【実践報告5】
自己成長する生徒の育成
−部活動に「メンタルトレーニング」と「構成的グループエンカウンター」を取り入れて−
1 対象集団の状況
本校は,13学級,全校生徒506人の中規模校である。平成18年2月に実施した「心の健康と生活習慣の
関連実態調査」(対象3年生4クラス155人)では,全国調査(2000年)と比べたとき,自己効力感がやや高
く,不安傾向がやや低く問題行動として表出する割合がやや低いという傾向が分かった。この集団は,
自己効力感がやや高いことから自我アイデンティティの獲得がスムーズにできる可能性が高く,不安傾向
がやや低く問題行動として表出する生徒の割合がやや小さいことは,感情交流を図り,交友の学習の効果
が上がる可能性が高い集団であることを示唆していた。
対象は,この3年生集団に所属する軟式野球部員と2年生軟式野球部員である。4月,新年度早々部員
の抱負を聞いた。「もっと打てるようになりたい」「東三河大会に出たい」など,前向きな目標をたくさ
ん聞くことができた。5月,「地域に愛される野球部にしたい」と部長が言う。この発言から,チームを
まとめる部長や自ら成長したいと願っている生徒の目標や思いを感じることができた。生徒たちは,自分
らしさを発揮し輝きたいと願っている。しかし,実際には,自分らしさを発揮し自ら輝いている部員が数
多くいるわけではないし,部内に共感的なそして一体感を味わえる人間関係が構築されているとは言い難
い。そのような状況認識からこの実践はスタートしている。
そこで,自己成長を援助する「メンタルトレーニング」と,感情交流を促進しよりよい人間関係を構築
するための「構成的グループエンカウンター」を部活動に取り入れることにした。部活動の,「勝ち続け
なければどこかで終わる」というその場面で,自己効力感を感得し,お互いに成長し合えたことを喜び合
える部を目指していくことを考えた。前向きな気持ちで4,5月を迎えた生徒にはそれが可能であると見
立てた。
2 支援のねらい
この時期の生徒たちは,急速な身体的成長と性的な成熟が進行する状況にある。心の発達を支援すると
いう立場で生徒たちの健全な成長を考えたとき,まずはエリクソンの指摘する「自分についての自他のイ
メージや認識の動揺を克服して,自我アイデンティティの感覚を得る」という発達課題の達成を目指すこ
とが重要である。また,バーナードの挙げる「交友の学習」という発達課題も,中学生のこの時期に発展
させたい。これら二つの発達課題については,自分一人の力で達成するのは困難なものであり,学校や学
年,学級,部活動などの集団や様々な人間関係の中で,達成されるべきものであると考えた。
特に部活動では,頑張ったことを認めてくれる仲間がいてこそ,自分のよさをより強く自覚でき,さら
なる成長を目指す意欲がわくものである。仲間との一体感を味わうには,アドバイスを場に応じて素直に
聞き入れたり,相手の立場に立って相手のよさを認める言葉を発信したりすることが大切である。このよ
うな中で行われる感情の交流が部内に共感的な人間関係をはぐくむと考えた。共感的な人間関係を基盤と
し部員が意欲的に取り組む部活動を目指し,自分らしさを発揮できるという安心感と他者との一体感を味
わえる人間関係を構築していきたい。部という人間関係の中で,自己アイデンティティの獲得,さらには
自己成長を促したいと考えた。
3 支援の方法
部活動にメンタルトレーニングと構成的グループエンカウンターを取り入れて,それらを表1のように
継続的,段階的に実施し,部員の自己成長を支援した。
4 支援の効果の確認方法
次の(1)(2)により,生徒や集団の変容,実践の効果を確認した。
(1) 各実践の場で,生活の歩みや振り返りシート,シェアリングなどの授業記録を用いて,抽出生徒A
の変容を追うことで,メンタルトレーニング,構成的グループエンカウンターの有効性を検証した。生徒
Aを抽出した理由は次のとおりである。
