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【実践報告6】
進路意識を高め,学校生活に前向きに取り組む生徒の育成 −キャリア教育にグループ・アプローチを活用して−
1 対象集団の状況 (高等学校2年生 男子25人,女子14人)  対象集団は,昨年度まで勤務していた高校で,担任をしていた2年生理系クラスである。平成19年に 創立40周年を迎える全日制普通科高校(1学年6クラス)で,在校生の90%以上が進学希望である。本 実践の対象集団は,4月の進路希望調査では,クラス全員が理系4年制大学へ進学希望している。クラ スの雰囲気は,明るく元気のよい生徒が多く,1年次より学習面だけでなく,部活動,学校行事などの 学校生活全体にわたり,比較的まじめに取り組んできた生徒が多い。しかし,大学卒業後の進路や,大 学の学部,学科まで決めている生徒は,わずか数名にすぎない。前任校2年生の進路調査の結果として は,ほぼ標準的な状況ではあるが,2年生になって,いわゆる中だるみ状態に陥っていったり,日々の 学習や部活動等に対しても意欲をなくしていたり,成績不振であったりする生徒も数名いた。 2 支援のねらい 今回の実践を通して,生徒が自己理解を深め,進路意識を高めること。現在の学校生活が,将来につな がるものであるという実感をもてるようにすること。将来の夢や生き方をイメージしながら,今後の進 路についてよく考えて,できるだけ具体的な目標と実現のための方法を見付け,毎日の学校生活を前向 きに取り組むことができるよう促すことをねらいとする。 こうして,生徒たちが進路成熟度を高めることが,ハヴィガーストが示している青年期中期の発達課題 である「職業の選択及び準備」「行動を導く価値観や倫理体系の形成する」「自己実現に努め,社会の 一員として自覚に基づき行動できるようにする」などの課題を達成することになると考える。 3 支援の方法 表1にあるような活動を通して,第一に,自分のことを見つめ直し,自分の個性に気付くことができ るようにする。第二に,活動を通して,自分の「キャリアアンカー」(資料1)や重視している価値に 気付かせる。自分はどのようなことに価値をおいているかということに気付いた上で,グループで話し 合うことにより,職業選択や将来を考える参考とする。第三に,自分が思い描いた未来の夢や,イメー ジを実現させるための具体的な方法を書くことによって,進路へ意識を集中できるようにする。卒業後 の学校を決めることだけに終始せずに,まずは,短期的な目標をもたせることで,段階的に,将来のや りたい仕事を思い描き,進路実現に向けての具体的な方法を考えることができるように援助する。 【表1 実施計画】
【資料1 キャリアアンカーとは】1)
E.H.シャイン氏が提唱したもので, 人が仕事との接点で感じる三つの側面を総合した自己イメージ
である。@自分の力(能力・才能)がうまく発揮できる[自分の能力・才能が生かせる]A自分の本
当にやりたいことができる[自分の欲求・動機に合っている],B自分にしっくりくることができて虚し
くない[自分の感じる意味・価値と適合している]。人はアンカー(船の錨)を知ることにより,航路
から外れずに, 安全な港に停泊できるようになるのと同様,長い仕事生活(キャリア)という航海での
よりどころとなる錨がある。それをキャリアアンカーと呼び,どうしてもあきらめたり捨て去ったり
することができない一つのよりどころであると定義されている。自己イメージであるため,職種とし
て従事していることと一致しているとは限らず, 成熟とともに発達課題やそれを乗り越えたときに,
変化するものでもある。  
4 支援の効果の確認方法  支援により,進路意識や進路成熟度が高まったかどうかについては,以下の方法で確認をする。  (1) 進路希望調査(4月,9月,12月)  本校で,進路指導部が4月と9月に実施しているものを活用する。毎年2年生は,ほぼ全員が進学希 望である。4月の時点では,数名が志望学部学科を書いているのみであった。対象クラスには,12月に も実施して効果を確認する。  (2) 進路成熟態度尺度(9月,2月)2)  この尺度は,愛知教育大学の坂柳恒夫教授と竹内登規夫教授によって,進路指導の目標の一つである 進路発達・進路成熟の促進を図り,進路成熟度を測定するための尺度として開発された。尺度の内容は, @関心性:自己の進路に対して積極的な関心をもっているか,A自律性:進路への取り組み姿勢が主体 的であるか,B計画性:将来展望をもち,自己の進路に対して計画的であるか,と定義される。これら の三つの下位概念は,主に進学についての進路成熟を扱う教育的進路成熟,主に就職についての進路成 熟を扱う職業的成熟の2側面によって測定され,全体として六つの下位尺度をもつ尺度として構成され ている。