


〔2〕 用具

必要な材料と用具


〔3〕 製作の手順

カッターナイフや穴あけドリルを使用する際は,ケガや物体の破損がないよう十分気をつけること。

(1) 油性マジックを使って,ペットボトルの胴体部分に胴径の異なる2種類のペットボトルのうち,大きい方にA,小さい方にBと書く。また,ふたの側面にも書いておく。
(2) ペットボトルAの胴体部分に,油性マジックで切り取る線を一周書く。 
※ 半分よりもやや下,高さの比が6:4になる程度の位置に書く。
(3) カッターナイフを使って,ペットボトルAを切断する。 
※ カッターナイフの取り扱いには注意すること。
(4) ペットボトルBの底部の中心に,ハンドドリルを使って,ストローが通る穴を開ける。また,底部の中心から離れた部分にも2〜3箇所小さな穴を開ける。 
※ 穴が大きくなりすぎないように注意すること。大きくし過ぎると,石灰石のような固体試料が穴を通り抜けてしまう。
(5) 切断したペットボトルAの底部容器に,ペットボトルBを組み込む。組み込んだ部分で液体が漏れないように,シールテープを数周巻き付け,続いて梱包用のテープも数回巻き付ける。 
※ ここが最も重要な部分である。ペットボトルAの直径の方がBよりもわずかに大きいことが望ましい。
(6) コルクボーラーを使って,ペットボトルA,Bのふたにストローが通る穴を2か所ずつ開ける。 
※ 穴は大きく開けすぎないこと。ストローがやや固く入るぐらいがちょうどよい。 
(7) ストローのうちの1本を半分に切断し,ストローの折れ曲がる蛇腹部分のない方の半分を,別のストロー1本と接合する。このとき,切断していないストローでは,蛇腹側が接合部分に近い方になるようにする。接合部分は,シールテープを用いる。 
※ ストローの先にボールペンなどを入れて,数回まわすとストローの径が広がり,接合しやすくなる。
(8) (6)で作ったストローに木の棒を通し,ストローの接合した部分とは反対側を,ペットボトルBのふたの穴に通す。ここでは,内部側から外部側に通すこと。
さらに,ペットボトルAのふたの穴に通す。ここでは,外部側から内部側に通るようにする。
(9) 別のストローに木の棒を通し,ストローの蛇腹部分の反対側を,ペットボトルAのふたの穴に通す。ここでは,内部側から外部側に通すこと。
さらに,ペットボトルBのふたの穴に通す。ここでは,外部側から内部側に通るようにする。(ちょうど(7)の逆側から同じ操作をすることになる)
(10) ふたBをペットボトルBとペットボトルAの底部を組み込んだ容器にはめ,ちょうどペットボトルAの底部にストローの先端がつくように長さを調節する。
(11) ふたBを容器から外し,ふたAとBの部分に瞬間接着剤をつけ,ふたAとふたBを接合する。
(12) どちらのストローとも長さがふたの高さくらいになるように調節する。 
※ ふたB側からふたA側に出ているストローは,はさみで切断することになる。
(13) 接着剤がよく乾いたことを確認して,切断したペットボトルAの頭部を,ふたAの方に取り付ける。
(14) ふたAとふたBの接合部分から気体が漏れることのないように,シールテープと梱包テープを使って完全に密着させる。
(15) 最後に残ったストローとペットボトルAの頭部から出ているストローとをゴム管でつなぐ。
(16) 接着剤がよく乾いたことを確認して,再びふたBをペットボトルBとペットボトルAの底部を組み込んだ容器にはめて,ゴム管に洗濯ばさみをつけると完成する。

(1) (2) (3) (4)
(5)-1 (5)-2 (6) (7)
(8) (9) (10) (11)
(12) (13) (14) (15)
(16)


4 実験方法

〔1〕 試薬,器具

石灰石と希塩酸の反応から,二酸化炭素を発生させる実験の器具として紹介する。

約2 mol/L HCl(塩酸)
石灰石(大理石)CaCO3 ※ 塊が小さ過ぎないものを使用する。
石灰水(飽和Ca(OH)2水溶液) ※ 白濁することで二酸化炭素が発生していることが確認できる。
ビーカーまたは試験管 ※ 気体発生を確認するために使用する。
安全めがね,ビニール手袋 ※ 塩酸が目に入ったり,手についたりすることの防止のために使用する。
ぞうきん

