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愛知県総合教育センター研究紀要 第97集

 心の発達の支援に関する研究

 教育相談研究室では,平成12年度から16年度までにグループ・アプローチ(以下G・A)を
用いて予防・開発的教育相談についての研究を行ってきた。研究により良好な人間関係づく
りや心の問題を解決する力をはぐくむことに対してG・Aが有効であることが確かめられた。
平成17年度からは,児童生徒の関係性の発達と発達課題の達成に焦点を当て,小学校,中学
校,高等学校の各段階において,児童生徒の心の成長をより効果的に支援するG・Aの実践
とその有効性を検証した。その結果,どの実践においても児童生徒の心の発達が促進された。
<検索用キーワード> 心の発達  グループ・アプローチ  予防・開発的教育相談  社会性 人間関係づくり  社会参加  発達段階  発達課題
研究会委員
豊田市立御蔵小学校教諭
扶桑町立扶桑東小学校教諭
豊田市立山之手小学校教諭
安城市立桜町小学校教諭(現幸田町立幸田中学校教諭)
蒲郡市立大塚中学校教諭
春日井市立柏原中学校養護教諭
蒲郡市立形原中学校教諭
県立岡崎工業高等学校教諭(現県埋蔵文化財センター調査研究員)
県立東郷高等学校教諭(現県立日進高等学校教諭)
県立小坂井高等学校教諭(現県立豊橋商業高等学校教諭)
総合教育センター教育相談研究室長
総合教育センター研究指導主事(現県立三好養護学校教頭)
総合教育センター研究指導主事
総合教育センター研究指導主事
総合教育センター研究指導主事
総合教育センター研究指導主事
小川 洋一(平成17年度)
千田みどり(平成17,18,19年度)
寺田 育代(平成18,19年度)
柴田 辰之(平成17,18,19年度)
宇野 晶由(平成17年度)
辻本 祐子(平成17,18,19年度)
松本 康利(平成17,18,19年度)
岡久 雅浩(平成17年度)
柴田 智宏(平成17,18,19年度)
太田 恭子(平成17,18,19年度)
村上 慎一(平成17,18,19年度)
浜島利枝子(平成17年度主務者)
遠山久美子(平成17,18,19年度)
村越 英昭(平成17,18,19年度)
金尾 正枝(平成18,19年度)
正木 克典(平成18,19年度主務者)
1 はじめに  現在,学校では,児童生徒の不登校やいじめ,暴力などの問題行動にどう対処するかということが 深刻な課題となっている。それらの問題を予防するため,児童生徒の悩みや不安,混乱への対応が重 要視されるようになっている。  平成18年度の文部科学省の「学校基本調査」によると,「不登校」を理由とする長期欠席者数は依 然として多く,全国で12万人以上と報告された。また,平成18年度の同省実施の「児童生徒の問題行 動等生徒指導上の諸問題に関する調査」によると,不登校のきっかけは,「本人の問題に起因」37.6% ,「学校生活に起因」35.5%,「家庭生活に起因」18.5%であり,様々なきっかけで児童生徒が葛藤 状態に陥り,行動を停止してしまうことが分かる。これらの調査からは,児童生徒が発達の過程で身 に付けるべきものを家庭や学校でスムーズに習得できず,不安定な精神状態にあることが浮かび上が る。不登校問題に限らず,いじめ,校内暴力,学級崩壊,すぐにキレルといった児童生徒の衝動的行 動など,それぞれの発達段階で身に付けるべき"社会性"の習得に問題が生じていることを示唆する児 童生徒の事例が多く報告されている。本研究では,それぞれの発達段階で身に付けるべき"社会性"を 考え,その発達を支援することで,これら問題行動を予防するとともに,児童生徒自身が現在及び将 来をよりよく生きる力を身に付ける(自ら開発する)ことを援助することに視点を当てた。児童生徒 が他の児童生徒とスムーズに関係を結び,良好な人間関係を築いていく基盤は,健全な自己肯定感の 所持にある。また,確かな自己理解に立って他者を理解していき,人間の心を理解してくことが不可 欠となる。さらに,良好な人間関係を維持していくためには,様々な人間関係のためのスキルが必要 であり,人間関係能力の向上が"社会性"の習得を容易にしていくという構造がある。児童生徒が自己 肯定感の獲得,自己理解,他者理解,感情交流,人間関係能力の獲得などを通して"社会性"を自分の ものとしていくことを学校で支援する場合,教師による"社会性"を身に付けるための知識の教授とい う方法だけでは不十分である。また,児童生徒一人で努力しても,"社会性"の獲得はおぼつかない。 他者との関係性を学ぶためには,実際に他者と触れ合うことが何より重要であり,"社会性"の獲得は 基本的にグループでの対人交渉の体験を通して実感的に達成されるべきものである。 