この尺度を使うことにより,進路成熟度を測定することができ,数値によって測定結果を表す ことができる。  (3) 実践時の振り返り用紙や,振り返りのときの生徒の発表内容  各実践における振り返り用紙や,振り返りのときの生徒の発表内容や感想などより,対象生徒の進路 意識の向上や変化を読み取り支援の効果を確認する。 5 実践  (1) 活動@「Who Am I?(わたしは,だれ?)」   ア ねらい  自分について,思い付いたことを20個書いたものを,分析することにより,現在の自分や,自分が関 心をもっていることに気付く。同時に,英語で自己表現し,英語で自分に関する情報をできるだけ多く 紹介できるようにして,英語で積極的にコミュニケーションをする態度を養う。 イ 活動の内容
@ ワークシートに沿って自分について20個の文章を完成し,その後自己分析すること説明する
A グループごとに着席するように指示し,開始を告げて時間を計る  
B 所定の時間が来たら,グループの作業が途中であっても打ち切る
C グループの中で個人ごとに発表し,その後,グループの代表者に発表する
D 振り返り用紙を配り,個人で記入する。振り返り用紙に個人が記入したことを,分かち合い
 ながら,この課題達成の過程で起こったこと,そこから学んだことをグループで話し合う
  ウ 参加者の様子  英語が苦手な生徒が多いため,自己表現に抵抗を感じる生徒もいるが,全体としては,大きな声で元 気よく,最初はペアで練習をして,その後でグループ内で発表した。どのグループも活発に活動をする ことができた。英語の苦手な生徒や,自己表現に抵抗を感じる生徒には,自己表現に必要な表現のリス トを配付して,意味を確認させたり,事前にペアワークしたり,表現練習をすることにより苦手意識を なくし,活動に取り組みやすくした。以下は,感想である。
Q1:「今のあなたについてどんなことが分かりましたか」
・私は,自分に自信があるということ。いろいろなことに関心があるということ 
・自分のことを第一に考えている。他人のことを少しは考えているという結果だけど,あま
 り人と深くかかわりをもちたくないだけだと思う 
・自己中心的!もっと社交的になりたい 
・好きなことしかやっていない。少しは周囲のことを考えている
・自分はわがまま,面倒くさがり駄目人間。基本的に自己中心。自分のことしか考えてない
・少しは,周りのことも考えている
Q2:「グループワークで気が付いたこと」
・私は,孤独を好むということ。自分は自分自身のことしか考えていない        
・社会について考えていることが少ない。信念と希望がない
・好き嫌いについて特に関心が高い。自分が大好きだ!好き嫌いが多い
・みんなよく似ている(自分のことも,周囲のこともよく考えている)
・自分のことも社会のこともよく考えている。極端な自己中心型人間
・みんな自分のことばかり考えている人が多い
・自分のこと社会のことバランスよく考えている
・自分らしい生き方をしている
Q3:「その他気付いたこと」
・自分のことを知った上で,人とかかわることが大切なことに気付いた
・今の自分のままでOKだと思えた
・周囲の人がいるから自分の存在があるということに気付いた
・いつも自分や,他人が,自分のことをどう見ているかよく分かったような気がした   
・英語で自分を表現することは難しかったが,グループでの発表は楽しかった
・自分のことを日本語で話すより,英語の方が気楽で,積極的に話せた気がする
・日本語ではなくて英語なので,かえって自分のことを素直に言えたと思う
 以上のように,実践や振り返りを通して,生徒は,自分が自分のことをどのように見ているのかを確 認できたようである。また,他人と比較することによって自分の特徴がよりいっそう理解しやすくなっ たと思われる。英語の言語のもつ性質なのか,日本語で話し合うよりも積極性になれたという気付きが 数名あり,英語に対しても少し自信がもてたようである。   エ 課題  日本語を使う日常生活でさえ,他人とコミュニケーションをあまりとろうとしない生徒もいる。日ご ろの授業でも,英語を使ってコミュニケーションをする機会をもっと増やす工夫が必要である。逆に, 英語を使うことによって,日本語を使っているときにはない積極性のようなものが出ている生徒もおり, こうした活動ではそのことを上手に活用していきたい。振り返りでは,どんな自分を見付けることがで きたのか,なぜそれを書いたのかまで,グループによる振り返りをする時間をもっと増やしたい。その ためには,自己表現の苦手な生徒には,予想される自己表現のフレーズをある程度は準備しておき,自 分の気持ちに近いものを選ぶと,よりスムーズに活動が行える可能性が高まる。またふだんの授業から, 自己表現をする練習の機会を増やすことにより,振り返り時間を増やし,内容をより深めたい。    (2) 活動A 「キャリアアンカー」   ア ねらい  ワークシートにそって職業を選択することで分かってくる自分の個性について考える。職業が自己表 現の一つの方法であることを学ぶ。生徒自身が,どのようなキャリアアンカーをもっているのかを探る ことで,進路目標の設定や,将来を展望させる。これまで気付かなかった自分のキャリアアンカーを知 り,自分の進路希望ときちんと結び付く生徒や,改めて進路選択について考えを深めることができる。 どれも適合しないと考える生徒や,戸惑う生徒には,個別に助言する。   イ 活動の内容
