松平のガラ紡(まつだいらのがらぼう)  <時代>明治〜昭和時代  <地域>西三河
往時をしのぶ水車 堰堤(えんてい)

<所在地> 豊田市大内町河原畑(名鉄名古屋本線東岡崎駅下車 名鉄バス九久平下車徒歩10分)
<概要>
 臥雲辰致(がうんときむね)が発明したガラ紡機械(和紡糸)を,水車によって運転する方法には,水車紡績と船紡績がある。水車紡績は,水量の豊かな急流を利用して水車を運転し,「山のガラ紡」と言われる。豊田市内では矢作川・巴川の支流一帯,岡崎市内では青木川,乙川べりに発達した。船紡績は,矢作川本流の中に固定した老廃船に水車を取り付け,船中に据え付けたガラ紡機の動力にしたもので,「川のガラ紡」と言われ,西尾市の中畑を中心に発達した。
 豊田市松平地区に,水車ガラ紡が最初に導入されたのは,1880年(明治13)巴川支流の郡界川である。明治期のガラ紡は,好不況の波にもまれながらも着実に松平地区の主要産業として発展した。大正末期から昭和期に入ると,動力は水車から電力に転換され,交通の便の良い足助街道沿いに工場が集中した。生産も順調に増加し,1960年(昭和35)では,漸増の道をたどった。しかし,1963年(昭和38)からは洋式機械紡績に押され,急速な下降線をたどり,ガラ紡の時代は終わった。
<学習のポイント>
 豊田市は自動車産業の町としてのみとらえがちである。そこで松平地区を中心として,明治期からガラ紡が発展し,地場産業として栄え,やがて衰退していったという変遷の歴史を学習する。 
<見学のポイント>
 国道301号線沿いの巴川支流の滝川には,廃業し放置されたガラ紡の工場跡や水車,取水口の石組みなどが残されている。
<参考資料>
 「松平町誌」 「豊田市史」 「臥雲辰致とガラ紡機」(北野進著)

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