神守の宿場跡(かもりのしゅくばあと)  <時代>江戸時代  <地域>尾張
現在の町並み 神守の一里塚跡

<所在地> 津島市神守町中町 (名鉄津島線青塚駅下車徒歩25分)
<概要>
 江戸時代,熱田の宮から桑名の宿場へ入る海上七里の東海道に代わる脇街道として,熱田から千音寺を経て津島に入り佐屋湊へと至る佐屋街道が利用されてきた。
 万場(名古屋市)の宿と佐屋の宿との間が長かったため,1647年(正保4)に「神守の宿」が定められた。この宿場は憶感(おっかん)神社を中心に宿屋・商家が立ち並び,宿駅の役目を果たしてきた。今は,憶感神社とその周辺にわずかに名残を残すだけである。
 また,神守町には1661〜73年(寛文年間)に設けられたと推定される一里塚が残っている。一里塚は,街道の両側に一里(約4km)ごとに設けられた塚のことで,多くはその上に榎(えのき)を植えて旅人の目印にしたものである。神守の塚の上には椋(むく)の老樹が立ち,往時をしのばせている。

<学習のポイント>
 佐屋街道が脇街道であるにもかかわらず発展した事情や,神守宿以外の他の宿について調べてみよう。また,佐屋湊(みなと)と津島湊との関係についても調べよう。
<参考資料>
 津島市役所ホームページ
<問い合わせ先・ホームページ>
 津島市役所 0567-24-1111(代表) http://www.city.tsushima.lg.jp/ 

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