入鹿切れ慰霊碑(興禅寺境内)  <時代> 明治時代  <地域> 尾張
入鹿切れ流石 「いり」(水門)の様子(入鹿用水土地改良区パンフレットより)

<所在地> 愛知県犬山市羽黒 興禅寺内(名鉄羽黒駅下車徒歩10分)
<概要>
梶原家の菩提寺である興禅寺境内には,1868年(慶応4)の「入鹿切れ」の時に流れてきた重さ15トンの石が祭られている。この年4月中ごろから降りはじめた雨は,5月になってもやまず,入鹿池は堤防決壊の危険にさらされた。
尾張藩は,必死の応急工事により決壊を防ごうとしたが,5月14日午前3時,堤防は決壊した。濁流はたちまちにして丹羽,春日井,中島,海東(現海部郡)の4郡133か村に及び,その被害は,死者941人,負傷者1471人,流失家屋807戸を数えた。なお,入鹿切れの慰霊碑は,犬山市内だけでなく,被害にあった各地域に建てられている。

<学習のポイント>
犬山に伝わる昔話「入鹿切れ−天にのぼった二匹の馬」を読み,多大な被害を出した入鹿切れについて関心をもちたい。その後,実際に流石の見学を行い,治水の方法と意味や河川の学習へとつなげていきたい。また,入鹿切れの流石や慰霊碑については他市町にも存在しているので,他のものについて探しながら理解を深めていくことも可能である。

<見学のポイント>
15トンもあるかという流石を直接見ることで,入鹿切れの被害の大きさを想像し,慰霊碑がおかれた願いについても考えたい。

<参考資料>
「入鹿池史」
「犬山市史」
「わたしたちのまち犬山(犬山市小学校社会科副読本)」
「入鹿用水土地改良区 パンフレット」

<問い合わせ先>
入鹿用水土地改良区 (0568)67-0031
犬山市役所 (0568)61-1800

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