ヨハネス・デ・レーケ ―治水の恩人―  <時代>明治時代  <地域>尾張
ヨハネス・デ・レーケ像 船頭平閘門

<関係地> 船頭平公園  愛西市立田町福原 (名鉄尾西線佐屋駅下車 車で15分)
<業績>
 ヨハネス・デ・レーケは明治政府に招かれて来日したオランダ人技師である。木曽三川分流工事をはじめ,多くの河川・港湾の設計や工事の指導をした。
 「治水は治山にあり」という理念の下,分流工事だけでなく,山林の保護や砂防工事も提案した。
 工事の中心は,川幅を広げ,川の蛇行をなくし川岸に連続した堤防を築くことであった。
 実際に工事が終わったのは1912年(明治45) である。 
<年譜>
1873年(明治 6) 日本政府の招聘により来日
1878年(明治11) 木曽三川改修意見書を提出
1886年(明治19) 木曽川改修計画を完成
1887年(明治20) 改修工事の着工
1900年(明治33) 分流工事完成
1903年(明治36) オランダに帰国

<学習のポイント>
 木曽川の下流に住む人々の暮らしの工夫を調べてみよう。 
<見学のポイント>
 「輪中の里」では, デ・レーケの業績がビデオで紹介されている。また,長島輪中について展示解説している。
<参考資料>
 「木曽三川流域誌」「はばたく大愛知」
<問い合わせ先・ホームページ>
 愛西市教育委員会社会教育課文化財係 (0567) 37-0231
 木曽川文庫  (0567)24−6233  http://www.cbr.mlit.go.jp/kisokaryu/bunko/index.html/

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