以上のような観点から,教育相談研究室においては,グループ・アプローチに着目し,平成12年度か ら研究を開始し,平成19年度まで継続的に取り組んできた。本研究は,第T期「予防・開発的教育相 談の在り方に関する研究」(平成12年度〜14年度),第U期「予防・開発的教育相談の推進に関する研 究」(平成15年度〜16年度)に続く第V期の研究で,平成17年度からの取組である。第V期の研究では, 第U期までの研究の成果を踏まえつつ,特に児童生徒が他者とかかわっていく上での心の発達に対す る支援の方法を探った。 第T期「予防・開発的教育相談の在り方に関する研究−構成的グループエンカウンターを中心 にして−」  学級活動,部活動,保護者会,教科の授業など,様々な場面での実践を行った。この結果,集団内 の結び付きが強くなり,帰属意識が高まるなどの効果が確認された。一方,教育活動への定着に対し て以下のような課題が明らかになってきた。 (1) 学校週5日制の完全実施とカリキュラム上の位置付けがないため,実施時間の確保が難しく,   時間確保を工夫する必要がある。 (2) 単発的な取組ではなく,年間計画に基づいた計画的な取組にしていく必要がある。 (3) 構成的グループエンカウンター(以下SGE)以外のグループ・アプローチの活用について研究す   る必要がある。 第U期「予防・開発的教育相談の推進に関する研究−行事をいかすグループ・アプローチを中 心として−」  第T期の研究成果とそこで明らかになった実践上の課題を踏まえ,実践時間の確保と実践の年間計 画を考慮して研究を進めた。実践時間の確保のために,朝の会や帰りの会を活用したり,体育や図工 などの活動的な授業の後に振り返りの時間を設けたりするなどの工夫を行った。年間計画については, 実施しやすさを考慮し,4月の学級開き,年間を通しての学校行事前後の活動など,行事を核とした 計画を立てた。この結果,行事を核とした年間計画を立てて継続的に取り組むと効果が大きいことが 明らかになった。実践の成果を「楽しい学校生活を送るためのアンケートQ−U」を用いて検証した ところ,実践により学級満足群に属する児童生徒数が大幅に増加し,学級内での自己存在感や学級へ の所属感を高めていることが確かめられた。このことから,行事を通しての取組が,「心の居場所づ くり」にとどまらない,児童生徒の「心の絆(きずな)づくり」に効果があることが明らかになった。 また,第T期(3)の課題に対しては,SGE以外のグループ・アプローチの活用もできるように一覧表を 作成して整理した。SGEは感情交流に主たる目的があるため,中学生や高校生では取組に対して消極 的になる場面もみられ,グループ・ワーク・トレーニング(GWT)やラボラトリー体験学習の方が 抵抗なく取り組めることが分かった。 第V期「心の発達の支援に関する研究」(本研究) 第U期までの研究から,児童生徒の実態に応じたグループ・アプローチを選択して実施することが 児童生徒の健全な心の発達を促すために非常に重要であることを確認できた。第V期の研究では,児 童生徒のそれぞれの発達段階に即して,グループ・アプローチを有効に活用していき,心の発達を支 援することに主眼を置いた。特に,児童生徒の関係性の発達とそれぞれの時期の発達課題の達成に焦 点を当て,それにふさわしいグループ・アプローチの実践を検討した。"社会性"の獲得に向けての発 達課題の達成に,より効果がある支援の在り方を探求していくことにした。それぞれの発達段階に応 じた支援の実践とその成果と課題について報告する。 2 研究の目的 児童生徒が健やかな自己肯定感を所持し,確かな他者理解の上に,豊かな人間関係を築いていく力 を自ら開発することを支援し,児童生徒の問題行動や不適応行動を予防する。さらに,集団や社会の 中で自分を生かし,よりよく生きていく力を児童生徒自らが開発することを援助する。その効果的な 予防・開発援助の在り方を探求する。 3 研究の仮説 それぞれの児童生徒の実態や発達段階を考え,発達課題に応じたグループ・アプローチを実施すれ ば,児童生徒の問題行動の予防となり,児童生徒が集団や社会の中でよりよく生きる力をはぐくむ ことができ,より効果的に心の発達を支援することができるであろう。 4 研究の方法 研究協力員が,担任,養護教諭,部活動顧問などのそれぞれの立場で,児童生徒の実態を踏まえ, 発達段階や発達課題に応じたグループ・アプローチを実施する。各委員は,グループ・アプローチ の実施に際して内容や方法,時期などを考慮し,プログラム化して実践する。実践後,その効果を それぞれの課題に関係する評価尺度を用いて測定する(補助資料として,文部省が平成12年に実施 した「心の健康と生活習慣の関連実態調査」の一部を実施し,全国平均と結果を比較することで, 主に自校生徒の実態把握に役立てる)。 