赤津焼(あかづやき) <時代>平安時代 <地域>尾張
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ろくろで湯のみをつくる様子 |
赤津焼の作品 |
<関係地>瀬戸市赤津町 赤津焼会館
(名鉄瀬戸線尾張瀬戸駅下車,名鉄バス赤津行き乗り換え大松下車,徒歩2分)
<概要>
赤津焼は,古くは日本六古窯(こよう)の一つに数えられ,良質の陶土(とうど)と赤津地域のみに産出する釉薬(ゆうやく)の原料にめぐまれて,すぐれた陶工(とうこう)が生まれた。その後も脈々と伝統の工法を守り続け,美術工芸品,茶華道用具,一般食卓用品を作り続けてきた。1977年(昭和52)には伝統工芸品に指定された。そのため,「せともの」と呼ばれる,日常で使う安価な陶磁器とは区別される。赤津焼の特徴は釉薬にある。釉薬とは植物の灰や石を砕いて水に溶いたもので,これを素焼きした陶器にかけて焼くことで水漏れを防ぎ,陶器に独特の色やつやを出す。一般に,日常の生活に使われる陶磁器は,筆で絵や模様を描き,透明釉をかけたものであるが,赤津焼は,様々な色の釉薬を使う。平安時代の灰釉(かいゆう)に始まり,鎌倉期には,鉄釉(てつゆう),古瀬戸釉(こせとゆう)が生まれた。桃山期には,茶華道の発達に伴い,黄瀬戸(きぜと),志野(しの),織部(おりべ)の釉薬が出現し,その優雅な美しさは,茶陶を中心として各焼物に及んだ。江戸時代初期には,尾張徳川家による尾州御庭焼(びしゅうおにわやき)によって御深井釉(おふけゆう)が用いられ,見事なろくろ技術や,たたら技術,装飾技法によって他に類をみない多彩さを誇った。
<学習のポイント>
陶磁器=「せともの」と呼ばれるまでになっている瀬戸の陶磁器が,ここまでさかんになった理由を調べてみよう。また,全国各地で作られている陶磁器と作り方や作品を比較してみよう。
<見学のポイント>
赤津焼会館には,赤津焼が展示されている。毎年,4月と9月には「赤津焼祭り」と呼ばれる祭りが開かれ,窯元が直接販売するため,窯場や制作風景を見学することができる。
また,5月には「赤津窯の里めぐり」が開かれ,赤津焼全窯元が開放されるため,見学が自由に行える。
<問い合わせ先・ホームページ>
赤津焼会館 0561-21-6508 http://www.akazuyaki.jp/
瀬戸市まるっとミュージアム課 0561-85-2730 http://www.seto-marutto.info/pc/top.php
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