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授業実践事例

デザインの表現理論の学習及び活用とメディアリテラシーの育成

~POP広告制作による情報発信を通して~

1 はじめに

 本校では,普通科1年生の生徒が2学期に科目「社会と情報」の「表現と伝達」の単元でプレゼンテーションソフトを使い,自分のおすすめの本をクラス全員へ発表する授業を行っている。この単元は,SNSやコミュニケーションサイトなど情報通信ネットワークを利用して情報発信する機会が多い近年の高校生にとって,自分の考えを効果的かつ適切に相手へ伝える表現方法を学ぶ大切な単元である。

 これまでは情報機器を使ったデザインの表現理論を学習させていないため,感覚的な表現になってしまい,発信者の意図を効果的に受信者へ伝達する表現ができていなかった。そこで,デザインの表現技法の基本となる基礎理論を理解させた上で,POP広告を作成させることによって,実践的にデザインの基礎理論を習得させ,知識を深めることができると考えた。また,作品にこめられた作者の意図を説明させたり,作品を見た受け手の意見を相互評価させたりすることによって,自分の考えを作品を通して適切に表現する力を育成することができると考えた。また同時に,発信された情報の中にある発信者の意図を的確に読み取る力,すなわち,メディアリテラシーの育成にも役立つと考えた。

2 単元の目標

 デザインの基礎理論を理解し,その理論に基づいたディジタル作品を作成することによって,自分の考えを効果的に伝える表現力と,他者が作成した作品の意図を読み取ろうとする態度を身に付ける。

3 指導の内容

 (1) 対象と期間

 科目「社会と情報」(2単位)で普通科1年生5クラスを対象に,9月から11月中旬にかけて11時間の授業実践を行う。なお,今回の題材は,本校で実施している朝の読書との関連性をもたせ,生徒自身が推薦する本を紹介するPOP広告を作成することとした。

 (2) デザインの基礎理論

  ア 色の表現

 ウェブページ「COLOR NOTE」を利用し,色の見える仕組みや色の分類,配色の効果など,色の基礎理論を理解させる。

  イ 文字の表現

 ウェブページ「レイアウト|伝わるデザイン」を利用し,書体(文字のデザイン)の分類や場面に応じた書体の効果的な使い方,文字や行の間隔,行長による読みやすさの違いなど,文字表現の基本を理解させる。

  ウ アイキャッチャー・レイアウトの表現

 ウェブページ「レイアウト|伝わるデザイン」を利用し,可読性を損なわずに,一瞬で人の目を捉えることができるアイキャッチャーの効果に気付かせるとともに,文字や図形,写真の配置や使い方など,アイキャッチャーの基本を理解させる。また,配置や余白の使い方から閲覧者の視線を意図的に誘導する方法を学ばせ,グリッドデザインを利用して,タイトル,本文,図形・イラスト・写真の大きさ・比率,位置,余白など,アイキャッチャー・レイアウトの基本も理解させる。

 (3) 表現の工夫の観点

(2)で示したデザインの基礎理論について,右の表「表現の工夫の観点」を設定し,生徒に提示するとともに,相互評価をさせた。

表 表現の工夫の観点
3観点  3項目 
効果・イメージ
配色
強調
文字 効果・イメージ
文字・行間隔、行長
強調
アイキャッチャー・レイアウト アイキャッチャー
配置
余白

▽使用教材(授業プリント)

4 指導の流れ

▽1~2時限目(POP広告制作)

学習内容・学習活動 指導上の留意点
導入
(5分)
単元の学習活動の理解(1時限目のみ)
・この単元ではデザインの基礎理論を学習することを理解する。

・POP広告作成の目的と,作成にあたっての注意点を理解する。

・作品を制作した後に,表で示した表現の工夫の観点で作品のねらいを説明することになることを伝える。
・ソフトウェアの使い方を重視するのではなく,効果的に自分の考えを伝えることを重視するよう伝える。
展開
(45分)
POP広告の制作(1~2限目)
・プレゼンテーションソフトウェアを使い,生徒自身が推薦する本のPOP広告を作成する。
・POP広告を作成するにあたって,工夫した点とその理由を表現する。