抽出生徒Aの現状とAにかける願い
守備ではだれが見てもアウトと思える場面で暴投する機会が多い。打撃ではフライをあげる機会が
多い。どちらかといえば足が速い方の生徒である。また,どちらかと言えばチャンスには強い方であ
り,声を出してチーム全体を盛り上げることができる。反面,ミスをしたときの切り替えが遅い生徒
である。もっとチームの前面に立ってチームをリードしてほしい生徒である。目標をもって練習に取
り組み,共感的な思いをもって集団に働き掛けてチームを支えてほしい。部活動引退時には夢実現プ
ロジェクトの夢に少しでも近い位置に立たせたい。「なりたい自分」を思い描かせ,その実現に向け
て力強く歩ませたい。 |
(2) 達成動機測定尺度(資料1)1)を用いることで,集団や個の変容を明らかにし,メンタルトレー
ニング,構成的グループエンカウンターの有効性を検証した。
5 実践
(1) 活動@ 「夢実現プロジェクト やる気を引き出す」2)
ア ねらい
自分が本当に達成したい目標を自分の中に見付ける。
イ 活動の内容
@ 体を使った実験を通して,目標をもって行動することと目標をもたずに行動することの結果
の違いを体感する
A 目標をもつ大切さを感じ取れたら,「五つの質問」を使って自分が本当に願っている目標を
見付けていく
B 振り返りとシェアリング |
ウ 参加者の様子
まず生徒にねらいを説明したあと,歩く実験を行った。一人が5m程度歩き,もう一人が途中で手を出
して止める。次に歩く先に自分の希望があることをイメージして同じように歩き,もう一人は同じように
止めてみるという実験である。生徒たちの取組を見ていると,やはり二つの歩きに違いが出ることがよく
分かった。そして,二つの歩きを比べさせ,その違いを考えさせた。「希望のある方が,邪魔をされても,
それをどんどん押して進むことができた」「希望をもった歩き方は,勢いがあった」という声を聞くこと
ができた。
「希望=目標」として実験で体感した,目標をもつことの大切さを再確認させた後,「自分の目標を見
付けられる五つの質問」に取り組ませた。質問内容は,資料2のとおりである。生徒Aは,五つの質問の
Q1からQ3で,自分を客観的に見つめ,それを基に,Q4,Q5に資料3のように答えた。「盗塁を決
めて」「ナイスボールでアウトにできる」「右へ左へ両方打てる」選手になりたいという生徒A。また,
「チームのため」「チーム力」にも目を向けることができた。そして,緩い送球での暴投が多い生徒Aが
書いた「思いっきりやれる気持ち」の文字は他の3倍の大きさであった。これこそ,生徒Aが本当に手に
入れたい自分なんだと強く感じることができた。
そして,この日を境に練習に取り組む生徒たちの動きが変わった。より主体的になったのである。特に,
生徒Aは,練習の合間を全力疾走で移動し,だれよりも強い指示の声を出し,だれよりも先にボールを拾
う姿を見せるようになった。これに触発された同級生や下級生も現れた。何よりも生徒Aが考えて練習に
取り組むようになった。例えば,これまで,フリーバッティングでただボールを強く打ち返していただけ
であったが,資料3Q4の答えにも書いてあるように,「右へ打てる」「バント」「たたき」「選球」等
のねらいをもってフリーバッティングに取り組むようになったのである。
資料4は,生徒Aの振り返りシートである。「自分の目標がはっきりした」ことが「やる気」を生み,
具体的に「練習でやって」いくという姿として具現されたと考える。そして,このような練習は,お互い
にアドバイスし合えるレベルまでの高まりを見せながら,大会直前まで続いた。
エ 課題
生徒にとって,初めての取組であったため,戸惑う生徒がいた。「自分の目標を見付けられる五つの質
問」の「今の自分はどんな自分?」という質問に対して,具体的な答えを書けない生徒がいた。そこで,
顧問と対話しながら作業を進めることで,何とか書くことができた。
