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薄層クロマトグラフィーによる光合成色素の分離





 はじめに

 植物から光合成色素を分離・観察する実験は従来ペーパークロマトグラフィーによることが多かった。この方法は簡単で少ない経費で済むという利点がある一方、色素の分離や色調が不明確であったり、展開時間がかかるなどの欠点がある。
 薄層クロマトグラフィー(TLC=Thin Layer Chromatography)による光合成色素の分離実験は、同様に簡便に行える上、各色素が強い色調で明確に分離でき、展開時間も短縮される。
 幅広のTLCシートに数種の試料を塗布し、同時に展開させることにより、緑葉と紅葉した葉との比較や、陸上植物と藻類の比較などの考察が行いやすくなる。





 材料・薬品・器具

材料:生葉、乾燥葉など何でも良い


例)緑葉、紅葉した葉
  乾燥した葉(紅茶、ウーロン茶、インスタント茶、抹茶など)
  スサビノリ(食用乾燥海苔)など紅藻類
  乾燥ワカメなど褐藻類
  アナアオサ(お好み焼き用の青のり)など緑藻類

薬品:ジエチルエーテル

(抽出溶媒)

石油エーテル、アセトン(石油エーテル:アセトン=6:4で混合し、展開溶媒として使用)
シリカゲル(小粒のものか粉末状のもの)
(なければ食品用乾燥剤のシリカゲルビーズを乳鉢で粉末状に砕き、焼いて乾燥させる)

器具:TLCプラスチックシート
(5cm×10cm 大きさは使用するガラス瓶に合わせて調節)
ふたつきの透明なガラス瓶
(インスタントコーヒーの空き瓶、ジャムの空き瓶など)
(ビーカーやワンカップ瓶など、ふたのないものでもラップを使って代用できる)
乳鉢、乳棒、薬さじ、ガラス細管、マイクロチューブ(2mL)、ピペット

    
(図)使用薬品・器具






 方法

(1)TLCシートを準備する。

 5cm×10cmの両端から1cmの位置にそれぞれ鉛筆で薄く線を引く。この時、シリカゲルを削り落とさないように注意する
。一端を色素液をつける原点とし、もう一端を展開溶媒の最終前線とする。色素液を塗布する点に印をつけておく。(中央よりが良い)
 ただし、展開に使用する瓶が小さい場合は瓶に合わせてカットする。例えば200mLのビーカーを使用する場合は、長さを8cmに切り取って使用する。



(2)展開溶媒の準備をする。

 1瓶につき10mLの展開溶媒(石油エーテル:アセトン=6mL:4mL)を壁に飛ばないように入れ、ふた(又はラップ)をしておく。



(3)試料を作成する。

 生葉の場合

 2cm四方程度の葉を乳鉢にちぎり入れ、ここに薬さじ(大)約1/2杯のシリカゲルを加え、乳棒ですりつぶす。(小粒のものだと多少飛びます)適宜シリカゲルを加え、さらさらとした粉末状になるまで破砕する

 
  
(左図)シリカゲルを入れた緑葉  (右図)粉末状になった緑葉



 シリカゲルでつぶすのは、水分を除去するためと、より細かく破砕するためである。
 ここで水分が残ると、展開した時にテーリング(尾がのびるように展開される)が生じる。



 乾燥した葉の場合

 乾燥わかめなら2個程度、インスタント茶なら薬さじ(大)1/3程度を乳鉢に手で揉み入れ、シリカゲルを少量加えて乳棒ですりつぶして粉末にする。
 

 粉末の場合

 そのまま試料として用いる。


 乾燥のりの場合

 乳鉢に2cm四方程度入れ、そこにふやけるぐらいの量の水を垂らす。その後は生葉と同様にシリカゲルを加えてすりつぶす。


(4) 色素を抽出する。

 粉末状の試料を薬さじでマイクロチューブの細くなるところまで(4分の1程度)入れ、エチルエーテルを1ml加える。ふたをしてよく振った後、静置しておく。この上澄をTLCの試料として用いる。
    
  
(左図)マイクロチューブ
に入れた試料
  (右図)抽出液を加えて静置



(5) 色素抽出液をTLCシートに塗布する。

 マイクロチューブの上澄を毛細管でとり、TLCシートの鉛筆で印をつけた点につける。
 色素のスポットはできるだけ小さく(5mm以内)、濃い方が望ましい
。そのため、毛細管をTLCに接触させる時間は瞬時とし、乾いたら同じ操作を数回繰り返す。乾かないうちに同じところにつけようとすると、スポットが大きく広がってしまうので注意する。スポットが薄い場合は、この操作を15〜20回以上繰り返して濃いスポットにする。

 

(左図)TLCへの塗布         (右図)スポットの例



(6) TLCシートを展開液の入った瓶に静かに入れ、色素を展開させる。

 ガラス瓶のふたをあけ、静かに真っ直ぐTLCシートを下ろし、液面が揺れないように静かにふたを閉める。
 ラップをかけたビーカーで行う場合は特に液面が揺れやすいので注意する。
    