・作成した後に,工夫した点とその理由を説明させることを伝えておく。
・指定したファイルに入力させる。
まとめ
(5分)
まとめ(2時限目のみ)
・本時の学習内容を確認する。

▽3時限目(表現の工夫を読み解く)

学習内容・学習活動 指導上の留意点
導入
(15分)
相互評価の目的,評価方法の理解
・他者の表現の意図を読み解く必要性を理解する。
・相互評価の方法について説明を聞く。

・情報には必ず発信者の意図が含まれることと,情報の真偽や偏りなどを見分けることが大切だと気付かせる。
展開
(35分)
相互評価の実施
・他の生徒のPOP広告3つを閲覧し,表現の工夫の観点から作品を分析し,ワークシートに回答する。

・誰が制作した作品か分からないようにして,評価する作品を割り当てる。
・回答が思いつかない生徒には,表現の工夫を自分が入力したときのことを思い出させる。

▽4時限目(相互評価の確認)

学習内容・学習活動 指導上の留意点
導入
(5分)
本時の学習についての理解
・前時の相互評価を使って,発信者と受信者の違いを体験することを知る。
展開1
(10分)
POP広告の作者の意図を確認
・自分が評価したPOP広告について,作者が作成するにあたって工夫した点とその理由を読む。

・自分が評価した作品について,表現の工夫の観点から,作者の説明と一致しているかを確認する。
展開2
(35分)
POP広告の作品に対する評価を確認
・立場を変えて,自分が作成したPOP広告に対して,他の生徒がどのように評価しているかを確認し,うまく伝わった部分と,そうでないところを分析し,ワークシートに記入する。

・POP広告を見た人が自分のねらいと違う受け止め方をしている場合があり,効果的な表現が必要なことに気付かせる。

▽5時限目(色の表現の学習)

学習内容・学習活動 指導上の留意点
導入
(15分)
本時の学習活動についての理解
・色が与える印象について,クラス内で共有し,色の表現について学習することを理解する。

・色の印象が個性や文化,環境によって違う部分があるが,人間として無意識に反応してしまう部分があることを実感させる。
展開
(30分)
色の表現の学習
・色の分類について理解する。
 ①有彩色,無彩色②色の3属性③色相環
・色のイメージについて理解する。
・色の分類を生かした表現方法,配色を理解する。(ウェブサイト「配色の見本帳」の利用)



・対比の強弱を理解する。(明度→色相→彩度)

・色の分類と印象を結びつけ,伝達する情報に合った色を選択できるようにさせる。
・多くの色を使えばいいわけではなく,伝えたいイメージに合わせた1色を中心に,バランスをとった配色で受信者に考えを伝達する色使いを習得させる。
・人間にとって,明るさの対比が判別しやすく,鮮やかさの対比が判別しにくいことを実感させる。
まとめ
(5分)
まとめ
・本時の学習内容を確認する。

▽6時限目(色の表現に関する実習,文字の学習)

学習内容・学習活動 指導上の留意点
導入
(5分)
前時の復習と本時の学習の概要についての理解
・ウェブページ「Color of Book」に掲載されている雑誌の表紙画像を見て,色の与える効果を復習するとともに,本時の学習内容である文字の表現方法を比較して,学習の概要を理解する。

・ふだん見ている雑誌の表紙には,「色」の表現理論に基づいたデザインがされていることを確認する。
展開1
(15分)
色による表現の実習
・以前制作したPOP広告を色の変更だけで,指定した6つの印象(活発,温和,自然,切なさ,冷酷,恐怖)が他者に伝わるよう表現する。
・作品を見せ合い,自分の伝えたい印象を色で他人に伝達できたか確認する。