(2) 活動A 「夢実現プロジェクト 目標に向かって行動を起こす」2)
ア ねらい
「目標に向かって具体的に何ができるか」を自分で考え,行動に移すことができるようにする。
イ 活動の内容
@ ウェビング ※ウェビング:自分の考えを整理する方法。
テーマについて思いついたことを書いて丸で囲み、線でつないでいく
なりたい自分を用紙の中央に書く。前回「五つの質問」で自分が考えた本当に手に入れたい
自分になるために,自分ができることをどんどん用紙に記入していく。記入したことを○で囲
んで線でつなぎ,次々に思い付いたことを書いていく
A 夢実現プロジェクト
ウェビングで出てきたものを受けて,夢を実現するためのプロジェクト「強い選手になるた
めのプロジェクト企画書」をそれぞれで作成していく |
ウ 参加者の様子
生徒たちは,まず,ウェビングに取り組んだ。前回行った「自分が本当に手に入れたいものは?」を確
認してから,ウェビングに取り組んだ。「こうでなければいけない」という考えにとらわれず,出てきた
ことをどんどん書いていくように指示した。この作業をすることで,教員から与えられた方法ではなく自
分で納得できる方法を見付けることができればと考えた。十分に時間をとり全員がウェビングを書き終え
たところで,その用紙をながめさせた。そして,その中から行動に移したいものを幾つか選び出させた。
次に,生徒たちは,夢実現プロジェクトに取り組んだ。生徒たちの考えた「強い選手になるためのプロ
ジェクト名」は資料5のようである。
生徒Aは,「信頼のあるヒット量産マシーン」というプロジェクト企画書に「プロジェクト成功のため
にやらなければならないこと(五つ以上)」を資料6のように書いた。生徒Aの挙げた,やらなければい
けないことの一番目は,「生活で提出物をしっかりやって忘れ物をなくす」であった。「信頼のある」人
間になるには,部活動以外の生活が大切であると生徒Aは考えたのである。さらに,3,4番目には,家
庭に帰ってから行うことが書かれている。校内での練習だけでなく,帰宅後の「家」での練習や「寝る
前」に行うメンタルトレーニングにまで目を向けた生徒A。このような気付きを促し,自ら考え実践しよ
うという気持ちにさせたのは,「本当に手に入れたい自分とその方法」を客観視させた「ウェビング」と,
それを基に企画された「強い選手になるためのプロジェクト」にあると考える。
エ 課題
ウェビングで,自分でできることをたくさん書きすぎてしまったために,逆にプロジェクト名があいま
いになってしまったり,成功のためにやらなければないことが多くなってしまったりする生徒がいた。そ
のような生徒には,優先順位を付けるようにアドバイスしていった。
(3) 活動B 「構成的グループエンカウンター バースデーライン」3)
ア ねらい
部員同士の横のつながりを深めるとともに,円滑な人間関係をはぐくむため,ジェスチャーを使ってコ
ミュニケーションを図る。
イ 活動の内容
@ 先頭を基準として,4月1日から3月31日までの誕生日順に,一列に並ぶ。その際,話し
てはいけない
A 先頭から誕生日を順に聞いていく。間違いのあった場合は,正しい場所へ誘導する
B 振り返りとシェアリング |
ウ 参加者の様子
生徒たちは,指を使ったり口をパクパクさせながら自分の誕生日を伝え始めた。肩をたたいて相手を振
り向かせる生徒,ふだんはおとなしいのに自分から確認する生徒も現れた。お互いに視線を合わせて向き
合うことができているのがよい。並び終えたところで正しく並べているか確認したところ正解であった。
歓喜の大拍手。その後のシェアリング(分かち合い)で,生徒Aは「しゃべれなくてもお互いに思ってい
ることを伝え合えた。心が通じ合った感じがしてこれまでより仲良くなれた」の発言があった。
(4) 活動C 「構成的グループエンカウンター トラストウォーク」3)
ア ねらい
自分を他者にゆだねる体験をする。目を閉じて言葉を使わずに歩くことで視覚以外の感覚が意識され,