5 研究の内容  (1) 「発達」について 「発達」とは,一般に生命が生まれてから死に至るまでに,人の心と身体,それに関する様々な 社会的関係が,質的にあるいは量的に変化していくことをいう。本研究では,身体的・生理的変化 あるいは量的な変化を「成長」,心理的・精神的変化を「発達」と定義した。  (2) 主な発達の原理 発達には一定の原理が存在し,その過程には様々な段階があると考えられてきた。その発達の原 理と過程についての主な学説については次のとおりである。   ア 個体と環境の相互作用 発達は遺伝的素質などの個体的要因と子供の経験としての環境的要因の相互作用によってな   される。    イ 発達の順序性 発達は一定の決まった順序で進行する。   ウ 発達の連続性 発達は,断続的・突発的なものでなく,連続的・漸進的過程である。前の段階の発達の遅速は,   後の段階に影響する。   エ 発達の相互関連性 身体・運動機能と精神など,それぞれの領域の発達は相互に関連して進む。   オ その他 発達の方向性,分化と統合,発達の個人差,発達の臨界期など  (3) 発達過程 発達過程は,一般に,胎児期,新生児期,乳児期,幼児期,児童期,青年期,成人期,壮年期, 老年期などの時期に分けられ,変化が最も顕著なのが青年期までの時期である。また,青年期まで の時期は,パーソナリティが形成されるために最も重要な時期でもある。発達の過程には,達成さ れるべき様々な課題があり,それを発達課題という。発達課題は,それぞれの時期における人の発 達の可能性と社会的に要求されることとの関係によって設定されたもので,子供に対しては「教育 の具体的目標」とみなすことが可能である。この課題を達成することによって,その発達段階にお ける健全な発達を遂げることができる。また,ある発達課題の成就は,その段階での個人の社会的 適応を表しており,同時に次の段階の発達課題達成の基礎となる。発達の段階については,ハヴィ ガーストやバーナード,エリクソンなどの説がよく知られている。これらのことを踏まえ,児童生 徒の実態を考慮した上で,それぞれの段階にある児童生徒の発達を支援した。本研究における実践 と発達過程,発達課題との関係については資料1のとおりである。実践対象は,実践1と2が児童 期にある小学校の児童,実践3,4,5が青年期前期にある中学校の生徒,実践6,7が青年期中 期にある高等学校の生徒である(資料2) 【資料1 発達課題と実践研究による支援の位置付け】
【資料2 実践と実践テーマ
実践
実践のテーマと内容
テーマ
家庭・地域・仲間と共に高め合う「のびっ子」の育成
−人と豊かにかかわる人間関係づくりの実践を通して−
内容
各学年のそれぞれの発達段階に合わせ,グループ・アプローチのエクササイズの活用方
法を工夫した実践。学校をあげた全学年での取組。研究協力員は,小学校の校務主任で,
担任ではない立場で学校全体での実践をコーディネートした。
テーマ
互いを認め合い,居心地のよいクラスづくりを目指して
−1年間を通したグループ・アプローチの実践を通して−
内容
「交友の学習」「社会的な集団に対する態度の発達」などの課題達成を目標とした取組。
研究協力員は小学校6年生の担任として,互いを理解し認め合う学級の雰囲気づくり,
信頼できる仲間づくりを目指すとともに,児童がより大きな集団にも目を向けられること
を目標に実践を行った。
テーマ
自分を大切にし,相手を尊重する行動がとれる子の育成を目指して
−体・心・命の学習を通して−
内容
「自己の身体構造の理解と男性女性としての社会的役割の理解」の発達課題の達成,そ
れにさらに,加えて「命の教育」にまで意識を高めるための実践。研究協力員は,中学
校の養護教諭としての立場で,1年生から3年生の各学年に対してグループ・アプロー
チを活用した実践を行った。
テーマ
夢や目標に向けて,見通しをもって行動できる生徒の育成
−「ドリームマップ」と「目標達成のためのステップ」の活用を通して−
内容
「職業の選択及び準備」という中学生の時期における発達課題達成を目指した。自分の
将来について客観的に考え,意欲をもって活動に取り組めるように,グループを活用し
た実践を行った。研究協力員は,中学校1年生の担任の立場で支援した。
テーマ
自己成長する生徒の育成
−部活動に「メンタルトレーニング」と「構成的グループエンカウンター」を取り入れて−
内容
「自分についての自他のイメージや認識の動揺を克服」「自我アイデンティティの感覚
の獲得」に注目し,「自立」を支援する目的で実践を行った。研究協力員は,中学校部
活動顧問として支援を行った。
テーマ
進路意識を高め,学校生活に前向きに取り組む生徒の育成
−キャリア教育にグループ・アプローチを活用して−
内容
「職業の選択及び準備」,「行動を導く価値観や倫理体系の形成」などの発達課題に対
