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はじめに
水に溶けている酸素分子O2の濃度を溶存酸素(Dissolved Oxygen , DO)といい,水1L中に含まれている酸素の体積で表す〔mL/L〕。 水中で生活している生き物は,水に溶けている酸素を使って呼吸しているので,生きていくためには水中の酸素が不可欠である。その酸素は大気中から溶け込んだり,海の表層では植物プランクトンの光合成によって作られている。海では生き物(有機物)が死ぬと海底に向かって沈んでいくが,その途中でバクテリアによって分解され,そのとき酸素を消費するので,一般に深いところほど酸素の量は減少する。近年,湾では長雨や夏場の水温上昇等により海水の鉛直混合が停滞し,それによって発生した貧酸素水による漁業被害が報告されている。また,人工河川 (運河)のような潮汐(潮の満ち引き)による海水の影響が及ぶ場所では,魚が大量死することがある。身近な水域の溶存酸素を測定し,生き物が生活しやすい環境について考えてみよう。
1 測定原理
溶けている酸素が水酸化マンガンMn(OH)3のかたちで固定される【反応式A】。そこへヨウ化カリウムと硫酸を加えてヨウ素を遊離させ【反応式B】,濃度の分かっているチオ硫酸ナトリウム水溶液で滴定する【反応式C】。
【反応式】
@Mn2+ + 2OH− → Mn(OH)2↓ (コロイド状白色沈殿)
A2Mn(OH)2 + 1/2O2 + H2O → 2Mn(OH)3↓ (褐色沈殿)
B2Mn(OH)3 + 2I− + 6H+ → 2Mn2+ + I2 + 6H2O
CI2 + 2S2O32− → 2I− + S4O62−
※酸化剤I2と還元剤S2O32−による酸化還元滴定(ヨウ素滴定)
2 準備
【採水道具】
酸素ビン,バケツ,シリコンチューブ,駒込ピペット,温度計,pHメーター
【分析器具】
メスフラスコ,ホールピペット,ビュレット,駒込ピペット,三角フラスコ,コニカルビーカー
【薬品】
塩化マンガン(U)4水和物(特級)MnCl2・4H2O,水酸化ナトリウムNaOH,ヨウ化カリウムKI,硫酸H2SO4,
塩酸HCl,可溶性デンプン,酢酸CH3COOH,チオ硫酸ナトリウム(ハイポ)Na2S2O3・5H2O,
ヨウ素酸カリウムKIO3
★注意点★
●水酸化ナトリウムと硫酸は,医薬用外劇物である。取扱いには十分注意する。
●実験後の廃液には有害物質は含まれていないので,流しに捨ててよい。
3 試薬の作り方
【水試料採取時に野外で使用する試薬】 | ||
●固定液T(2mol/L塩化マンガン水溶液) → 褐色容器に保存 | ||
塩化マンガン200gを蒸留水に溶かし,全体を500mLとする。濃塩酸を2mL加える。 | ||
※硫酸マンガンで代用可 | ||
●固定液U(0.6mol/Lヨウ化カリウム+8mol/L水酸化ナトリウム混液) → 褐色容器に保存 | ||
水酸化ナトリウム160gを400mL程度の蒸留水に溶かし,これにヨウ化カリウム50gを溶かして全体を500mLとする。 | ||
※ヨウ化ナトリウムで代用可 | ||
★注意点★ | ||
水酸化ナトリウムを溶かすときにかなり発熱するので,ビーカーを冷却しながら行うとよい。また,この混液を保存する容器がガラス製の場合は,ガラス栓の代わりにゴム栓を使用する。 | ||
【実験室で使用する試薬】 | ||
●5mol/L硫酸 | ||
濃硫酸(約18mol/L)140mLを蒸留水で希釈して,全体を500mLとする(3.6倍希釈)。 | ||
★注意点★ | ||
濃硫酸を希釈するときは,必ず多量の水に濃硫酸を静かに加える。この逆(濃硫酸に水を加えること)は,突沸などを伴い危険である。また,かなり発熱するので,ビーカーを冷却しながら行うとよい。 | ||
●1%デンプン溶液(指示薬) ※W/V % | ||
1gの可溶性デンプンを80mLの沸騰した蒸留水に加え,完全に透明になるまで煮沸する。放冷後,さらに蒸留水を加えて全体を100mLとする。防腐剤として酢酸5mLを加える。 | ||
●0.001667mol/Lヨウ素酸カリウム標準溶液 → 褐色容器に保存 | ||
滴定で使用するチオ硫酸ナトリウム水溶液の濃度を正確に決める(標定する)ための試薬である。ヨウ素酸カリウム0.3567gを蒸留水に溶かし,全体を正確に1Lとする。 | ||
●0.02mol/Lチオ硫酸ナトリウム水溶液 | ||
沸騰させて(炭酸ガスを追い出す)から冷却した蒸留水にチオ硫酸ナトリウム約5gを溶かし,全体を1Lとする。この水溶液は,調整直後に濃度変化を起こす可能性があるので,24時間以上放置してからヨウ素酸カリウム標準溶液で標定する。 |
4 チオ硫酸ナトリウム水溶液の標定
(分析の前後に行う)
コニカルビーカーに蒸留水を30mL取り,ヨウ素酸カリウム標準溶液10mLを正確に量って入れる。5mol/Lの硫酸を1mL加え,さらに固定液Uを1mL加えてよく振り混ぜ,ヨウ素を遊離させる(→黄色)。その後,固定液Tを1mL加えて滴定を行う。
【反応式】 DIO3− + 5I− + 6H+ → 3H2O + 3I2
