長久手古戦場  <時代>安土・桃山時代  <地域>尾張
長久手古戦場 勝入塚

<所在地> 愛知県長久手市武蔵塚204(名古屋ICより車で10分)
<概要>
 1584年(天正12)小牧・長久手の戦いの折,織田信雄(のぶかつ)・徳川家康の連合軍と羽柴秀吉諸軍とが戦った跡である。この長久手の戦いでは,家康方が優勢に戦いを進め,秀吉軍方の池田恒興(つねおき),森長可(ながよし)などの大名が戦死し,秀吉軍が退却をした。
 この戦いの跡には塚が築かれ,鎮魂の松が植えられ,1939年(昭和14)に長久手古戦場として国の史跡に指定された。
<学習のポイント>
 長久手の戦いの後は,大きな戦いになることはなく,秀吉は主力を撤退させ大坂に帰った。家康軍も兵をひき,秀吉と信雄との講和のあと,信雄の勧めで家康も秀吉と和解し,8か月にわたる戦いが終わった。
 家康は,1582年本能寺の変後,天下統一を進めた羽柴秀吉と敵対するようになったが,この「小牧・長久手の戦い」で和睦をした。
<見学のポイント>
 この古戦場には,武蔵塚や勝入塚などの塚がある。
 武蔵塚は,秀吉方の大名森武蔵野守長可(もりむさしのかみながよし)(兼山城主)の戦死した場所として伝えられている。長可は,1582年(天正10)本能寺の変で,信長と共に戦死した森蘭丸の長兄である。
 勝入塚は,秀吉方の大名池田勝入斎恒興(いけだしょうにゅうさいつねおき)(大垣城主)の戦死した場所として伝えられている。
<参考資料>
「文化財マップ」
<問い合わせ先>
長久手市教育委員会 0561-63-1111
長久手市郷土資料室 0561-62-6230

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