〔2〕 実験の手順

希塩酸を手につけたり,こぼしたりしないように注意すること。安全めがねと手袋を着用する。

(1) ペットボトルBに石灰石を入れる。 ※ このとき中心の穴からペットボトルAの底部分に石灰石が落下しないように注意する。
(2) ストローの先端がペットボトルAの底部分に入るように注意しながら,ふたBを締める。
(3) 洗濯ばさみでゴム管を挟む。
(4) ペットボトルAの頭部分の容器がいっぱいになるまで2 mol/L塩酸を注ぐ。 
※ この時点では,塩酸は底部分の容器にはほとんど入らない。もし,落下する場合は,容器に漏れがある可能性が高い。
(5) 二酸化炭素を発生させたいとき 洗濯ばさみを外すと,塩酸がペットボトルAの底部分に入り,更にペットボトルBの部分にも達する。すると,石灰石に触れることになり,気体の発生が始まる。 
※ はじめ,ストローの先端からは気体が勢いよく出るが,これは空気である。しばらくしてから,二酸化炭素が出てくる。
(6) 塩酸及び石灰石が十分量あるうちは,連続的に気体が得られる。
(7) 二酸化炭素を止めたいとき 再び洗濯ばさみでゴム管を挟むと,気体の発生は続くが,気体が逃げられなくなるので,ペットボトルBの圧力が高まって,塩酸の液面を押し下げていき,次第に反応は穏やかになっていく。そして,塩酸が全てペットボトルBから出てしまうと気体の発生が止まる。 
※ キップの装置と同じ原理である。ペットボトルAの頭部には塩酸が溜まっていくのが分かる。
(8) 再び二酸化炭素を発生させたいとき もう一度洗濯ばさみを外す。すると,(5)と同じことが起こり,再び二酸化炭素の発生が始まる。

(1),(2) (3) (4)

注)ムービーファイルはWMV形式です。WMVファイルを再生できるプラクインソフトが必要です。

(5),(6) 二酸化炭素を発生させたいとき (7) 二酸化炭素を発生を止めたいとき (8) 再び発生させたいとき

〔3〕 片付け

(1) 洗濯はさみを外して,塩酸をAの底部及びBの容器内に全て移し,Aの頭部の容器に入っていないようにする。
(2) ふたBを取り外して,水でよく洗う。
(3) 石灰石と塩酸が混じらないように注意しながら,まずB内の塩酸を回収する。
(4) 続いて,石灰石をビーカーなどに回収する。 
※ できるだけ塩酸を入れないように注意する。
(5) さらに,Aの底部の容器に入った塩酸を抜く。 
※ Bの底部には穴が複数あいているので,無理なく取り出せるはずである。
(6) 最後に,Aの底部とBの容器を水でよく洗う。


5 留意点

〔1〕 製作上

(1) ペットボトルの形状が鍵である。まず,特殊な形状のものは避け,胴体部が円筒のものを選ぶ。A,Bともに炭酸飲料用で,容量は500mLのものであるが,ペットボトルAは,頭部が細くなっているものを選ぶ。(頭部が細い分,容器の径が若干大きくなる)
ペットボトルBは,Aよりもやや頭部の太いものを選ぶ。写真をよく参照のこと。
(2) ペットボトルのふたに穴を開けるときは,最初,ストローの径よりもやや小さめの穴をあけておき,次に金属やすりなどを使って徐々に大きくしていくとよい。無理に小さな穴に通そうとすると,ストローがつぶれてしまう。やや通りづらいと感じるくらいがよい。逆に穴が大きいところから気体が漏れるので,よくない。
(3) ペットボトルのふたをしめるとき,瞬間接着剤が完全に乾いてからしめること。よく乾かないうちにしめると,ねじ部で固まってしまい,とれなくなることがある。
(4) 洗濯ばさみが小さかったり,挟む力が弱かったりすると,気体を止められないことがある。この場合は,写真のようにゴム管を折り曲げてとめることでだいたいは対応できる。したがって,ゴム管はやや長めに用意しておいた方がよい。

