竹 本  元 イ暴(たけもともとすぐ)   ―宝飯中学校創立の貢献者―   <時代>明治時代  <地域>東三河

竹本 元イ暴 宝飯中学校跡地とされる大社神社東側

<関係地> 宝飯中学校跡地(豊川市国府町)     名鉄本線国府駅下車徒歩10分


<業績>
 宝飯郡長を務めた竹本元イ暴は,その優れた人格,卓抜な治世をもって,「郷党の慈父」と人々に慕われながら数々の業績を残した。特筆すべきものとして,有名な宝飯中学校創立に貢献したことが挙げられる。生活に精一杯の村人を説得して賛同者を募ったり,県との交渉に尽力したり,私財投入や募金運動,「宝飯銀行」をつくり財政的援助を行うなど創設に向けて東奔西走した。人づくりを重んじ「郷土を背負って立つ若者は,郷土で育てなくてはならない」とする彼の熱意のみなぎった仕事であった。この他,養蚕業の発展や未開地の開墾,河川の築堤等,郡開発に並々ならぬ貢献をして郡民に広く慕われた。
<年譜>
1839年(天保10) 宝飯郡為当村(現豊川市為当町)に生まれる
1873年(明治 6) 宝飯郡第12区権区長
1876年(明治 9) 県の史生
1878年(明治11) 宝飯郡長
1881年(明治14) 宝飯中学校設立の伺いを県に提出。認可され中学校開設
1900年(明治33) 郡長の職を辞す
1905年(明治38) 67歳の生涯を閉じる

<学習のポイント>
 明治政府の政策と地方自治との関係を探るとともに,教育の普及についても調べよう。
<参考資料>
「三河人物散歩」
<問い合わせ先>
 
桜ヶ丘ミュージアム  0533-85-3775

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