遊離ヨウ素をチオ硫酸ナトリウム水溶液で滴定
●ビュレットにチオ硫酸ナトリウム水溶液を入れて目盛りを読む。
●振り混ぜながらチオ硫酸ナトリウム水溶液を滴下する。
●うすい黄色になったらデンプン溶液を1mL加える。→青紫色
●さらに滴定を続ける。
終点
●青紫色が消えたところを終点とする。
●ビュレットの目盛りを読んで滴定量を求める。
5 採水方法(野外)
採取する水に空気中の酸素が溶け込まないように注意する。
名古屋市内を流れる堀川(松重閘門)
●水面に近づけない場所では,バケツにロープをしっかり付けて採水する(表面採水)。
●水温を測るためには,バケツをしばらく水になじませて,
『水の温度=バケツの温度』にする。
水温測定
採水
●シリコンチューブを使ってバケツの水を口で吸い上げ,チューブの内部を水で満たしたところで口を離すと,先から水が出てくる。
(サイフォンの原理)
●ホースの先を酸素ビンの底まで入れ,容量の3倍程度の水をあふれさせたあとの水を採る。(1,2杯目の水には,ビンの中の酸素が溶け込んでいる可能性がある)酸素固定
●ピペットの先を静かに水の中に入れ,固定液TとUをそれぞれ1mLずつ加える。
●固定液Tを入れた直後は色の変化はないが,固定液Uを入れた直後は乳白色に変化する。
●気泡が入らないように,静かに栓をする。
振り混ぜる
●栓をしっかり押さえて,30回程度強く振り混ぜる。溶存酸素が多いときは沈殿の色は褐色になり,少ないときはMn(OH)2が残るので白色に近い色になる。
pH測定
●測定前にpH標準液を用いて3点校正(キャリブレーション)を行う。〔pH4.0 pH7.0 pH9.0〕
6 分析(実験室)
野外で酸素固定した試料水
●Mn(OH)3褐色沈殿として酸素が固定されている。
●酸素ビンには,栓をした状態でのビンの容積が記されている。
(写真は106.1mL)
●沈殿を溶かすために硫酸を1mL加える。
遊離ヨウ素をチオ硫酸ナトリウム水溶液で滴定
●試料水を蒸留水で洗い出し,すべて三角フラスコへ移す。このとき褐色沈殿は溶け,ヨウ素が遊離して黄色になる。
●ビュレットにチオ硫酸ナトリウム水溶液を入れて目盛りを読む。
●振り混ぜながらチオ硫酸ナトリウム水溶液を滴下する。
●うすい黄色になったらデンプン溶液を1mL加える。
●青紫色になる
●さらに滴定を続ける。
終点
●青紫色が消えたところを終点とする。
●ビュレットの目盛りを読んで滴定量を求める。
7 溶存酸素量の計算式の作り方
初めに,チオ硫酸ナトリウム水溶液の正確な濃度C〔mol/L〕を求める。
反応式DCより,
【I2】 【S2O32−】
0.001667 × (10/1000) × 3 : C × (Vstd/1000) = 1 : 2
これより C = (0.01×10)/Vstd
次に,試料水の体積 = Vbot−2〔mL〕 ※固定液TとUで置き換わった試料水の体積(2mL)
実在酸素気体1molの体積(標準状態) = 22392mL
反応式ABCより,
【I2】 【S2O32−】
[{O2×〔(Vbot−2)/1000〕}/22392] × 2 : (0.01×10)/Vstd × V/1000 = 1 : 2
これより計算式は
※厳密には,計算するときに「試薬に溶けている酸素」を除く必要があるが,ここでは省略する。
O2 ={V×10×0.01×5598}÷{Vstd×(Vbot−2)}
O2= 試水中の溶存酸素量〔mL/L〕
V= 試水に対するチオ硫酸ナトリウム水溶液の滴定量〔mL〕
10=標定時に量り取ったヨウ素酸カリウム標準溶液の体積〔mL〕
Vstd= 標定時のチオ硫酸ナトリウム水溶液の滴定量〔mL〕 注:std=standardize(標定)
Vbot= 酸素ビンの容積〔mL〕 注:bot=bottle
8 分析結果の例
(名古屋市内を流れる堀川)
日時 場所 表面水温〔℃〕 pH 溶存酸素量〔mL/L〕 2008,8,5,14:40(干潮) 熱田区大瀬子橋 31.0 6.9 6.08 2008,8,18,18:40(満潮) 熱田区大瀬子橋 29.4 7.8 8.85 2008,12,7,12:30(満潮) 中川区松重閘門 15.0(日向) 6.7 3.40 2008,12,7,13:15(満潮) 北区志賀橋 1.2(日陰) 6.6 7.15
9 生物に影響を与える溶存酸素濃度レベル
国土環境株式会社HPより(日本水産資源保護協会「漁場環境容量策定事業報告書第1分冊,平成元年3月」)
魚類 甲殻類 貝類 生理的変化を生じる濃度レベル 3.0mL/L以下 3.0mL/L以下 2.5mL/L以下 致死濃度レベル 1.5mL/L以下 2.5mL/L以下 −
この表より,少なくとも3.0mL/Lの溶存酸素濃度を維持しなければならないことが分かる。
参考文献
●海洋観測指針(1963),(財)気象協会,p148-156.
●海洋観測指針(1999),気象庁,p48-63.
●湖沼調査法 増補改訂(1957),西條八束 著,古今書院,p98-107.
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