愛知県総合教育センター研究紀要 第95集

 数学的リテラシーと高等学校数学教育
−本県の高等学校数学学力調査とOECD学力調査との比較から−

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はじめに

 国際学力調査(PISA2003)では,数学的リテラシーにおける日本の国際順位が注目を浴びたが,社会生活との結び付きを重視する数学的リテラシーの意味を理解することなく中等数学教育を論ずることは避けなければならない。数学教育には,生徒の発達段階に見合う抽象性をはぐくむという重要な使命もあり,今後の学習指導の在り方は明確なデータに基づいて多面的に考えることが必要である。

1 研究の目的

 国際学力調査(PISA2003)と学習指導要領に準拠した学力調査とを比較し,中学校や高等学校のカリキュラムを考える資料とする。また,今後の数学教育の方向性を,各教室における授業実践の進め方という視点でとらえ,高等学校の生徒にふさわしい数学的リテラシーを提案し,これを高めるのに効果がある学習指導案をできるだけ多くの単元で作成する。

2 研究の方法,内容

(1)  調査の実施
 調査問題は,国際調査の公表問題から選択し,実際の調査の趣旨や構成を踏まえて再構成する。また,調査は,本県において継続的に実施されている新入生学力調査(4月)や標準学力検査(3月)を対照調査として,2回(高等学校1年生の7月と3月)実施する。その際には,情意調査や聞き取り調査も併せて実施する。
(2)  先行する研究等を取り入れた学習指導案の作成
 数学と社会生活との結び付きを重視した教材を学習指導案として具現化するために,先行研究から学ぶ。
 以下の2点に留意した学習指導案をできるだけ多くの単元で作成する。
@  指導内容が,生徒の興味・関心,数学と実社会のつながり,数学的活動(特に内的活動)の点で充実していること。
A  「指導と評価の一体化」の考え方を重視して,生徒の主体的な活動場面における具体的な評価活動の様子も分かるようにすること。

3 研究の成果と課題 

(1)  数学的リテラシーは,中学校段階における数学の学力と相関が高いが,高等学校段階における学力との相関は必ずしも高くない
 標準学力検査の得点が低くてもPISA得点はかなり高い生徒がいる一方で,高等学校入学後1年を経過しても,数学的リテラシーが依然として十分でない生徒が存在する。中学校数学に対して,「正確な計算結果と公式活用の重視」という態度で適応してきた一部の生徒は,数学的系統性・抽象性に傾斜した高等学校の数学教育に不適応を起こす要因を潜在的にもっていると考えられる。その一方で,中学校時代には成績に結び付かなかった「じっくり考えるタイプ」の生徒の中で,高等学校数学の考え方や学習法に対して適応した生徒も出現していると考えられる。
(2)  数学的リテラシーの高い集団の特徴として,「数学が好き」が挙げられる
 数学が好きでない生徒の自由記述には,「難しい」とともに「学ぶ意義が分からない」が多いことから,情意面を高めるためには,日常的な授業の中でも数学を学ぶ意義に迫る必要がある。
(3)  高校生の数学的リテラシーを重視した学習指導案の例
ア 平均(式と証明)
イ 地震のマグニチュード(指数・対数関数)
ウ 暗証番号(個数の処理)
エ ローン(数列)
オ 運動(ベクトル)
カ マルコフ連鎖(行列)
(4)   今後の課題
 今回作成した学習指導案は,数学的技能が比較的高い生徒向けのものであったため,今後は,より多くの単元で幅広い生徒に対応したものを開発する必要がある。