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液晶ディスプレイを用いた旋光の観察


1 はじめに

 ノートパソコンなどの液晶ディスプレイを通した光は,光波の振動面が一方向に揃った偏光になっていることが多い。そこで,この性質を利用して,グルコースやフルクトースといった糖など光学活性を示す物質の溶液が偏光面を回転させる現象,すなわち旋光性を観察する手軽な観察法を開発してみた。


2 原理

(1) 偏光と旋光
 
一般に白熱電球などの光源から出ている光は,さまざまな方向に振動しながら進む波動であるが,ここで特定の振動方向のみを通すような物質中を通過すると,振動する方向が一方向にそろった波動になる。これを「偏光(polarization)」といい,振動方向を「偏光面」という。
 次に,グルコース(ブドウ糖)やフルクトース(果糖)など光学活性物質の水溶液に偏光を通すと,偏光面が右または左に回転する現象がみられる。これを「旋光
(optical rotation)」という。右(時計回り)に偏光面を回転する性質を「右旋性(dextro-rotatory)」といい,物質の名称の先頭に,「(+)」または,「d 」を用いて表す。一方,左(反時計回り)に偏光面を回転する性質を「左旋性(levo-rotatory)」といい,物質の名称の先頭に,「(-)」または,「l 」を用いて表す。

(2) 旋光度と旋光度計のしくみ
 
光源から出た光を1枚目の偏光板Aに通すと,偏光になる。次に,偏光面に対してもう一枚の偏光板Bを平行に置くと,光はすり抜けることができるので,視野は明るくなる。(図1)一方,垂直におくと,光は偏光板を通過することができないので,視野は暗くなる。(図2)

図1 偏光板Bは,偏光面に平行のときの視野 図2 偏光板Bは,偏光面に垂直のときの視野

 次に,偏光板Aと偏光板Bの間に光学活性な物質を挿入すると,旋光によって偏光面が回転するため,何も置かない場合に比べ,偏光板Bの視野は暗くなって見える。そこで,偏光板Bを右または左に回転すると,何も置かなかった場合の視野と同じ明るさになるところができる。このとき,回転した角度を「旋光度」といい,この角度を測定する装置が旋光度計である。(図3)

図3 旋光度計の模式図 

 旋光度は,同じ光学活性な物質であっても,濃度,行路長(物質を入れる容器の長さ),温度,光の波長などで異なってくる。そこで,これら条件をそろえて測定した標準的な旋光度が決められており,これを「比旋光度(specific rotation)」という。多くの場合,濃度は溶液1mLあたりの質量グラム濃度(単位 g/mL),行路長は1 dm(デシメートル) = 10 cm,温度は20 ℃,波長はD線(ナトリウムの炎色反応の色で,589 nmの単色光)を用いて,比旋光度は表されている。主な糖類の比旋光度(水溶液中で,平衡状態における値)は,グルコースで,+53°,フルクトースで-92°,ガラクトースで+80°,マルトース(麦芽糖)で+130°,スクロース(ショ糖)で+67°と知られている。

(3) ノートパソコン等の液晶ディスプレイについて
 ノートパソコン等の液晶ディスプレイから出る光の多くは,画面に対して斜め45°の偏光になっていることが多い。よって,液晶ディスプレイで表示されている画面に向かって,1枚の偏光板を回転すると,視野が明るくなったり暗くなったりする(図4と図5)。
図4 ディスプレイの偏光面(青)に対し偏光板が平行(赤) 図5 ディスプレイの偏光面(青)に対し偏光板が垂直(赤)


(4) このコンテンツでの原理の応用
 ノートパソコン等の液晶ディスプレイから出る光は,図3で示す偏光板Aを通した光の働きをしている。そこで,光学活性な物質の溶液を入れる容器(試料管)と,1枚の偏光板があれば,手軽に旋光度の観察を行うことができると考えられる(図6)。