・文字の内容にかかわらず,色の使い方で違った印象を与えることができることを理解させる。
・色のイメージ,配色による情報伝達の有効性を確認させる。
展開2
(30分)
文字の表現の学習
・文字の読みやすさの要素(可読性,視認性,判読性)を理解する。
・書体の特徴(明朝体・ゴシック体,太さ,等幅フォント,和文・欧文フォント)を理解する。
・書体の与える印象(ふところ,字面)を理解する。



・短文(タイトル),長文(本文)それぞれに適した文字の間隔(カーニング)と行の間隔(行送り),行長が与える効果を理解する。
・文字の装飾(サイズ,色,太さ,書体,下線,斜体)の適切な組み合わせについて理解する。





・各書体によって与える印象が異なることを体験させ,場面や用途に応じて書体を使い分けすることが大切だと気付かせる。
・実際に,生徒に文字や行の間隔,行長を操作させて,印象が変わることを理解させる。

▽7時限目(アイキャッチャーとレイアウトの学習)

学習内容・学習活動 指導上の留意点
導入
(10分)
今時の学習の概要についての理解
・自分が作成したPOP広告のレイアウト(タイトル,本文,図形・イラスト・画像の大きさ・比率,配置,余白など)を振り返り,今時の学習の概要を理解する。

・ワークシートに取り組むことで,自分が作成したPOP広告のレイアウトを確認できるようにする。
展開
(40分)
効果的なアイキャッチャーの学習
・表示されているタイトルなどの各部分の大きさの関係(ジャンプ率),効果的な図形と画像について理解する。
・レイアウトによる視線の誘導について理解する。



・余白による境界線と大きさによって与える印象について理解する。
・その他の注意(図形や直線による境界線)について理解する。

・規則的な大きさの変化,目立つ図形,画像の特徴を理解させる。
・配置するものを規則的に配置したり,大きさを変化させたりすることでリズム感が生まれることを意識させる。
・見落としがちな余白の重要性を意識させる。
・シンプルな区切りを意識させる。

▽8~9時限目(POP広告制作 2回目)

学習内容・学習活動 指導上の留意点
展開
(50分)
POP広告の改善
・1回目に制作したPOP広告を修正する。


・POP広告を修正するにあたって,工夫した点とその理由を表現する。

・学んだ知識を活用し,自分の考えに合わせて効果的な表現方法を考えるよう伝える。
・前回よりデザインの基礎理論を使用した記述を意識させる。

▽10時限目(表現の工夫を読み解く 2回目)

学習内容・学習活動 指導上の留意点
導入
(10分)
今時の学習の概要についての理解
・再度,相互評価を行うことを知る。

・デザインの基礎理論を利用し,情報に含まれる発信者の意図を,論理的に分析した回答をするように伝える。
展開
(40分)
相互評価の実施
・他の生徒のPOP広告三つを閲覧し,作品にこめられた作者の表現の意図を自分なりに考え,ワークシートに記入する。

・誰が制作した作品かわからないように,評価する作品を割り当てる。

▽11時限目(相互評価の確認 2回目)

学習内容・学習活動 指導上の留意点
展開1
(20分)
POP広告の作者の意図を確認
・自分が評価したPOP広告について,作者が作成するにあたって工夫した点とその理由を読む。

・デザインの基礎理論の学習によって,1回目より発信者の意図が読み取れるようになったかどうかを確認させる。
展開2
(20分)
POP広告の作品に対する評価を確認
・立場を変えて,自分が作成したPOP広告に対して,他の生徒がどのように評価しているかを確認し,うまく伝わった部分と,そうでないところを分析し,ワークシートに記入する。

・デザインの基礎理論の学習によって,1回目より受信者へ自分の考えが伝達できていたかどうかを確認させる。
まとめ
(10分)
本単元のまとめ
・事後アンケートを記入し,授業で学んだことを共有する。

・デザインの基礎理論を活用することで,自分の考えをより適切に受け手に伝えることができることを確認させる。
・情報の発信者の意図を見極めることが重要であることを伝える。