自分の周りの環境に対する新たな気付きを得る。
イ 活動の内容
@ あまり話したことがない異学年の人とペアをつくる
A じゃんけんで勝った人は目をつぶる。負けた人は,安全に注意しながら相手に運動場を案内
する
B 役割を交代し,同様に実施する
C 振り返りを行い,互いに感想を述べ合う |
ウ 参加者の様子
中学校総合体育大会では,力を伸ばしてきた2年生もベンチ入りさせるため,3年生と2年生で2人組
を作らせた。しゃべらないことを決まりとして提示し,スタート。生徒Aは,同じポジションの2年生生
徒Bとペアを作った。ライバルである。まずは,生徒Aが生徒Bを誘導した。最初は,お互いに緊張した
表情,ぎくしゃくした動きが見て取れた。時間がたつにつれ,徐々に生徒Bの表情が緩み始め,生徒Aに
自分をゆだねていく様子が分かるようになった。そして時間終了。「はあ〜っ」という何とも言えない歓
声。その後,お互いにこにこしながら,自然と話し出す生徒Aと生徒Bの姿があった。役割を交代して,
2回目を行った後,シェアリングを行った。会話の内容は資料7のようであった。「初めはびびってしま
った」生徒Aと生徒B。「安心して」という生徒Bの感情が生徒Bの「手の力を抜いた」症状となり生徒
Aに伝わった。それを生徒Bの寄せる信頼感として敏感に受け止めた生徒Aが「任されたんだ」と感じた
ことで,生徒Aは「いけるって気になった」のである(資料7)。
他者に自分をゆだねる体験を通して,信頼関係をはぐくむことができた。お互いに近い場所に長い時間
いる存在だからこそ,新たな気付きがより新鮮に感じられ,触れ合い体験の価値が更に高まったと思われ
た。
エ 課題
運動場で行ったため,遠くに行き過ぎたペアがいた。校舎の陰にまで行ってしまい,終了時,あわてて,
2人で走ってくる生徒がいた。戻ってくるように誘導できるコース指定することを考えた方がよかった。
(5) 活動D 「呼吸法とセルフコントロール プラス思考で心を強く」2)
ア ねらい
自分の可能性を自分自身がもっと信じられるような思考パターンを身に付ける。
イ 活動の内容
@ 自分のふだんの思考パターン(思考の癖)に気付き,思考を変化させることで,自分にどのよ
うな現象が現れるかを体感する
A 人には思考をプラスに変化させる力があることを伝えるため,自分で変化させることを促す
B 振り返りとシェアリング |
ウ 参加者の様子
ねらいを説明した後,緊張したシーンを思い出させ,心の中の声を紙に書き出させていった。資料8は,
生徒の発表した緊張したシーンとその時の心の声である。「勝っているとき」「チャンスの場面で」と生
徒が発表したように,自分たちが有利に試合を進めていたりチャンスであるにもかかわらず,生徒たちは
緊張していることが明らかとなった。また,「発表してもらった内容の共通点は何か」と聞いたところ,
「もしエラーしたらとか一発で決められなかったらというように,失敗した場面を考えてしまう」「マイ
ナスのことばかり考えていることが分かる(生徒A)」と答えるなど,緊張したとき,心の中の声がマイ
ナスの言葉に傾いていることを共通理解することができた。次に「板書されたマイナスの言葉をプラスの
言葉に変えるとしたらどんな言葉に変えられるか」を考えさせ,「落ち着くための心の声」として発表さ
せた。生徒たちは「アウトをとればヒーロー」「大丈夫」「決められるはず」などと発表した。
次に,心の声と体の力の関係を体感する実験を行った。シェアリングでは,プラスの言葉を言うと力が
発揮できマイナスの言葉を言うと力が弱まることを確認し合う姿が見られた。心の中のマイナスの声をプ
ラスに変化させると緊張感が消えて落ち着くだけでなく,体のパワーもプラスに変化することを体験でき
た。次ページの資料9は体験後の生徒Aの振り返りシートの記述内容である。「おれならできる」と考え
て「思い切って」練習に取り組むだけでなく,「常にプラスのイメージをもって」という意識をもって
