愛知県総合教育センター研究紀要 第97


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高等学校理科における読解力の育成に関する研究

 平成1612月にPISA2003調査の結果が公表され,我が国の子供たちの「読解力」が低下しているなどの課題が示された。そこで,高等学校理科における読解力の実態調査を教員,生徒を対象に行い,その結果を基に読解力向上を目指した指導法を開発し,検証した。実態調査から,論理的な思考や表現を苦手だと思う生徒が多数を占めること,それに対応する教員の指導も満足ではないことが分かった。調査結果を基に,生徒の実態に合った読解力の育成を目指す実践を行った。実践の結果,読解力向上に関して効果があったが,新たな課題も明らかになった。
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教科指導  非連続型テキスト  実態調査  理科授業


研究会委員
県立岡崎東高等学校教諭
県立一色高等学校教諭
県立小坂井高等学校教諭

県立新川高等学校教諭
県立知多翔洋高等学校教諭
県立阿久比高等学校教諭
県立南陽高等学校教諭
県立武豊高等学校教諭
県立刈谷高等学校教諭
総合教育センター研究指導主事
総合教育センター研究指導主事
総合教育センター研究指導主事
  
     
岩月 迅美
牧原 久幸
山畑 真樹
早川 新司
田村二三代
茅野 俊正
野口 裕生
松宮  誠
川手 文男
矢野 宏彦
宇野 弘重
櫛田 敏宏(主務者)


 はじめに

平成1612月に「生徒の学習到達度調査」(PISA2003)の結果が公表され,我が国の子供たちの学力は,「科学的リテラシー」,「問題解決能力」などの得点については,いずれも1位の国とは統計上の差がなかったものの,「読解力」の得点については,OECD平均程度まで低下している状況にあるなどの課題が示された。PISA型読解力とは,「文章のような『連続型テキスト』及び図表のような『非連続型テキスト』を幅広く読み,これらを広く学校内外の様々な状況に関連付けて,組み立て,展開し,意味を理解することができる能力」である。
   文部科学省は,平成1712月にこのPISA型読解力は,国語だけでなく各教科,総合的な学習の時間など,学校の教育活動全体で身に付けていくべきものであり,教科等の枠を越えた共通理解と取組の推進が重要であるという方針を打ち出した。特に,図,グラフなどの『非連続型テキスト』に関する読解力については,理科で得られた能力が大きく関与する。また,文部科学省から出された「読解力向上に関する指導資料」は,小中学校の指導例のみ示しており,高等学校の指導例が扱われていない。そこで,当センターの教育研究調査事業「教科指導の充実に関する研究(理科A)」では,高等学校理科におけるPISA型読解力(以下読解力とする)の育成をテーマに,実践研究を行った結果を報告する。

 研究の目的

 高等学校理科における読解力の実態調査を理科教員(以下教員とする),生徒を対象に行い,その結果を基に読解力向上を目指した指導法を開発し,検証する。
 なお,文部科学省からPISA調査(読解力)の結果を踏まえた指導の改善の具体的な方向として,以下の大項目3点(小項目計7点)が示されている。
 (1) テキストを理解・評価しながら読む力を高めること
  ア 目的に応じて理解し,解釈する能力の育成
  イ 評価しながら読む能力の育成
  ウ 課題に即応した読む能力の育成
 (2) テキストに基づいて自分の考えを書く力を高めること
  ア テキストを利用して自分の考えを表現する能力の育成
  イ 日常的・実用的な言語活動に生かす能力の育成
 (3) 様々な文章や資料を読む機会や,自分の意見を述べたり,書いたりする機会を充実すること
  ア 多様なテキストに対応した読む能力の育成
  イ 自分の感じたことや考えたことを簡潔に表現する能力の育成
 実践に当たっては,実態調査の他,文部科学省が示した方向性を意識しながら指導計画を立て,実施していくものとした。

 研究の方法

(1) 実態調査
   現在,読解力向上を目指した取組は,小・中学校を中心に行われている。PISA調査では15歳児が対象であり,高等学校においては,実態調査もほとんど行われていない。そこで,研究協力委員の学校を中心に教員の読解力に対する意識調査,教員の読解力向上を目指した授業への取組の把握,生徒の読解力に関する意識調査を行い,高等学校理科における読解力に関する実態把握を行った。
  (2) 読解力の育成を目指す理科授業の実践
 実態調査を基に,研究協力委員の学校に適した「理科における読解力の育成」についての指導法を開発し,実践する。実践後にPISA調査で求められる読解力の定着を検証する。