図6 このコンテンツで紹介する観察の模式図 


3 準備

実験上の注意
※ 光学活性の物質の溶液を入れる試料管を自作するとき,液体が漏れだすことのないように,しっかり接続部をコーキングすること。
 


(1) 試料管の製作
 まず,光学活性の物質の溶液を入れるための試料管を製作する。

 
[準備するもの]
 ・塩化ビニル製のT字型パイプ(φ30 mmくらいで,パイプ長は10 cmであると,容積が約50 mLとなる)

 ・円形型の透明アクリル板(φ35〜40 mm)×2枚(試料管の両壁となる板。必ず,材質はアクリル*1のものを用いる)

 ・防水接着剤(今回は,セメダイン社製のバスコークN透明という商品を用いた)

 ・ゴム栓(No.8または9) ・分度器 ・油性ペン(極細) ・紙やすり(場合によって) 

*1 透明であれば,材質はなんでもよいというわけではない。例えば,材質がPETのものは,それ自体が光学活性な物質と同じ働きをし,偏光面を回転してしまう。一方,アクリルではこのような現象は見られなかった。

 [製作手順]
 @ 1枚のアクリル板に分度器を用いて15°間隔に目盛りを油性ペンで刻む。

 A T字パイプの両端が平坦でない場合,紙やすりを使って平らになるように削る。

 B T字パイプの両端に@で用意したアクリル板と何も書かれていないアクリル板を防水接着剤を用いて取り付ける。このとき,目盛りを刻んだ方が外側になるように接着すること。

 C 十分に乾燥させ,水を入れて漏れてこなければ完成(図7)。

図7 完成した試料管 

(2) 試料溶液の調整
 
 旋光性が観察できる光学活性な物質として入手しやすいものとして,グルコースやフルクトースなどの単糖類を用いるのが適当である。単糖類の溶解度は大きく,旋光度が大きく観察されるからである。比旋光度の値は,溶液1 mL中に1 g溶かしたときの値であることから,かなり濃度の大きな溶液であることを頭に入れておきたい。なお,グルコースは右旋性,フルクトースは左旋性であるため,これら二つの物質を用意すれば両方の性質を観察できる。

 [準備するもの]
 ・グルコース(ブドウ糖) ・フルクトース(果糖) ・薬さじ ・水 ・ビーカー

 ・天秤 (・メスフラスコ ← 定量的に行いたい場合)

 [手順]
 @ グルコース及びスクロースを約10〜20 g量りとり,50 mLの水に溶かす(濃度は0.20〜0.40 g/mLとなる)。

 A 溶解後30分ほどしたら*2,溶液を製作した試料管に入れ,ゴム栓をする。
図8 試料の溶解のようす 


*2 グルコースでは,結晶中ではα体であるが,溶液内ではα体,鎖状,β体の平衡状態をとる(図9)。 それぞれの構造異性体の旋光度が異なるので,溶解直後の旋光度は次第に変化していく(変旋光という現象)。したがって,ある程度時間が経過すれば,平衡状態になり,一定の旋光度になると考えられる。
図9 溶液中におけるグルコースの平衡状態 


4 実験と結果

 図4のように,視野が最も明るくなるように偏光板を調整した後,液晶ディスプレイと偏光板との間に光学活性な物質を溶かした溶液の試料管を設置すると,試料管を通ってきた光は,そうでない光に比べて視野が暗くなる。そこで,偏光板を右または左に回転すると,もとの明るさと同じになる視野が現れる。これを観察すれば,旋光度を観察できる。以上のことが観察の原理であるが,実際は視野が暗くなるといってもわずかであり(図10),ここから最も明るくなる視野を見つけるのは難しい。

図10 グルコース溶液を通した視野@:試料溶液を通った光は,わずかに暗くなって観察されるが,判別しにくい。

 そこで,発想を逆転させる。つまり,最も明るい視野を観察するのではなく,最も暗くなる視野を観察するのである(図11)。
暗くなる方は,初めてでも容易に観察できるので,偏光面がどちらに回転しているのかを判別することはもちろん,何度回転しているのかということも観察可能である。暗くなる方法を用いても,右旋性,左旋性の判別に変わりはない。