「生活する」という生徒A。さらに,メンタルトレーニングで「技術的にもうまくなった」ように感じ,
「今の自分ならエラーは絶対しない」「ヒットも打てる」と考えるようになった。「もし自分がエラーし
たら」と考えていた意識を変えたのは,生徒Aが「プラスの声を想像する」ことで「自分の体」や「筋肉」
の動きを変えるということに気付いたためであると考える。
エ 課題
心の声と体の力の関係を体感する実験では,その感じ方に個人差が表れたように思う。ざわついた雰囲
気になり集中しきれないムードの中「そんなにパワーが増えなかった」と振り返る生徒もいた。自分の内
面や身体感覚に意識を集中できるだけの落ち着いた場を設定することが大切である。
(6) 活動E 「呼吸法とセルフコントロール ピンチで心を切り替える」2)
ア ねらい
気持ちが追い込まれたときの,気持ちを切り替えるを方法を学ぶ。
イ 活動の内容
@ 気持ちが追い込まれている場面と,リラックスした場面をイメージして,それぞれの場面で
の呼吸に目を向ける
A 気持ちを切り替えるための,リラックス法,チャンネルチェンジ,センタリングを体験する
B 振り返りとシェアリング |
ウ 参加者の様子
ねらいを説明したあと,まず緊張したシーンを想像させ,そのときの呼吸の様子を確認させた。そして,
リラックスしたシーン(南の島の海岸で青空の下,のんびり横になっている)を想像させ,再び呼吸の様
子を確認させた。生徒たちは「不安になったり緊張したりすると呼吸が速くなる」「息をゆっくり鼻から
すって口から吐くと気持ちや呼吸が落ち着く」と答えるなど,呼吸と心の結び付きや呼吸法によってセル
フコントロールできることが体感できた。そして,何度も呼吸法を練習させた後,呼吸法と組み合わせて
軽くジャンプするなどして気持ちを切り替えるのが,リラックス法であることを生徒たちに告げた。
次にチャンネルチェンジに取り組ませた。よいプレーのイメージを思い浮かべているときの体の状態を
感じさせたあと,そのイメージに指サインを付けさせた。この指サインを合図に,よいイメージや体の感
覚が戻ってくるように繰り返し練習させた。そして,緊張した場面をイメージさせ,指サインでよい状態
にチェンジできるようになるまで練習させた。
最後にセンタリング(へそ下指3本の体の中心)の方法も教え,練習させ,体がぐらつかなくなること
を確かめさせた。生徒たちは,シェアリングの場面で,「呼吸と指サインは簡単にできて,楽になる」
「センタリングで体のぶれが減った」「家でも練習するぞ」などと話し合っていた。
資料10は生徒Aの振り返りシートである。生徒Aは「指サインを少し見るだけでも気持ちが変わった」
と書いている。変化を実感させることのできる講義であったため,「役に立つ」という思いを喚起するこ
とができた。また,生徒たちは落ち着けと言われてうなずくことはできても,具体的に何をしてよいのか
分からない自分がいたことをこれまでの体験で分かっている。生徒Aが言うように,今回の活動が「具体
的」な内容であったため,生徒たちに歓迎された。そして「具体的」であるが故に,生徒Aは「家でも練
習して」確実に身に付けたいと考えたのである。「特に」以降からは,ピンチの時にセンタリングを使っ
て集中力を高めてプレーしたいという強い決意を読み取ることができる。
その後の練習では,実際の試合で使えるようにその場の状況や個の気持ちの在り方に応じて,呼吸法,
指サイン,センタリングを取り入れていった。ポジティブな気持ちで積極的に練習に取り組む部員たちの
姿が見られた。
エ 課題
直後の練習試合では,やはり目の前の相手との対戦にのめり込んでしまい,セルフコントロールできな
い場面もあった。しかし,練習中から指サインなどを行わせることで,練習試合でも徐々にセルフコント
ロールを実践できるようになっていった。
(7) 活動F 「中学校総合体育大会」