する高等学校担任としての取組。進路と学習の指導とを関連させた実践。生徒たちのキ
ャリアに対する意識を高め,具体的目標を設定させ,目標実現に向けての学習意識の高
揚を試みた。
テーマ
将来の職業や生き方に対する見通しの獲得を目指した支援
−高等学校の家庭科授業でのグループ・アプローチを通して−
内容
青年期の発達課題である「職業選択」や「結婚と家庭生活の準備」などに対する取組。
研究協力員は,高等学校の相談部長として家庭科の教科担任と連携し,家庭科の授業に
おいて教科の学習目標に合ったグループ・アプローチを行い,発達課題の達成を目指し
て実践を行った。
6 研究のまとめ  本研究では,小学校,中学校,高等学校の児童生徒を対象とし,「それぞれの児童生徒の実態や発達 段階を考え,発達課題に応じたグループ・アプローチを実施すれば,児童生徒の問題行動の予防とな り,児童生徒が集団や社会の中でよりよく生きる力をはぐくむことができ,より効果的に心の発達を支 援することができるであろう」という仮説を検証することを目的として実践的研究を行った。この目的 に対し,まず,"発達"について考えを深め,概念を明確にした。その上で,児童生徒の発達の在り方や 実態にふさわしいグループ・アプローチを考慮して実践し,児童生徒の変容を様々な方法を用いて測定 した。研究を振り返り,その成果と課題について整理したい。  (1) 小学校期(児童期)の発達  児童期の社会性の発達について整理する。児童期の前段階である乳幼児期では,母子の愛着システム (母子が相互の行動により情緒的に強く結びつくこと)の形成が自己を取り巻く社会に対する基本的信 頼感の獲得,自己への信頼感の獲得に大きな意味をもち,母子愛着システムの安定が仲間との相互交渉 に効果的な状態を作り出す。乳幼児期から児童期にかけて,対人関係は家族を中心としたものから近隣 の仲間や大人たちへと徐々に拡大していくことが知られている。  小学校低学年(児童期初期)の仲間関係は,家が近いとか席が隣であるなどの偶然的,外的条件によ って規定されることが多く,一時的な遊び仲間として結び付いているにすぎない。しかし,小学校中学 年ころより,仲間集団を作り,徒党を組み,様々な活動をするようになる。この時期の凝集性や閉鎖性 の高い遊び集団をギャング集団と呼ぶことはよく知られている。また,この時期より,児童の対人関係 において仲間のもつ意義は増大していき,単なる遊び仲間にとどまらず,「悲しいときに一緒にいてほ しい相手」というような精神的により深い結び付きが仲間に対して生じてくる。一方,この児童期は, 様々な社会的技能の獲得を通して自己への自信を深める時期でもある。児童は,学校で出会う様々な課 題に取り組み,その課題を解決することで,自己肯定感をはぐくむ。また,仲間との交渉を通して,社 会的な柔軟性や他者との協調の仕方を学び,その結果として自己への自信をさらに,深め,健康なパー ソナリティを形成していくのであり,この時期の仲間関係のもつ意義は大きい。道徳性の発達について 述べると,小学校低学年においては,既に"「良い子」の道徳"(向社会的行動に関する規範)を獲得し ているが,まだ十分に内在化していない段階にある。それが,高学年にかけて,規範が内在化され,向 社会的行動を実行できる段階へと移行していくことになる。   ア 実践1  このような発達段階にある児童に対して,実践1では,小学校全学年の児童を対象に支援を行った。 研究協力員は,ハヴィガーストの説く児童期の発達課題である「同年齢の友達と仲良くすることの学習」 などを念頭に置き,その課題の達成を目指した。具体的には,グループ・アプローチを通して,コミュ ニケーション能力の育成や自他のよさへの気付き,仲間とかかわることの楽しさを味わうことができる ような支援を行った。支援の結果,児童は以前と比べて,相手の気持ちを考えて行動できるようになっ たり,心を込めたあいさつができるようになったりした。また,協力する楽しさや大切さを実感するこ とにより,互いの気持ちを考え認め合う姿勢がはぐくまれ,学級内でのもめ事が減少したり,学級が温 かい雰囲気になったりするなどの効果を得ることができた。グループ・アプローチを実施したことによ り,自分自身のそれまでの対人関係の在り方に対する気付きを得て,自分のことばかり考えるのではな く,相手や周囲の人のことを意識できるように変化したことを示唆している。低学年,中学年,高学年 のそれぞれにおいて,一時的な遊び仲間から仲間集団,単なる遊び仲間から精神的に結び付く仲間への 変化の兆しが生じていると考えられる。また,保護者や地域の人を巻き込んでの活動は,親以外の大人 との関係に気付く端緒を用意したとも言える。さらに,グループ・アプローチを中心とする今回の実践 により,高学年には,道徳的な規範が内在化され,行動として表すことができる段階にまで高まった児 童の姿も見られた。