塚本 貝助(つかもとかいすけ)―七宝焼の育ての親―  <時代>明治時代  <地域>尾張
塚本 貝助 伝 塚本貝助作 婦人像

<関係地> あま市七宝郷土資料館  あま市七宝町遠島  (名鉄津島線七宝駅下車徒歩20分)
<業績>
 1828年(文政11)遠島村(あま市七宝町遠島)の塚本甚右エ門(つかもとじんえもん)の五男として生まれた。幼少のころから,版木などを彫刻していたようで,美術に対する十分な素質に恵まれていたようである。彼は,林庄五郎から七宝焼製造の協力を求められて,それに従事していたが,釉薬(ゆうやく)の伝授は受けていなかったようである。彼は,釉薬の秘密を探るため,名古屋を毎日のように歩き回って,師庄五郎の買い求める原料を突き止めた。
 その後,上京し,アーレンス商会の工場長として七宝焼製作に従事した。そこで,ドイツ人化学者ワグネルと出会い,今日の豪華華美な七宝焼の製作が可能となった。
<年譜>
1828年(文政11) 遠島村(今のあま市七宝町) に出生
1875年(明治 8) 東京アーレンス商会で七宝焼に従事する
1887年(明治20) 70歳,東京で没

<学習のポイント>
 七宝焼の工程について調べよう。 
<見学のポイント>
 あま市七宝町郷土資料館には,古代七宝(江戸末期〜昭和初期)・戦前の炉・道具が展示されている。また,すぐ南にあるアートヴィレッジには,伝統の技術・技法等匠の技に触れることができる。
<参考資料>
「七宝町史」 「わたしたちの七宝」
<問い合わせ先>
あま市役所生涯学習課文化振興係  (052)442−8522
あま市七宝町七宝焼アートヴィレッジ (052)443−7588

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