八幡宮(はちまんぐう)     <時代>奈良時代  <地域>東三河
八幡宮拝殿 八幡宮本殿

<所在地>豊川市八幡町本郷16(名鉄名古屋本線国府駅下車,徒歩20分)

<概要>
社伝によると,この社は7世紀半ばごろ,大分県の宇佐八幡宮から分霊(ぶんれい)して,この地に迎え,まつられたと言う。道路を隔てたすぐ東側には国分寺の跡がある。奈良時代に入って諸国に国分寺が造営されると,宇佐八幡宮から分霊してまつられた手向山八幡宮(たむけやまはちまんぐう)が東大寺の鎮護(ちんご)の神となったように,この八幡宮も三河国分寺の鎮護の神として人々の尊崇(そんすう)を受けるようになったと考えられている。また,源頼朝,今川氏真(うじざね),徳川家康が社領を寄進しているように,武家とのつながりもある。
 本殿は,1477年(文明9)の建立で,室町時代中期のものである。建築形式は三間社流造(さんげんしゃながれづくり),屋根は桧皮葺(ひわだぶき)である。三間社流造というのは,流造のひさしの部分の軒柱が四本で,柱間が三つある流造ということである。桧皮葺とは,桧(ひのき)の皮を重ねてふくふき方で,高級建築に用いられる。1907年(明治40)に国の重要文化財に指定された。素朴な鎌倉時代建築から装飾の多い江戸時代建築へ移る中間の,室町建築の特徴を備えていると言われる。

<学習のポイント>
奈良時代,聖武天皇が仏教の力に頼りその加護により国を治めようとした事例として,国分寺・国分尼寺とあわせて学習しよう。

<見学のポイント>
国宝に指定されている本殿は,三間社流造,桧皮葺で室町建築の特徴をよく表している。拝殿向かって右側からその様子がよく見られる。

<参考資料・ホームページ>
「豊川市史」「豊川の歴史散歩」

<問い合わせ先>
桜ヶ丘ミュージアム 0533-85-3775

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