鈴木 正三(すずきしょうさん)−民衆の生活に根ざした教えを− <時代>江戸時代  <地域>西三河
木造鈴木正三和尚座像(恩真寺)

<関係地> 恩真寺(豊田市山中町) 心月院(豊田市則定町) 鈴木正三記念館(豊田市則定町)
<業績>
 正三は,徳川氏の家臣であったが,42歳のときに出家して僧侶となった。武士であった頃から,独自の考えを書物にまとめた。代表作の一つである「万民徳用」は,仮名書きのやさしい和文で,「人々の心のもち方が自由になり,人々が心の世界の中で,自由に振る舞うことができるようになるためならば,南無阿弥陀仏と念仏を唱えるのもよし,座禅をしてみるのもよし,さらには,そんなことは何もしなくても,毎日,自分に与えられたそれぞれの仕事に,精一杯打ち込んで働いていけば,それが,人間として完成していくことになる」と,民衆の日常に目を向け,宗教,禅,念仏にとらわれずに,世俗的な職業に励むこと自体が,仏教修行であると説いた。このことから正三は,職業倫理を日本で初めて説いた禅僧だと言われている。正三は,この考えを広く民衆に広めるため,各地の寺の整備にも努めた。
<年譜>
1579年(天正 7) 三河国豊田市則定町に生まれる
1595年(文禄 4) 仏道に志す
1620年(元和 6) 江戸で出家する
1623年(元和 9) 千鳥山(豊田市)で修行する
1631年(寛永 8) 医王寺を修復再建する
1632年(寛永 9) 恩真寺を開く
1655年(明暦 1) 76歳で没

<学習のポイント>
 座禅を組むのはどうしてなのかを考えてみよう。
 カルバンの教えとの類似点を見付けてみよう。
 島原の乱の後,初代天草代官となった弟重成と正三の活躍について調べてみよう。
<参考資料>
「鈴木正三という人」神谷満雄著
「豊田の文化財」豊田市教育委員会
「鈴木正三顕彰誌」鈴木正三顕彰会
<問い合わせ先>
 豊田市郷土資料館 0565-32-6561

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