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水を調べるU
−海水中の塩分の測定(ファヤンス法)−

 はじめに

 海水中に含まれている塩類(電解質)の濃度を塩分(Salinity)といい、海水1kg中に含まれている塩類の全量〔g〕を千分率〔パーミル,‰〕で表す。例えば、海水1kg(1000g)中に塩類が35g含まれているとき、塩分は35‰となる。塩分は、水温と共に海水の密度を決める要素で、密度が分かれば海水の水塊構造も分かる。私たちの身近な海である湾や河口域、さらには人工河川(運河)のような潮汐(潮の満ち引き)による海水の影響が及ぶところの塩分を調べることによって、河川水や海水の影響がどの程度及んでいるのかを知ることができる。塩分は海の状態を把握する上で重要な指標となる。身近な水域の塩分を測定し、その水域の状態や生き物の生息環境について考えてみよう。


 1 塩分の測定方法

 塩分の測定には、「モール法」や「ファヤンス法」などがあり、食品分析でも用いられている。いずれも硝酸銀を用いた沈殿滴定によるものであるが、終点を知るための指示薬が異なる。モール法ではクロム酸カリウム(黄色)を使い、ファヤンス法ではフルオレセイン(又はそのナトリウム塩であるウラニン)と呼ばれる吸着指示薬を使う。最近では、塩分計を用いた「電気伝導度測定法」が一般的である。


 2 測定原理

 硝酸銀標準溶液を用いて海水を滴定し、塩素量(塩素、臭素、ヨウ素の全量)を測定する。計算式を使って塩素量から塩分を求める。

   【反応式】

     @
Ag  +   Cl   →  AgCl (白色沈殿)

     A
Ag  +   CrO42−  →  Ag2CrO4 (赤褐色沈殿)

 塩化銀(AgCl)の方が溶解度が小さいので、クロム酸銀(Ag2CrO4)よりも先に沈殿する。つまり、@の反応が完了してClがなくなるとAの反応が起きる。このとき、黄色(黄白色)から赤褐色に変化するので、終点を知ることができる。


 3 滴定におけるpHの調整

 モール法では、pH6.5〜10の範囲(中性付近)で滴定を行う必要がある。
pH6.5以下の酸性では
、2CrO42−2HCr2O72−H2O の反応が進んでクロム酸銀の沈殿が溶けてしまい、pH10以上のアルカリ性では酸化銀(Ag2O)の沈殿が生成するので、終点が不明瞭になる。よって、滴定を行う前に試料水のpHを測定し、酸性が強ければ炭酸ナトリウムなどを加え、アルカリ性が強ければ酢酸などを加えてpHを調整する。


 4 準備
  【採水道具】
   褐色容器(試料水用)、バケツ、シリコンチューブ、温度計、pHメーター

  【分析器具】
   メスフラスコ、ホールピペット、ビュレット、駒込ピペット、三角フラスコ、コニカルビーカー
  【薬品】
   硝酸銀AgNO3、クロム酸カリウムK2CrO4、炭酸ナトリウムNa2CO3、酢酸CH3COOH  
     ★注意点★
      硝酸銀とクロム酸カリウムは、医薬用外劇物である。取扱いには十分注意する。
      実験後の廃液には銀やクロムが含まれているので、流しには捨てずに正しく処理する。


 5 試薬の作り方
   0.2mol/L硝酸銀標準溶液 → 褐色容器に保存
    硝酸銀34gを
正確に量り、蒸留水に溶かして全体を正確に1Lとする。
   
0.01mol/L硝酸銀標準溶液 → 褐色容器に保存
    硝酸銀
1.7g正確に量り、蒸留水に溶かして全体を正確に1Lとする。
   
10%クロム酸カリウム水溶液(指示薬、黄色)  ※W/V %
    クロム酸カリウム10gを蒸留水に溶かし、全体を100mLとする。
   ●pH調整試薬
    炭酸ナトリウム、酢酸


 6 採水方法(野外)

名古屋市内を流れる堀川(志賀橋)

