月待供養碑(つきまちくようひ)  <時代>江戸時代  <地域>名古屋
月待供養碑

<所在地> 名古屋市熱田区金山町1丁目(名鉄名古屋本線又はJR東海道線金山駅下車3分)
<概要>
 ある定まった月齢(げつれい)の夜に,寝ないで遅い月の出を待つ行事を月待ちというが,十九夜待ち,二十三夜待ち,二十六夜待ちなどが知られている。月の神である月天子(がってんし)の本地仏(ほんじぶつ)である勢至菩薩(せいしぼさつ)やそれを含む阿弥陀三尊を本尊としてしてまつる場合が多い。
 西山浄土宗の寺院である大悲山観聴寺(だいひざんかんちょうじ)の月待供養碑は,1596(文禄5)年・1630(寛永7)年・1639(寛永16)年の銘のある3基の石塔である。このうち1596年のものは,9月二十三夜の月待ち供養のために10人の領主が共同して建てたものであり,収穫祭的な意味もあるのであろう。また,1639年のものは庚申(こうしん)待ちの供養も兼ねている。いずれにしろ,月待ち信仰を碑石に表したものとして,民間信仰を知る上での貴重な遺産となっている。 
<学習のポイント>
 中世から近世にかけて,二十三夜待ちをはじめとする月待ちや庚申待ちなど,夜を徹した民間での習俗行事が行われていた。それらは,遊興・飲食を伴って地域の人々の慰労の場ともなっているが,願いごとを立てて経を読むなどの当時の人々の民間での信仰形態を学習することができる。
<見学のポイント>
 観聴寺は,金山の繁華街近くにある寺院であるが,そこだけは室町から江戸時代に戻ったような静かな雰囲気の寺院である。この寺院には,月待ち供養碑のほかに,室町時代につくられた二体の鉄地蔵が安置されているが,これは当時の鋳鉄技術を知ることのできる貴重な資料となっている。
<参考資料>
 「名古屋市誌」 「日本史大事典」
<問い合わせ先>
 名古屋市教育委員会 052-961-1111

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