5 実践結果の考察

 (1) 作成したPOP広告の変化

作成したPOP広告についての評価は,1回目と2回目に作成したPOP広告を比較して行った。
作品中に,表で示した3観点それぞれに関して一つ以上の項目で,学習内容にあった表現ができているものに,学習活動におおむね満足できる「3」とした。また,3観点3項目の全てで変化があるときに十分満足できる「5」,3観点それぞれで3項目のうち二つ以上の変化があるときに満足できる「4」,3観点のうち2観点で3項目のいずれか一つでも変化があるときにやや努力を要する「2」,それ以外を,努力を要する「1」とした。
 その結果,「5」の評価が6%,「4」の評価が24%,「3」の評価が29%となり,約6割の生徒が学習内容を踏まえた作品を制作した。事後アンケートには,「この授業を受ける前は,好きな色を使って(自分の)感情のイメージで作品を作っていたけど,デザインの基本を学んだ後は,見る人の立場に立って考えるようになった」というような記述があり,生徒が学習した知識を実践的に活用していることが分かる。

図1 作品の変化の例
生徒の作品の変化

 (2) デザインの工夫に関する説明

表現技法の基本を学習後に,ワークシートに記入したPOP広告のデザインに関する説明文を評価の対象とした。3観点それぞれで一つの項目でもデザインの基礎理論に基づいた説明を記述できていれば,学習活動におおむね満足できる「3」とした。その他は,3観点3項目の全てで的確な記述があるときに十分満足できる「5」,3観点それぞれで3項目のうち二つ以上で的確な記述があるときに満足できる「4」,3観点のうち2観点で3項目のいずれか一つでも的確な記述があるときにやや努力を要する「2」,それ以外を,努力を要する「1」とした。
 その結果,「5」の評価が17%,「4」の評価が24%,「3」の評価が33%となり,7割以上の生徒が「3」以上の評価になった。生徒のワークシートには,色の強調項目に関する記述の中で,1回目は「一瞬見ておっと思えるように色の強さを考えた」としていたものが,2回目には「全体を大体黒色にして,恐怖心を高めた中,黄色を使って恐怖心の中に希望があるように見せた」に変化しており,学習内容を理解して工夫した説明ができるようになっていた。デザインの基礎理論の学習の事前事後に,作品制作とその工夫の説明をさせることで,論理的な表現方法の有効性をより明確に気付かせることができた。

 (3) 本研究を通した生徒の変化

今回の研究では,デザインの基礎理論を学習させた上でPOP広告を作成させ,作品制作の工夫とその理由を説明させた。このことにより,学習した内容を定着させることができ,効果的かつ論理的な視覚表現力を高めることができたという点では,一定の成果があったと判断できる。また,作品には作者の意図が必ず含まれるということも理解させることができた。事後アンケートで「今回,情報の授業で『POP広告』制作での表現の学びでしたが,これまでにこのような経験がなく,雑誌などを見てもデザインなどについて深く考えることはなかったので感じませんでした。しかし,最近本屋さんなどに行き,雑誌をながめていると,『この本のアイキャッチャーはこれだな』『ここの文字はなぜ大きくしてあるのだろう』といった発見や疑問が浮かんでくるようになりました」という記述もあった。デザインの理論の学習により,より効果的に自分の考えを伝えることができる力を身に付けるとともに,情報に含まれる発信者の意図を分析し読み取ろうとすることの重要性を理解した生徒もおり,メディアリテラシーを育成できたと考えられる。

6 おわりに

 今回の研究では,POP広告の作成という取組を通して,効果的な情報発信能力の育成を図るとともに,情報に含まれる発信者の意図を分析し読み取ろうとする態度の育成を目指したが,メディアリテラシーという視点では,新聞やテレビなどより多様なメディアから情報を分析し批判的に読み解く力の育成も重要であり,今後も授業の研究を進めたい。