堀川では、志賀橋のすぐ北側にある猿投橋の下に段差があり、そこから上流では一段高くなっているので、そこまでは潮の干満の影響を受ける。
バケツにロープをしっかり付けて採水する(表面採水)。
水温を測るためには、バケツをしばらく水になじませて、
 『水の温度=バケツの温度』にする。
水温測定
採水

容器を数回共洗いしてからシリコンチューブを使って採水するか(サイフォンの原理)、写真のように直接流し込む。
 バケツの水の中に手を入れてはいけない(手の塩気が混ざる)。
容器の外側に付いた海水は、水道水で洗い流す。
 (結晶となって、後に容器内の試料水に混入すると塩分が変化するから)
pH測定

測定前にpH標準液を用いて3点校正(キャリブレーション)を行う。〔pH4.0 pH7.0 pH9.0〕

 7 分析(実験室)

 海水のような塩分が高い試料水を分析するときは、0.2mol/L硝酸銀標準溶液を使う。淡水のような塩分が低い試料水を分析するときは、0.01mol/L硝酸銀標準溶液を使う。厳密には、塩化ナトリウムを用いて硝酸銀標準溶液の標定を行う必要があるが、ここでは正確な濃度であるとみなして、この操作を省略する。

試料水を硝酸銀標準溶液で滴定

ビュレットに硝酸銀標準溶液を入れて、目盛りを読む。
試料水のpHを測定し、必要であれば調整する。
ホールピペットを使ってコニカルビーカーに試料水を正確に10mLとり、クロム酸カリウム水溶液を5滴加える。 → 黄色
 
滴定前(黄色) ※写真の試料水は、ほぼ淡水に近い。

振り混ぜながら硝酸銀標準溶液を滴下する。
海水のような塩分が高い試料の場合は、滴定開始後すぐにこの黄色が白く濁る(塩化銀)
硝酸銀標準溶液を滴下した部分は、一瞬赤褐色になるが、振り混ぜるとすぐに消える。この赤褐色が消えなくなったところを終点とする。
終点(赤褐色)

赤褐色(クロム酸銀)が消えなくなった。

 8 塩分の計算式の作り方
  塩素量Cl〔‰〕から塩分S〔‰〕を求める計算式は、S=Cl×1.80655が使われている。
  海水
1L(≒1000gとする)中の塩素量をCl〔g〕とする。
  海水を10mLとって0.2mol/L硝酸銀標準溶液で滴定したとき、滴定量がa〔mL〕であれば、反応式@より
  
     
【Cl            【Ag
     Cl/35.45 × 10/1000 : 0.2 × a/1000 = 1 : 1

     
これより Cl  (35.45 × 0.2a) ÷ 10 〔g/L〕
     よって、塩分の計算式は

S={(35.45×0.2a)÷10}×1.80655


 9 分析結果の例
    (名古屋市内を流れる堀川)

日時 場所 表面水温〔℃〕 pH 塩分〔‰〕
2008,8,5,14:40(干潮) 熱田区大瀬子橋 31.0 6.9 11.5
2008,8,18,18:40(満潮) 熱田区大瀬子橋 29.4 7.8 20.1
2008,12,7,12:30(満潮) 中川区松重閘門 15.0(日向) 6.7 11.4
2008,12,7,13:15(満潮) 北区志賀橋 1.2(日陰) 6.6 0.044

                                            pHの調整は行っていない


 参考文献
  海洋環境調査法(1979),日本海洋学会 編集,恒星社厚生閣,p74-78.
  
海洋観測指針(1963),(財)気象協会,p136-147
  海洋観測指針(1999),気象庁,p38-43
  ●湖沼調査法 増補改訂(1957),西條八束 著,古今書院,p110-111.
  増補 新版分析化学実験(1982),日本分析化学会北海道支部 編,化学同人,p153-154.
  ●定量分析化学実験(1980),赤岩英夫 編,丸善,p33-36.
  定量分析の化学(1987),田中元治・中川元吉 著,朝倉書店,p100-101.
  
水の分析 第4版(1994),日本分析化学会北海道支部 編,化学同人,p151-153.
  容量分析 訂正版 基礎分析化学講座8(1976),上野景平・今村寿明 著,共立出版,p110-115.

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