ただし,乳幼児期の発達が順調に進んでこなかった児童に,順調に進んだ児童と同 じような効果があったとは思われず,そのような児童への効果的な支援といった課題が残る。  小学校は,6年と長きにわたるため,低学年,中学年,高学年のそれぞれの発達段階を考えるべきで あり,実践1のように一貫した目標を設定し,児童のそれぞれの発達段階に合わせてグループ・アプロ ーチを実践し支援すると,児童の心の発達促進の効果が高いことが確かめられた。  イ 実践2  実践2では,6年生の児童を対象に,グループ・アプローチによる支援を展開した。研究協力員は, バーナードの説く「交友の学習」やハヴィガーストの「社会集団に対する態度の発達」などを意識し, 児童がその課題を達成していくことを目指した。互いを理解し,認め合う学級の雰囲気づくりから始め, 学級内に一人一人の居場所をつくることを支援した。その上で,対人関係の視点を自分とその相手にと どめず,第三者や自分の所属グループやさらに,大きなグループへと視野を広げていくことを目標に支 援した。その結果,学級内に互いを認め合う雰囲気が生まれ,学級において存在感が高まったように感 じている児童が現れた。さらに,学級の仲間と協力し,学級をよりよい集団とするために自ら活動した いという意欲の高まりを児童の行動から感じ取ることができた。Q−Uなどによる調査結果も,このよ うな児童の変化を裏付けるものとなっている。ただし,このような学級集団の全体的な成長についてい けない児童の姿も少数ながら見られた。小学校6年生の標準的な段階にまで心の発達が達しておらず, 自分のことで精一杯であるために対人関係を量的にも質的にも向上させることができないでいる児童に 対しては,やはり個別的な支援が重要となる。  (2) 中学校期の発達                      次に,中学生の"発達"の在り方について整理する。日本では,中学生の期間が青年期前期に相当する。 この時期は,身体の急激な変化を伴って始まる。この変化の著しい時期を特に"思春期"と呼ぶこともあ る。"思春期"の中学生は,自分の身体が成熟した"男""女"へと変化していくのに対し,自分は何のコン トロールもできない立場に置かれる。変化はいやおうなく生じ,心理的にもこの変化を受け入れること が求められるが,それはたやすいことではない。そのため,期待や不安,恐れ,罪悪感の入り混じった 感情を経験することとなり,顕著に安定性を欠くようになる。こうした中でエリクソンのいう"自我同一 性"を確立していくことには困難を伴い,葛藤(かっとう)は"第二反抗期"としての否定的な態度として表 出することが多い。  この時期になると,心理的には親からの自立という指向が表れ始め,児童期のようには親に依存した り,相談したりしにくくなる。そこで重要になるのが,同性の親密な友人関係である。ただし,児童期 のような遊戯集団が必要なのではなく,自分と同じような価値観をもった悩みを打ち明けられる友人の 存在が重要である。この年代では「親より友人が大切」と自覚され,友人関係を媒介として親からの自 立に向かうのである。  一方,"自我同一性"の確立においては,「自分はどういう人間か」と「自分はいかに生きるべきか」 という問題に自答することが求められる。この問題を解決しようとするとき,自分の将来を思い描き, どのような職業に就くのがよいのかと考えることは重要な課題となる。青年期は,職業選択の準備期間 でもある。職業の選択は,ほとんどの青年にとって長期にわたるものとなる。職業選択には,自分の多 様な特性に対する理解が前提となるにもかかわらず,自分について考え始めたばかりの青年は,自分自 身について正確に知っていないことが多いからである。また,"自我同一性"の探索のためには,児童期 にエリクソンのいう"勤勉の感覚""課題同一性の感覚"を獲得しておくことが重要である。児童期に学校 教育の中で様々な問題に出会い,出会った課題を解決したという自信を積み重ねることで,自分が学習 者として有能であり,成果を上げられる者であるという自己肯定感をもつ。これが"勤勉の感覚"であり, "課題同一性の感覚"である。この感覚は,働く者としての能力感につながる。この感覚の獲得が,青年 期の"自我同一性"と直接かかわり,青年の職業選択に道を開くのである。青年期前期は,この職業選択 の準備をスタートする時期でもある。   ア 実践3  このような発達段階にある中学生に対して,実践3では,1年生から3年生までの全学年の生徒を対 象に,養護教諭の立場で保健の授業を活用しながら支援を行った。研究協力員は,ハヴィガーストの説 く青年期の発達課題である「同年齢の男女両性との洗練された新しい関係の学習」や「自己の身体構造 を理解し,男性女性としての社会的役割の理解」などを念頭に置き,その課題の達成を目指した。