堀尾吉晴邸跡(ほりおよしはるていあと) <はじまり>室町時代  <地域>尾張
堀尾吉晴邸跡の碑 堀尾金助ゆかりの模擬「裁断橋」

<所在地>大口町堀尾吉晴邸跡(名鉄犬山線布袋駅下車徒歩20分)
<概要>
  丹羽郡大口町にある八劔(はっけん)社境内には,堀尾家代々の邸宅跡がある。堀尾氏は,鎌倉時代末に尾張国に移り住み,守護斯波(しば)氏に仕えたと言われる。戦国時代, 吉晴のとき秀吉に仕え,小田原征伐後は,遠江浜松城12万石の大名に抜擢されている。関ヶ原の戦いでは,吉晴の子忠氏が家康の会津征伐に従っており,東軍として活躍した。関ヶ原合戦後に隠岐・出雲を与えられ松江城24万石を領した。後年に世継ぎが無く断絶し,藩士は尾張に帰郷したと言われる。
  堀尾吉晴の邸跡には,現在,神社の一角に吉晴邸跡の碑と「熱田裁断橋物語」で有名な堀尾一族「金助」の碑が建っているのみである。 しかし,近年町興しの一環で「堀尾跡公園」として五条川を挟んで整備が行われ,模擬「裁断橋」も作られている。 

<学習のポイント>
  信長・秀吉の活躍に伴い,出世していった尾張の武将たちの栄枯盛衰をしらべてみよう。 

<見学のポイント>
  堀尾氏邸跡の東側に道を挟んで,堀尾氏にゆかりのある桂林寺があり,堀尾金助とその母の供養塔がある。また,「堀尾跡公園」も是非訪れて,堀尾氏や「裁断橋物語」についての説明板を見てみたい。
<参考資料>
  「尾張の文化財とくらし」「大口町史」

<問い合わせ先>
  大口町役場 0587-95-1111

 愛知エースネットへ      トップへ