 
図11 グルコース溶液を通した視野A:周りは暗い視野であるが,試料溶液を通った光は明るくなる。

(1) 観察方法 (図6参照)

 
@ 液晶ディスプレイの全面を白色(RGB表記は,FFFFFF)に表示させる(プレゼンテーションソフトを起動し,空のスライドを表示させれば簡単である)。

 A 偏光板を液晶ディスプレイの手前に配置し,左または右に回転させて視野が最も暗く見えるようにする。

 B 試料管をディスプレイと偏光板との間に配置する。

 C もし調整した試料溶液が光学活性な物質の場合,試料管越しの視野は,周りに比べ幾分明るく観察される。そこで,偏光板を右または左に回転すると,周りの視野は幾分明るり,試料管越しの視野は暗くなる。右に回転したときに暗くなる場合は右旋性,左に回転したとき暗くなる場合は,左旋性の物質と言うことになる*3
 

 *3 厳密に言えば,1回の測定で右に回転したら右旋性とは言い切れない。その理由は,偏光面が例えば右に15°回転していた場合,右へ15°回転していていても,左に345°回転していてもどちらも結果は同じになってしまうからである(もっと言えば,右に195°でも左に165°でも同じ結果が得られてしまう。偏光板を180°回転すると,もとの状態と同じになるからである)。どちらの旋光性なのか確かめるには,溶液の濃度を変えて測定する。この溶液を3倍に薄めたとき,右旋性なら右に5°回転となるが,左旋性なら左に115°となって,区別することができる。ただし,グルコースやフルクトースのような比旋光度がはっきりしているような物質では,適切な溶液の濃度に調整することによって,1回の測定でどちらの旋光性であるか決めても支障はないと考える。

(2) 実験結果

 
旋光性がない水,右旋性のグルコース溶液,左旋性のフルクトース溶液の観察される結果を図12〜図14(動画)に示す。

 この動画では,グルコース,フルクトースの溶液ともにほぼ同じ濃度で調整している。フルクトースの比旋光度は,グルコースの比旋光度よりも大きいため(グルコース+53°,フルクトース-92°),フルクトースの溶液の方が,回転角が大きいことも観察できる(図13と図14を比較)。

図12 水の場合:周囲と試料管越しの視野とに違いは見られない。

図13 グルコース溶液の場合:旋光板を右に回転すると,試料管越しの視野が暗く見える。右旋性である。

図14 フルクトース溶液の場合:偏光板を左に回転すると,試料管越しの視野が暗く見える。左旋性である。

5 実験の片付け

 ・グルコースやフルクトースなどの糖類の溶液を用いた場合,流水とともに流しに捨ててもよい。重金属イオンを含むような溶液の場合は,回収して適切な処理をすること。

 ・糖の溶液は,長時間放置しておくとカビが生えることがあるので,実験後は速やかに処理すること。また,試料管をよく洗っておくこと。


6 補足

 @ 光学活性物質溶液を入れた試料管越しの視野は,偏光板の回転によって青みがかったり,褐色がかったりして観察される。この原因は,同じ物質であっても波長によって旋光度が異なることから生じていると考えられる。これが気になる場合,液晶ディスプレイの表示を白色ではなく,単色(視認性の良い,緑(RGB表記は,00FF00)の表示を推奨)にすることで解消できる。

 A スクロース(ショ糖)は右旋性(+67°)であるが,その加水分解したグルコース/フルクトース混合物は,フルクトースの左旋性がグルコースの右旋性よりも大きいため,見かけ上左旋性(約-20°)になる。スクロース溶液に塩酸などを加えておくと,右旋性から左旋性への変化を観察することができる。ちなみに,スクロースを加水分解した糖を転化糖と言い,転化(invert)とは,旋光の逆転を意味している。


7 参考資料

・「化学T+U」の新研究 卜部吉庸著 三省堂



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