身体 の変化に動揺を来しやすい"思春期"の発達課題を考慮しての支援である。具体的には,養護教諭の立場 で,中学校全学年全クラスの保健の授業や学級活動の時間にグループ・アプローチを実践した。それは 同時に「体・心・命の学習」(H17年度から実践校での取組)の一環でもあった。互いに協力したり心 を通い合わせたりすることにより,他を認め,思いやりや優しさをもって接することができるようなグ ループ・アプローチに取り組むことで,男女の性差にかかわらず良好なコミュニケーションがとれるよ うな関係を目指した。さらに,自他の命を尊重する在り方を考える契機となるような実践も行った。支 援の結果,ふだんはコミュニケーションをとりにくかった生徒が,互いにメッセージを伝え合うことが でき,自他の感じ方の違いに気付くことができるようになった。また,自他に対する認知を深め,自分 自身を認めてもらったり相手を認めたりしながら,自分や周りの人はかけがえのない大事な存在である ということに気付き,自他の生命を尊重する姿勢をもつようになるなどの変容があった。実践後の生徒 の様子からも,それは裏付けられている。今回のようなグループ・アプローチでの体験は,「自分はど ういう人間か」とか「自分はいかに生きるべきか」といった"自我同一性"の確立という困難な課題に向 かう基盤を準備していくという効果もあったのではなかろうか。しかしながら,依然として保健室への 来室者は多く,対人関係上起きてくる様々な問題や自身の内面の動揺を自分の力で解決していくために は,まだ力が不足している生徒も多くいるように思われる。意識化したものをいかに行動変容にまで結 び付けていくかといった点で,明確な効果が表れていないようにも見え,今後の課題として残った。   イ 実践4  実践4は,中学校1年生の生徒を対象に,ハヴィガーストの説く「職業の選択及び準備」の課題達成 に向け,自分の将来に対する意識を高めることを目指して取り組んだ。先に述べたように,職業選択の 準備は,青年期の重要な課題である。研究協力員は,生徒が他者とかかわりながら自己を振り返り,互 いの価値観や将来に対する考え方を理解し合い,目標に向けて励まし合い,頑張っていく意欲を高める ことを目標に支援した。この支援により,学校生活の中で他者を認めたり自分の意見を積極的に発表し たりするなど,自信をもった行動がとれるようになった生徒もいた。全体としても「やればできると思 う」など自己効力感に関して意識の高まりが感じられた。さらに,進路選択の準備のためのグループ・ アプローチを行ったことにより,「将来やってみたいことがある」など自分の目標をもつことができる ようになった生徒が増えた。クラスの生徒全体に,見通しをもつことを大切にする意識が高くなった。 これらの変容は,文部科学省が実施した『心の健康と生活習慣の関連実態調査』や『進路成熟尺度』に よる調査結果からも裏付けられている。生徒たちの自己肯定感を高め,将来に対して見通しをもって, 自分の目標に取り組むことの大切さを意識させることに対して,グループ・アプローチによる支援に効 果があることが示唆された。しかし,『心の健康と生活習慣の関連実態調査』の全国平均と比較すると, 行動面において更なる改善が求められる項目が認められた。調査結果は,当初多かった他者に対して攻 撃的な行動をとる生徒は減少したものの,今後更に自他とのかかわりついての取組が必要であることを 示した。自己肯定感の所持を前提に"自我同一性"を獲得していくことが可能になるような自他とのかか わりが,職業選択の準備に密接に関係していることは,先に述べたとおりであり,一層の努力が必要で ある。  ウ 実践5  実践5では,中学校の部活動に励む生徒を対象に部活動の顧問として支援を行った。研究協力員は, ハヴィガーストの説く青年期の発達課題である「自我アイデンティティの感覚の獲得」に注目し,「両 親や大人からの自立」を支援する目的で実践を行った。グループ・アプローチを通して,部内に共感的 な人間関係をつくり,それを基盤として生徒たちが部活動に意欲的に参加し,仲間とかかわり合う中で 自他のよさに気付き,認め合い,自分らしさを発揮していくことができるような支援を目標に実践した。 支援の結果,部内の雰囲気が変化し,自己開示し合える人間関係が築かれた。それを基盤に,互いのよ さを積極的に伝え合うことができ,自信をもって活動することが可能になっている。チーム内で心の居 場所ができ,チームに対して自分ができることを生徒一人一人が考えて行動するようになると,心の絆 づくりへと段階が進んだ。グループ・アプローチを実施したことにより,他の部員のことも意識し,チ ームに対する自分自身の役割や貢献などについて考え,自分がどう行動すべきかを自分たちで考えて行 動できるように変わり,部内の一体感はより強固になった。