禅源寺(ぜんげんじ)と稲葉騒動  <時代>江戸・明治時代  <地域>尾張
禅源寺の鐘楼 阿弥陀如来坐像(県指定文化財)

<所在地> 稲沢市稲葉1丁目6−2(名鉄名古屋本線国府宮駅下車徒歩20分)
<概要>
 禅源寺は,美濃路沿いの臨済宗の寺院である。県指定文化財の鎌倉時代前期の作といわれている寄木造(よせぎづくり)の阿弥陀如来坐像などが安置され,江戸時代には,3代将軍徳川家光が宿泊し,葵の紋の使用を許可したことでも知られている。
 1869年(明治2)積雪の12月,この寺の鐘の音を合図に中島・海東両郡,現在の稲沢・一宮・津島の諸市を含む広い地域の人々が決起する農民騒動があった。これを,禅源寺のあった稲葉宿(いなばじゅく)の名をとって稲葉騒動と呼んでいる。農民たちは凶作のため,救い米を求めて代官所役人に強訴し,質屋や富商を打ちこわしていった。騒動は4日間に及び,3万を越える人々が参加したが,草薙隊(くさなぎたい)など農民隊を含む尾張藩兵らの銃撃を受けて鎮静化した。
<学習のポイント>
 明治維新の諸政策が進められる中,農民たちは,新しい政府が彼らの期待していたものとは違い,あいかわらず高い年貢を徴収したことに対する失望感を抱き,そこから百姓一揆が生じていったこと,尾張におけるその代表的なものが稲葉騒動であることを学習する。
<見学のポイント>
 稲葉騒動の合図となった鐘がつかれたという鐘楼は,山門を入ってすぐの所にある。その脇に,徳川家から使用を許された葵の紋の瓦が置かれている。禅源寺から南100mほどの所が稲葉宿である。併せて見学するとよい。
<参考資料>
 「愛知県の歴史」「稲沢の歴史発掘」
<問い合わせ先>
 
稲沢市教育委員会生涯学習課 0587-32-1111

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