 研究の内容
 (1) 実態調査結果
 教員に対する調査の対象は129名で,年代は,40代が37%で最も多く,20代,30代,50代は,それぞれ20%程度であった。生徒に対しては,研究協力委員の各学校からほぼ同数を調査し,回答者は664名であった。学年としては3年生が50%,2年生が38%,1年生が12%であり,類系としては理系が55%,文系が33%,1年生の12%は,類系選択がなかった。詳細な調査データは6ページ以降の資料を御覧いただきたい。結果の考察に関しては,肯定的回答(とても〜,まあ〜)と否定的回答(あまり〜ない,全く〜ない)に分けて行った。
   ア 教員に対する調査結果(右グラフ)
 教員に対しては,調査用紙冒頭に,読解力とはPISA型読解力を示し,どのようなものであるかを説明した。調査内容は,読解力に対する意識,普段の理科授業の実態の2点を中心とした。ここでは,特徴的な結果を紹介する。
 読解力に関する意識では,読解力を向上させる必要性については,97%の教員がその必要性を感じ(グラフ@),90%の教員が読解力を意識した授業を理科に取り入れるべきと考えている(グラフA)。また,58%の教員が既に読解力を意識した授業を行っている(グラフB)。高等学校理科教員の読解力に対する意識が非常に高いことが分かった。
   () 普段の理科授業の実態
 読解力の向上にかかわると思われる,普段の授業に関する質問項目では,じっくりと思考させる時間の確保については62%(グラフC),じっくりと表現させる時間の確保については31%(グラフD)の教員が心掛けていた。観察・実験の報告書や調べ学習のレポート作成など,文章を書かせる指導を行っている教員は41%(グラフE)であった。
読解力で,重要となってくる思考や表現の時間の確保,文章を書かせる指導などが十分ではない状況にあることが分かった。
 『非連続型テキスト』の中心となるグラフの指導,観察・実験の報告書で結果・考察の区別の指導,レポート等で論理的で分かりやすい文章の書き方指導については,グラフ指導に関しては読ませる指導を心掛けている教員は64%グラフF)であったが,かかせる指導を心掛けている教員は41%(グラフG)であった。結果・考察の区別の指導を行っている教員は53%(グラフH),論理的な文章の書き方の指導を行っている教員は28%(グラフI)であり,これらの指導も不十分であると言える。以上のように,教員の読解力育成に関する意識は非常に高いが,読解力向上を目指した授業への取組に関しては,満足とは言えない状況であった。
  イ 生徒に対する調査結果(右グラフ)
 生徒に対しては,調査用紙に読解力の調査とは明示せず,理科に関するアンケートとして実施した。調査内容は,読解力に関連すると考えられる,物事への興味・関心,読むこと,考えること,書くこと,発表することなどとした。
 「物事をじっくり考えることが好きか」について70%(グラフ@),「体験したり,経験したりすることは好きか」について87%(グラフA)の生徒が好きと答えている。それに対して,「小論文などの文章を書くこと」について78%(グラフB),「人に何か説明したり,解説したりすること」について70グラフC)の生徒が苦手と答えている。
 『非連続型テキスト』の中心となるグラフの読みかきや,観察・実験の報告書で結果・考察を書くこと,論理的な文章を書くことについても聞いた。
 その結果,グラフを読み取ることについて73(グラフD),かくことについて78%(グラフE)が不得意であり,観察・実験の報告書で結果・考察を書くことについて74%(グラフF),論理的な文章を書くことについて76%(グラフG)が不得意としている。
  以上のように,じっくりと考えたり,体験や経験したりすることは好きであるという思考意欲や活動意欲が高い生徒が多い反面,論理的な思考や表現,グラフの読みかきを苦手とする生徒が多いという実態が浮き彫りとなった。

(2) 読解力の育成を目指す理科授業の実践
 実態調査から,論理的な思考や表現を苦手だと思う生徒が多数を占めること,それに対応する教員の指導も満足ではないことが分かった。そこで,文部科学省から出された指導改善方針を踏まえながら,生徒の高い思考意欲や活動意欲をうまく生かした各学校の実態に合った読解力の育成を目指す実践を行った。

 〔実践1〕読解力向上モデル授業の提案−単元「酸と塩基」における実践−
 〔実践2〕物理における非連続型テキストを使った読解力向上への取組
        その1 実験におけるグラフ化の取組
                   その2 表とグラフを用いた取組
 〔実践3〕新聞記事を用いた読解力の育成
 〔実践4〕夏休み自由研究「小さな大発見」の実践
 〔実践5〕学校設定科目「食品健康科学」におけるレポート指導
 〔実践6〕読解力向上を目指した生物における授業実践
                   その1 読む力を育てる取組
             その2 説明する力を育てる取組
 〔実践7〕グループ学習における「細胞と酵素」の授業実践

 研究の内容

平成17年度教育課程実施状況調査報告において,調査結果を基に出された課題の解決策として,下記のような指導の改善例が示された。

・目的意識をもった実験,結果の考察など,科学的な思考を育むための指導の工夫や探究活動の充実
・図や表などのデータを正しく読み取り,グラフ化,文章化するなど,科学的に解釈し,表現する力の育成
・日常生活や既習の学習内容に結び付けて,基礎的な事項の定着を図る指導の充実

科学的な思考,科学的に解釈し,表現する力,基礎的事項の定着などは,いずれも理科における読解力と密接に関係しており,読解力の育成は,理科教育の課題の解決につながる。また,学習指導要領理科の目標である,「科学的に探究する能力育成」や「自然の事物・現象についての理解を深める」ことにも読解力が必要である。よって,最終的に読解力の育成は,学習指導要領の目標達成にもつながると考えられる。
  本研究の実態調査から,生徒は,「じっくりと考えたり,体験や経験したりすることは好きであるという思考意欲や活動意欲が高い生徒が多い反面,論理的な思考や表現,グラフの読みかきを苦手とする」という傾向があり,教員は,「読解力育成に関する意識は非常に高いが,読解力向上を目指した授業への取組に関しては,満足とは言えない」という傾向が判明した。すなわち,生徒の意欲は高いので,苦手意識を克服する手立ての確立が重要であることが分かった。
  そこで,生徒の高い思考意欲や活動意欲をうまく生かした研究協力委員所属校の実態に合った読解力の育成を目指した実践を行ったところ,すべての学校で読解力を向上させることができた。
  ただし,丁寧な指導には時間が必要であり,教材や内容の総合的な見直しが大切である。今後,高等学校理科においても,読解力育成を意識した授業改善を進めていく必要がある。

資料(読解力実態調査)