部活動内の仲間とのかかわり合いが,自分 自身の在り方について考え直すことを促進したと言うこともできる。生徒の意識の変容は,達成動機測 定尺度の数値が高まり,自己効力感を示す数値が向上したことからも確認できた。部活動における同性 の親密な友人との関係の形成は,親や大人からの自立の開始を告げるものである。チームの勝利という 一つの目標に向かい,自分と同じような価値観をもった,悩みを打ち明けられる友人をもつことができ た部員たちは,この友人関係を媒介として自立への道を歩き始めることになる。  グループ・アプローチを活用した今回の実践の効果もあってか,非常に意欲的に生き生きと部活動に 取り組む生徒の姿が見られた。しかし,今回の実践は取組の期間がやや短期であったこともあり,学び を部活動で生かしきれなかった生徒もいた。また,部活動での支援による意識の変容,行動の変化が, 他の場面にどのように影響を与えたのかについては検証が不十分であり,課題が残った。  (3) 高等学校期の発達  高校生の発達段階について整理する。青年期中期は,おおむね高校生の年代に相当する。この時期に は,身体的にほぼ成熟し,"性的同一性"の確立が求められる。同時に,自分の内側からの性衝動をコン トロールする必要が生じてくる。青年期前期からの不安定性は,依然として継続するものの,自我の発 達はさらに,進展する。孤独感や劣等感を意識する一方で,反抗も理念や信念を伴ったものに変わり, 次第に情緒は安定していく。激しい運動に熱中したり,哲学や宗教的なものに傾き,思弁的な生活を送 るようになったりする者もいる。また,日記などに自己表現したり,共鳴できる友人を求めたりするの もこの時期である。  青年期前期についての記述で述べたように,職業選択は長期的な試行となるため,青年期中期におい ても依然として重要な課題である。この時期の青年は,やがて社会の一員として,市民として活動する ことを周りから求められることをより強く意識するようになる。職業選択は,そのために必要な要因の 一つでもある。また,友人との交友関係も将来の対人関係を円滑に進めるために必須の要因であり,友 人関係は更に異性間の恋愛関係に発展することになる。さらに,この時期の生徒は,知的発達をベース に,社会の様々な事象に目を向けるようになり,政治・経済・法律などにも関心を深め,社会に参加して いく準備をする。社会参加をスムーズに進めるには,"自我同一性"の確立が重要な意味をもつ。"自我 同一性"の確立が青年期に成し遂げられることは,自立に向けて順調に発達していることを意味し,スム ーズな社会参加につながることになる。高校生の時期の"発達"の過程を以上のようにとらえ,生徒の"発 達"の支援を考えての取組が,実践6と7である。   ア 実践6  実践6では,高等学校の2年生の生徒を対象に担任として支援を行った。研究協力員は,ハヴィガー ストの説く青年期の発達課題である「職業の選択及び準備」や「行動を導く価値観や倫理体系の形成」 など意識して支援に当たった。具体的には,英語の授業や学級活動の時間に,生徒が自己理解を深め, 進路意識を高めることを目的にグループ・アプローチを実施した。グループ・アプローチでの体験を通 して,生徒が,現在の学校生活が将来につながるものであるという実感をもつことができるようにと考 え支援している。その結果,生徒は以前と比べて,自分の将来の目標について考えられるようになり, 具体的な目標や方向性を踏まえた進路希望をもつことができるようになった。また,目標達成のための 方法を自主的に考えるようになり,生活面においても以前より前向きな姿勢をもつことができるように なったなどの効果を得た。また,進路と学習活動とを関連させての取組の結果,生徒たちはキャリア意 識を高め,具体的目標を設定し,目標実現に向けて学習意識を高めることができた。それだけでなく, グループ・アプローチの実施は,真に自らが望んでいる価値や生活様式,態度などに対する気付きを得 て,将来の職業についての価値観(キャリアアンカー)や展望を具体的に描くことができる生徒を,少 数ながら生んでいる。『進路成熟尺度』などの数値の変化は,このような生徒たちの変容を裏付けるも のとなっている。しかしながら,価値観が定まっていなかったり,多様なことに興味を抱いていたりし ていた生徒の中には,具体的に考えるようになったりするほど,かえって迷いや不安を大きくした生徒 もいた。そのような生徒には,個別的な支援の必要性が感じられた。繰り返し述べているように,進路 選択の準備は,自我同一性の確立を続ける中で取り組む課題であるために,自我同一性の獲得が大きく 遅れている生徒は,進路選択の準備もスムーズに進まないと考えられる。   イ 実践7  実践7では,高等学校1年生の生徒を対象に支援を行った。