〔2〕 実験,後片付け上

(1) 容器は長くなるため,転倒に注意すること。特に,ペットボトルAの頭部に液体が入っているときは,重心が高いため倒れやすい。防止策として,AとBのふたの部分をスタンドを使ってクランプなどで固定するとよい。
(2) 塊状の固体と液体が反応するもので,発生気体の水への溶解度が比較的小さいものなら他の反応でも可能と考えられる。ただ,可燃性の気体や有毒な気体の発生するものは危険である。したがって,生徒実験では二酸化炭素発生専用と考えた方がよい。
(3) 使用後の石灰石は,水でよく洗って乾燥させておけば,次回も使用可能である。ただし,反応によって小さくなりすぎたものは,廃棄すること。 
※ Bの底部を通過し,Aの底部に落下すると不都合であるため。
(4) 片付けのとき,Aの底部に石灰石が落下してしまうことがある。このときは,容器をよく洗った後で,容器を逆さまにして上下に振ると,だいたいは落ちてくる。 
※ 容器に塩酸が残った状態で,容器を振らないこと。塩酸が周囲に飛び散り,危険である。


6 授業での活用例

 この教材は,以下のように工夫することで,知識や理解だけでなく,思考力や判断力,表現力を育成することを目的とした課題としても応用できるのではないかと考えた。筆者は,実際に高等学校の教育現場で実践してみたので,報告する。

〔1〕 設定

高等学校普通科2年生または3年生 「化学基礎」「化学」の探究活動,「理科課題研究」
二人一組で話し合いながら,活動する方式とした。
活動時間(全6時限)1時限=50分
 ・概要説明(1時限)@〜B
 ・製作,予備実験(4時限)C〜E
 ・本実験,成果発表(1時限)F
方法
 @ キップの装置の本物を見せ,気体の発生する様子と装置の仕組みを観察する。
 A 次に示す素材(材料のところで「●」で表記したもの)と用具を提示して,キップの装置と同じ働きをする器具をつくることを目標とした課題を提示する。
  ペットボトル2本,ストロー4本,洗濯ばさみ,ゴム管  
  ※ 使用する材料と用具の提示のみで,筆者の製作した見本品の提示はしない。
  ※ 作り直すことを考えて,予備のセットを用意しておき,生徒には説明しておく。
 B 設計図を考える。
 C 器具の製作。 
  ※ 用具は共通のものを使用するが,個々に準備したものの使用も認める。
 D 予備実験。
  ※ 予備実験の回数,塩酸や石灰石の使用には制限を設けない。
 E 改良
  ※ 予備実験の結果から,装置の改良を時間のある限り行う。
 F 本実験及び成果発表 
  ※ 実験前に工夫した点やアピールしたい点を一言で説明させる。

〔2〕 製作,実験の様子


〔3〕 生徒の感想

(1) 製作面において
密閉させて空気を漏れないようにするのが難しかった。(多数)
装置を一から考えて作るのは難しかった。
設計図を作って製作するところまではよかったものの,思ったようにいかなくて苦戦した。
試作ではうまくいっていたが,本番では失敗して残念であった。
頭の中ではいい感じに組み立てられるのに,実際やると穴がうまく開けられなかったりして,実験は難しいと思った。

(2) 活動形態について
今まで話したことがない人とのペアで楽しかった。
二人でいろいろ考えて案を出して,楽しかった。
実際に自分でつくっていくので,面白かった。
装置の仕組みがよく覚えられた。
普段の授業では定期テストや入試を意識しなければならないが,今回は自由に自分で考えることができた。

〔4〕 留意点等

多くのグループが,気体の漏れを止めることに苦労するであろう。本コンテンツ作成者が実践した授業では,発表段階で成功したグループは,14組中1組のみであったことから,難易度の高い課題であると言える。失敗した生徒の多くは,容器の胴体に穴を開け,そこにストローを通したため,この部分で漏れを防ぐことができなかったと考えられる。ペットボトルの蓋にストローを通すことをヒントとして与えれば,もう少し成功率も高くなると思われる。
予備実験も含めているので,ある程度の授業時間数は必要である。4〜5時間限程度で発表会まで実施するのが理想的な展開であろう。
結果としては,失敗に終わったグループが大半であった。しかし,原理を考え,設計図を考え,自らの手で製作する活動は,生徒にとって新鮮に映り,楽しく印象に残る活動となったと答えていた生徒が思いの外多かった。このことは,課題研究等の教材として十分活用可能であると考えられる。


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