海部 荘平・正秀兄弟(かいふそうへい・まさひできょうだい)
−名古屋コーチンの発明と普及−
<時代>
明治時代
<地域>
名古屋
海部正秀
名古屋コーチン
<関係地>
山吹小学校内(生誕地)名古屋市東区橦木町2丁目24(地下鉄桜通線高岳駅下車徒歩10分)
<業績>
明治維新で禄を失った士族を支援するための各種の講習の中に養鶏部門があった。 尾張藩砲術指南を祖先にもつ尾張藩士,海部荘平・正秀兄弟は,愛玩用としてではなく,卵や肉を売るための養鶏を始めた。 養鶏の技術や品種改良の知識もない中で,尾張の地鶏と中国のバフコーチンをかけあわせて作り出し, 新たな「品種」として認められるようになった。(現在,品種名は「名古屋」である)
低コスト・安値のブロイラーが市場を席巻する中で,近年は,本物志向の流れの中でその価値が見直されている。
<年譜>
1847年(弘化4)
荘平が坂下筋(現,橦木町)で,海部左近右衛門(かいふさこんえもん)の嫡子として生まれる
1852年(嘉永5)
正秀,次男として生まれ,その後,兄とともに養鶏を志す
1870年(明治3)
荘平,世禄を奉還し,東春日井郡池之内(現小牧市)に移住
1888年(明治21)
正秀,同志6名で愛知種鶏場設立,改良「薄毛」を開発
1905年(明治38)
日本家禽協会,実用鶏種第1号に認定
1919年(大正8)
「名古屋種」と改名する
<学習のポイント>
明治以降の殖産興業の例を探してみよう。
メンデルの遺伝の法則の発表と同時代である。産業と科学の関係について考えてみよう。
<見学のポイント>
名古屋市農業センターでは,飼育されている鶏種を実際に見ることができる。
<参考資料>
「愛知の養鶏史」(愛知の養鶏史編纂委員会) 「愛知の史跡と文化財」
<問い合わせ先>
名古屋コーチン普及協会
http://nagoya-cochin.jp/
愛知県畜産総合センター種鶏場
http://www.pref.aichi.jp/chikusan/html/event/kotin/kotin.htm
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