三河国分寺跡 <時代>奈良時代 <地域>東三河
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三河国分寺の銅鐘 |
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<所在地>豊川市八幡町本郷31 (名鉄名古屋本線国府駅下車徒歩20分)
<概要>
国分寺は,奈良時代の741年(天平13)に聖武天皇が発した「国分寺建立の詔」により,東大寺を総本山として諸国に建てられた。 三河国分寺は,三河の国府に近い八幡(やわた)の台地がその建立地に選ばれた。 国分寺の寺域の発掘調査は,1985年(昭和60)から本格的に行われ,181uの寺域をもち周囲を築地塀(ついじべい)で囲まれていたことが分かった。 寺の伽藍配置(がらんはいち)は,南大門・中門・金堂・講堂が南北一直線に並び,中門と金堂をつなぐ回廊(かいろう)があったことが確認されている。 また,伽藍の中心から西方向にある森の中には,七重塔が建っていたと考えられる礎石(そせき)が発見されている。
<学習のポイント>
奈良時代の中心である聖武天皇が,仏教の力に頼りその加護により国を治めようとした鎮護国家(ちんごこっか)思想の具体例として三河国分寺・国分尼寺跡を取り上げたい。
<見学のポイント>
現在も三河国分寺跡には,国分寺と称する寺が建っているが,れは後に西明寺(さいみょうじ)の和尚によって再興されたものである。
境内には三河国分寺時代の貴重な遺品である銅鐘を見ることができ,伽藍配置を示す説明板等がある。
<参考資料>
「豊川市史」・「愛知県の歴史散歩」・「豊川の歴史散歩」・「図説東三河の歴史」
<問い合わせ先>
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