和泉手延べ長そうめん(いずみてのべながそうめん) <時代>江戸時代  <地域>西三河
出来たての手延べ長そうめん 箱づめされた手延べ長そうめん

<関係地>  安城市和泉町一帯
<概要>
 和泉そうめんは,天明のききん(1782年〜1788年)にそうぐうした和泉村(現在の安城市)の農民が,日々の食べ物にも困った結果,鷲塚村(現在の碧南市)でそうめんづくりを習い,それを村に広めたことに始まるとされている。もともと明治用水ができる前までの和泉村は,水に乏しく米作りより小麦を作るのに適していた。1808年(文化5)には,和泉村庄屋の都築孫助が,重原藩(刈谷)役所へ暑中見舞いとして地産そうめんを贈ったという記録が正式に残っている。
 和泉手延べ長そうめんの特徴は,半生で長さが3.6mと長いことや,製造が冬ではなく夏(6月〜8月中旬くらいまで)に限られていることである。時期になると,日の出前から,こね(小麦粉に食塩水を混ぜて生地をつくる),かけば(ひも状の生地を2本の竹の棒にかける),こびき(2本の竹の間のめんを少しずつのばす)といった作業を行い,夕方,加湿しやわらかくしたあと商品を袋に包み完成となる。
なお,原料を混合しこねて生地を作るには,当日の温度や湿度,風といった気候条件にあわせて塩加減を調整する必要があるため,熟練のいる作業となっている。
 ※製造する店により,製造工程に若干の違いがある。
<学習のポイント>
 なぜ,和泉手延べ長そうめんは,夏の限られた時期だけに作られるのか調べてみよう。
 手延べ長そうめんの伝統を守っていくために,どのような苦労があるのか調べてみよう。
<参考資料>
 「明治村史 下巻」
<問い合わせ先>
 みどりや麺店 0566-92-1025

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