  
(左図)展開の様子   (右図)200mLビーカーでの
  展開の様子



(7) TLCシートを取り出す。

 10〜15分程度で展開液が前線に到達する。ふたをあけ、TLCシートを取り出す。
 色素(特にカロテン)はすぐに色が薄くなるため、スケッチやRf値の計測をする場合は鉛筆で各色素スポットの輪郭を描く。植物名、色素名を書き入れてから、ラミネート加工をするか保護シールなどで包むと退色を多少は遅らせることができる。
 また、TLCシートを浅く水をはったタッパーなどに入れると色調が鮮やかになり、色落ちも防ぐ事ができる。

  
(左図)印をつけたTLCシート   (右図)右が水に浸して
  引き揚げたシート






 考察



 展開例T 緑葉と黄葉、紅葉の比較
 
(図)展開例 緑葉と黄葉・紅葉の比較

 左から青じそ、ハウチワカエデの緑葉、黄葉、紅葉の展開した結果である。

1…クロロフィルa
2…クロロフィルb
3…カロテン
4…ルテイン
5…ビオラキサンチン
6…ネオキサンチン
7・8…クロロフィルなどの分解産物  だと推定される。



 黄葉では緑葉にはあるクロロフィルのスポットがなく、黄色の色素(ルテイン)のみ存在していることが分かる。紅葉では薄いクロロフィルのスポットと黄色の色素のスポットが確認できる。また今回の実験では、水溶性の赤い色素、アントシアンは実験過程でシリカゲルに吸着され確認はできない。

 黄葉、紅葉の仕組みは以下の通りである。
 秋から冬にかけ、気温の低下とともに枝と葉の間に離層と呼ばれるコルク層ができ、葉への水や養分の流れが遮断される。それまで光合成を行うために絶えず生成・分解を繰り返していたクロロフィルの生成が押さえられ(結果として分解が進み)、緑の色素が減少してくる。この過程で、今まで目立たなかった黄色のカロテンやルテインなどの色素が目立って現れると黄葉になる。また、離層で仕切られているため、葉の水分が蒸発するにつれて細胞液中の糖濃度が上昇する。ここに強い太陽光が降り注ぐと蓄積した糖からアントシアンという赤い色素が形成され、紅葉となる。





 
展開例U 緑葉と、緑藻、褐藻、紅藻の比較
    
(図)展開例 緑葉、緑藻、褐藻、紅藻の比較

 左からシュンギク、アナアオサ(緑藻)、ワカメ(褐藻)、スサビノリ(紅藻)の展開した結果である。


1…クロロフィルa
2…クロロフィルb
3…クロロフィルc
4…カロテン
5…ルテイン
6…フコキサンチン
7…ビオラキサンチン
8…ネオキサンチン
1’…フェオフィチンa(クロロフィルaの分解産物)
2’…フェオフィチンb(クロロフィルbの分解産物) だと推定できる。


 展開結果から、植物によって葉に含まれる色素の種類や量が違うことが分かる。これらの植物全てに共通するのはクロロフィルaとカロテンであり、緑葉と緑藻にはクロロフィルbが、褐藻にはクロロフィルcとフコキサンチンが存在している。

 光合成色素は、光合成に利用できる光の種類(波長)を決めており、植物の環境適応にとって最も重要な形質の一つである。光合成生物の進化の過程において、クロロフィルaとカロテンは初期の段階から存在していたであろうこと、また陸上植物はクロロフィルbを持つ緑藻の仲間から進化してきたことが考えられる。

 藻類は表層から順に緑藻、褐藻、紅藻と移っていく傾向がある。陸上植物や表層に近い緑藻は、効率的に集光できるクロロフィルbを獲得した生物であり、両者の展開結果はよく似ている。クロロフィルが吸収するのは主に青と赤の光であるが、水中では赤色光が急激に減衰する。そのような環境では光合成の効率が低下するため、藻類は深さに応じて各種の色素をつくり、水中での光合成の効率化を図ったのだろう。褐藻の持つフコキサンチンは幅広い青色の光を吸収し、紅藻の持つフィコビリンは、クロロフィルやフコキサンチンではあまり吸収できない緑色・黄色の光を吸収する。

 すべての植物でフェオフィチンが見られる。フェオフィチンはクロロフィルの中心金属であるマグネシウム原子がはずれ、水素原子2個に置き換わったもので、クロロフィルaにはフェオフィチンa、クロロフィルbにはフェオフィチンbが対応する。乾燥試料や熱を通した試料ほどマグネシウムがはずれやすいため、フェオフィチンのスポットが濃くなる。写真の緑藻はお好み焼き用のアオノリを、褐藻類は乾燥ワカメを用いているため、フェオフィチンやその他の分解産物のスポットが濃く出ている。写真の紅藻は乾燥のりを用いているが、焼きのりの方がフェオフィチンのスポットが濃くでる。またインスタント茶などでも、新茶と古い茶では古い茶の方がフェオフィチンのスポットが濃く出る。


参考
      
  
(左図)光合成色素について「図解フォーカス新版総合生物」43ページより (右図)光合成色素の吸収スペクトル「フォトサイエンス生物図録 数研出版」55ページより

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