実践は,ハヴィガーストの説く青年期の 発達課題である「職業の選択及び準備」や「結婚と家庭生活の準備」などを念頭に置き,その課題の達 成を目指したものである。研究協力員は,教育相談部長として家庭科の教科担任と連携し,家庭科の授 業においてグループ・アプローチを活用した。家庭科の学習目標と青年期の発達課題の達成との重なり に注目し,効果的な発達支援を目指して実践した。具体的には,家庭科の授業の中の一つの題材である 「生活設計」について,グループ・アプローチの体験を通して考えられるようにした。この題材は,青 年期に求められる"社会の一員として,市民として活動すること"を考えることに密接にかかわっている。 市民としての社会参加に絡む要因はいろいろある。先に述べたように,"職業選択の準備""異性との関係 を含む交友関係の発展""社会事象への関心"がその主なものだが,そのいずれに対しても"自我同一性"の 確立が重要な意味をもつ。実践7では,まず,広く世界に目を向けることも含み,他者とのかかわりに おいて大切なことについて考え,コミュニケーション能力の向上や集団への適応の促進を図った。その 上で,自分の将来の職業や生き方についての見通しをもつことができるような支援をグループ・アプロ ーチによって行った。支援を行ったどのクラスにおいても,生徒は以前と比べて活発な意見発表をする ようになるなど,授業に意欲的に取り組む姿が随所に見られた。回を重ねるに従い,コミュニケーショ ン能力が高まっていく生徒の姿を見ることもできた。また,グループ・アプローチを活用した授業は, そうではないふだんの授業よりも,学習内容を強く印象付けることが分かった。このことも,実践7の 一つの成果である。さらに,思春期の生徒たちにとって話しにくい「性」や「結婚」などのテーマにつ いても真剣に率直な意見を語り合うことができ,社会的性役割や将来の自己像にかかわる問題を考えた。 生徒たちには,グループ・アプローチに慣れさせるところから始まり,段階的にグループ・アプローチ での体験が深まっていくプログラムを設定した。段階的に内的な課題に近付くよう工夫したことで,ス ムーズな話合いが行われるようになった。その話合いの中から発達課題にかかわる新たな気付きを得て いった生徒が多く見られた。心理尺度による効果測定の結果,学校環境への適応感の高まりが確認され た。さらに,学校環境への適応感が低い生徒たちに関して,コミュニケーション能力の向上,職業選択 の進路計画に対する意欲の向上が見られた。ただし,学校環境への適応感の高い生徒たちに対する効果 に関しては,顕著な効果を見いだすことができなかった。学校生活の適応感の高い生徒も含め,より多 くの生徒が社会参加の準備をスムーズに進めることができるような支援を考えていきたい。 7 おわりに  私たちは,児童生徒の"発達"の意味を今一度とらえ直し,それぞれの発達段階にある児童生徒に対す る効果的な支援を考えてきた。第V期の研究でも,効果的な支援の方策としてグループ・アプローチを 考えた。第T期,第U期の研究と合わせ,計8年間グループ・アプローチの研究を行ってきたことにな るが,児童生徒の"発達"に焦点を当てての研究として,第V期の研究は特徴付けられる。今回,7人の 研究協力員が発達課題に焦点を当てて実践をした。どの実践においても,児童生徒の心や行動に変容が 見られた。グループ・アプローチによる実践が,児童生徒それぞれがもつ発達課題に対して働き掛けた ということになる。その中で,児童生徒が精神的に成長する姿を見ることができたことは,何よりの喜 びである。一方,意識の変化が行動変容に結び付いていかなかったり,自己理解の促進が自己の否定的 な面にまで及び一時的に自己肯定感が低下したりした児童生徒もいた。エクササイズの有効性をさらに, 高められるよう,児童生徒の実態に即して実施するとともに,エクササイズの実施に伴って現れる児童 生徒の様子にも十分配慮しての活用が望まれる。また,グループを扱いながらも,一人一人の児童生徒 を丁寧に見て丁寧にかかわっていく必要も感じた。今回の私たちの試みは,児童生徒の健やかな成長を 願って行われた教育活動の一部にすぎない。今後の教育活動において,この試みが児童生徒の発達を促 す効果的な実践を生み出すための一つの刺激として作用することを願ってやまない。   参考文献                  文部科学省『心の健康と生活習慣に関する調査』(2002) 堂野佐俊・堂野恵子『発達理解の心理学』(ブレーン出版,2002) 平山諭・鈴木隆男『発達心理学の基礎U 機能の発達』(ミネルヴァ書房,1994) 藤掛永良『発達心理学』(建帛社,1998)



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