7月上旬,3年生にとっては最後の大会,中学校総合体育大会が始まった。資料11は,全4試合の試合
結果と生徒の姿である。
資料11にあるように,「大きく呼吸し軽くジャンプする」「指サイン」でセルフコントロールする遊撃
手や生徒Aの姿を見ることができた。また,自然と飛び交うベンチの励ましの声などに,一体感を感じる
ことができた。
第4戦。4回1死3塁,生徒Aは指サインを見て打席に入った。初球,スクイズバント成功。3−2で
勝利。試合後,部員全員が笑顔で健闘をたたえ合う姿を見ることができた。
(8) 活動G 「構成的グループエンカウンター 私たちの得た宝物」4)
ア ねらい
部活動で,各自がどのような役割を担い果たしたかを確認し,感動体験を分かち合い,次への活動のス
テップとする。
イ 活動の内容
@ 中学校総合体育大会の翌日,部員が円座する
A 準備した紙をランダムに配る。教師の合図で一斉に各自がその紙に「君がいたおかげで・
・・」に続く文章を書く。1分ごとに,隣へ隣へと回していく
B 一回りしたら,自分の用紙を受け取る |
ウ 生徒の様子
翌日,大会とこれまでの部活動で得たものに気付かせるために,構成的グループエンカウンター「私た
ちの得た宝物」を行った。このエクササイズで,生徒Aは資料12のように,部員からの肯定的な思いでつ
づられた用紙を手にした。資料13は,生徒Aがシェアリングで話した内容である。「声と守備のことを書
かれるとは思っていたけど,全力疾走のこともみんなに書いてもらえてうれしかった」と話す生徒Aの姿
を見ることができた。自分とチームのためにという思いをもって練習から試合まで頑張り通し,その姿を
部の「みんな」が見ていてくれたことを喜ぶとともに,自分自身を「強くなれた」と語った生徒A。今回
の実践を通し,部という集団の中で生徒Aが自己効力感を感得し成長する姿を見ることができた。
エ 課題
シェアリングが進むにつれて,3年生が話す姿は下級生への語り掛けになっていった。その姿に圧倒さ
れ,下級生からの発言が少なくなってしまった。3年生からの語り掛けを受けて,下級生からも3年生の
思いを受け継ぐという内容の話が出てくれば,更によい実践になったと思われる。
6 結果と考察
(1) 結果
ア 生徒Aの変容
達成動機測定尺度の比較を見ると,生徒Aの第2回目の得点が第1回目に比べ上昇していることが分か
る(表2)。資料15でも,生徒Aは「プロジェクト」の達成を目指したことで「やればできる」という
自信を得,「弱い自分が強くなった」と言っている。また生徒Aは継続して練習してきた呼吸法や指サイ
ンが落ち着きや力を発揮するためのプラスの言葉を引き出したとも言っている。これら資料15の記述から
も生徒Aの得点の上昇は,生徒Aが自分の目標に向かって行動したい努力していこうという経験を積み重
ねてきた結果であるといえる。生徒Aの項目6の得点も上昇している。資料14でも生徒Aは自らのスクイ
ズで得点したにもかかわらず,最後に勝てたのは「みんなのおかげ」と書いている。このことから,生徒
Aは「みんなのおかげ」という共感的な思いをもって活動することのよさを感得できたととらえた。また
生徒Aは資料14にあるように,文句も言わずベンチで応援する「試合に出られない3年生」や2人の2年
生とも「一緒になって」戦えたという一体感を感じ取ることができた。
さらに資料15からは,生徒Aがチームの一員として「信頼のあるヒット量産マシーン」を目指して頑張
ってきたことが仲間にも認められたため「自信を手に入れ」「強くなった」ことが分かる。一連の取組を
通して,生徒Aは自己効力感を感得することができたと評価している。
イ 集団の変容を捉えた達成動機測定尺度
各問の得点分布を見ると,すべての項目で高得点方向に上昇している(表3)。これは,一連の手だて
が有効に機能し,集団として「困難なことにも挑戦し成功させたい」「ものごとを最後までやり遂げたい」
