森田 万右衛門(もりたまんえもん)−農業に注いだ熱い情熱−
<時代>
明治時代
<地域>
知多
森田万右衛門
武豊歴史民俗資料館 内部
<関係地>
武豊町歴史民俗資料館(知多郡武豊町山ノ神)名鉄河和線武豊駅徒歩20分
<業績>
万右衛門は,知多郡富貴村の農家の家に生まれた。幼少の時には亀太郎といい,村の円観寺の寺子屋で二宮金次郎の話に感銘をうけ,世の中に役立つ人になることを誓ったという。
37歳で村会議員になった時,彼は海を田に変える計画を打ち明ける。最初は誰も相手にしなかったが,彼は綿密に計画を立てて熱心に人々を説得して回り,ついに議会を動かして,森万新田とよばれる新田の開発に成功する。
また,万右衛門は新しい農業の方法を積極的に取り入れた。「短冊型なわしろ」といって,それまでの「べたまき」に比べるとずっとすぐれた方法だった。彼は,反対する人に対して真心をこめて説得して回り,やがてその方法のよさが分かった農民から大きな尊敬を受けるようになった。83歳でなくなるまで万右衛門はいつも人々のことを考えていたという。
<年譜>
1852年(嘉永 5)武豊町富貴の農家に生まれる
1882年(明治15)学務員となり,小学校校舎の改築に尽力する
1888年(明治21)干拓事業に尽力し,森万新田を開く。また農業の奨励にも尽くす
1921年(大正10)70歳を記念し,図書館ができる
1934年(昭和 9)83歳で没
<学習のポイント>
江戸時代後期に各地で行われた新田開発と農業技術の進歩の実例と,それに尽力した先人の姿を併せて紹介したい。
<見学のポイント>
武豊町郷土資料館には,彼の業績をまとめたコーナーが設置されている。また,武豊町役場富貴支所には彼の胸像が建てられている。
<参考資料>
「愛知に輝く人々2」
<問い合わせ先・ホームページ>
武豊町教育委員会 (0569)72-1111
武豊町歴史民俗資料館 (0569)73-4100
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