という集団に変容したということになる。平均点が一番上昇したのは項目9である。自分の決めた「夢実
現プロジェクト」に全員がチャレンジしてきたことで,自らのために一生懸命努力する体験を有意義だと
とらえることができたと考えられる。2番目に上昇幅が大きいのは項目6である。みんなのためにという
共感的な思いをもって活動する集団に育ったのは,信頼関係,リレーションづくりをねらった構成的グル
ープエンカウンターが有効に機能したことが一因であったと考えている。
(2) 考察
ア メンタルトレーニングによる心の発達の支援について
「やる気を引き出す」プログラムとして,「体を使った実験」「自分の目標を見付けられる五つの質問」
に取り組んだ。ここでは客観的に自分を見つめ「本当に手に入れたい自分」を明らかにすることができた。
次に「目標に向かって行動を起こす」プログラムとして,「ウェビング」「夢実現プロジェクト」に取り
組んだ。ここでは,具体的な行動内容を示した企画書を生徒自身の手で作りあげることができた。そして
中学校総合体育大会を核にした取組の中で,「プラス思考で心を強く」というプログラムを行った。心と
体の関係に気付き,プラスの言葉を言うと力が発揮できマイナスの言葉を言うと力が弱くなることを体感
し,さらに「ピンチで心を切り替える」プログラムに取り組み,リラックス法,チャンネルチェンジ,セ
ンタリングを学んだ。大会では生徒たちが指サインによるチャンネルチェンジを行う場面を何度も見るこ
とができた。一連のメンタルトレーニングによって,生徒たちは困難を乗り越えて「本当に手に入れたい
自分」を手に入れていった。「本当に手に入れたい自分」を手に入れるために努力したという事実から、
生徒たちが自我アイデンティティを確立していく上でメンタルトレーニングは有効に機能したと考える。
イ 構成的グループエンカウンターによる心の発達の支援について
信頼体験,リレーション作り,自己理解,他者理解等をねらって,構成的グループエンカウンターを行
った。各種エクササイズ,その後に行うシェアリングを積み重ねる中で,自己開示し合える人間関係に育
っていった。更に,自らのよさを仲間によって指摘されることによって自覚できたり,他者にもその生徒
のよさを教えたりすることができた。お互いによいところを聞くことができるため,部内の雰囲気が和や
かなものとなっていった。これらのことから,生徒たちは部という集団の中で温かい人間関係をはぐくみ
ながら「交友の学習」を進めていったことが分かる。更に,中学校総合体育大会という行事を核にして構
成的グループエンカウンターを行い,互いの取組を認め合うことを通して,自己成長した姿を集団の中で
確認し合うことができた。また「みんなのために自分も頑張った」という集団との一体感や自己効力感を
感得することができた。これらのことから、自己理解、他者理解が明らかに進み、それが自分についての
自他のイメージや認識の動揺の克服につながったと考える。生徒たちは自我アイデンティティ獲得の途に
ついたといえる。
ウ 今後の課題
必要以上に緊張してしまい,今回の実践で学んだことを,試合で実践しきれない生徒がいた。これは,
試合直前にこれらのトレーニングなどを短期間に実施したことが影響していることが考えられた。そこで,
試合の直前ではなくもう少し時間をかけて,メンタルトレーニングと構成的グループエンカウンターを行
うなど,実施方法を更に考えていきたい。また,この実践で会得したものや自信を,部活動以外の学校生
活にも広げていく方策を探っていきたい。
<参考資料>
1) 堀洋道『心理測定尺度集T人間と社会のつながりをとらえる<対人関係価値観>』(サイエンス社,2001)
2) 加藤史子『メンタルトレーニングで部活が変わる』(図書文化社,2004)
3) 國分康孝『エンカウンターで学級が変わるショートエクササイズ集』(図書文化社,1999)
4) 國分康孝『エンカウンターで学級が変わる中学校編』(図書文化社,1996) |