@ ワークシートに従って,キャリアアンカーを知る
A 明らかになったキャリアアンカーから,自分の進路を考える
B その後,グループで振り返りを行う
C 時間があれば,グループの代表に,振り返りの内容を発表する             
  ウ 参加者の様子  キャリアアンカーを見付け出す作業に,かなり時間がかかり,振り返りの時間を十分にとることがで きなかった。以下は,おもな振り返り内容である。
Q1:「もっとも高いアンカーはどれでしたか?そのアンカーは,自分にとってどの
    ような意味があるものでしたか?あなたはそのアンカーからどんなことを想
    像しましたか」
・安定志向,変化を求めない,調和を重視している,自分の進路に合っていると思った
・創業志向が高い,専門志向,自由を求める,まさに自分だ
・創業志向,自由,専門志向,チャレンジ, 昔からそうだった。まさにそのとおり
・専門,マネジメント,ライフバランス,自分の専門分野を自由に伸ばしていきたい
・安定志向,奉仕,奉仕と安定が高い,心の叫びのようだ 
Q2:「ポイントが5.0以上のアンカーは,幾つどんなものがありましたか?」   
・一つ,専門,まあまあ納得した。二つ,専門志向,奉仕,納得した
・二つ,安定と奉仕,ふだんからそう思っている 
Q3:「ポンイントが2.0以下のアンカーはどれでした?」            
・二つ,総合,創意 創業志向,納得,挑戦はあまりしたくない
・創意,創業はできないだろう,自分から動くことはあまりないと思う
Q4:「その他気付いたこと」
・大学にしても,就職にしても何がやりたいかで決まるのかなと思った
・いつもと違った視点で,進路について考えることができたからよかった
・自分が,将来,どの方向に行くか迷っていましたが,決心を固めることができました
・やはり障害者や高齢者が使いやすい車いすの開発や,人のために働きたいと思った
・キャリアアンカーを求めるのに少し手間が掛かってしまった。もう少し簡単だとよかった
・何になるかよりも,何を大切にして生きるべきなのかが大切だと思った
 
 振り返りについて,理系クラスであるため,専門志向で,自分の専門分野を伸ばしていきたいと考え ている生徒が多い結果となった。数名ではあるが,今回の実践を通して,キャリアアンカーを知ること により,自分の進路目標に対して相当な程度の確信をもつことができ,将来どんな職業を選ぶかより, 何に価値を置いて職業を選び,どのように生きていくべきかが大切だと気付いた生徒もいた。   エ 課題  キャリアアンカーを求めるための方法が,各項目についてそれぞれポイントを計算する必要があり, それでなくても時間が足りないのに,キャリアアンカーを求めるだけに時間を多く費やしてしまい,肝 心の振り返りに時間をとることができなかった。そこで, キャリアアンカーを求める方法をより簡略化 し,事前にSTや放課の時間,あるいは面談の時などを活用して,キャリアアンカーの求める方法を説 明し,自分のキャリアンカーを知った上で,グループワークができるようにし,振り返りに十分な時間 を確保できるようにしていきたい。   (3) 活動B「価値分析カード」   ア ねらい  生徒が,自分の中の譲れない価値観に気付かせる。「自分はこういうことを大切にしたいからその方 向で仕事をしよう」と自分の指針を確認させる。自分の価値を明確にすると,進路や将来について悩ん だときに,考えるための指針となり,決断を助けるのに役立つと考える。   イ 活動の内容
80枚の価値分析カードから大切だと思うカードを半分選び,半分捨てる。
@ 選んだカードを,価値を置いているものから優先順位で三つのレベルに分ける。
A 高いレベルのカードを見ながら文を作る。
B 作った文を声に出して読む。           
  ウ 参加者の様子  参加した生徒からは,「楽しかった」「面白かった」という感想が多かった。「価値」を書いたカー ドを自分にとって重要度順に並べて,動かすというような作業的な要素があるためなのか,一枚の紙の 上で順番を付けていくのとは,違った効果があったと考えられる。そのため,活動Aの「キャリアアン カー」よりも,全体として取り組みやすかったようだ。グループごとに楽しそうに作った文章を声に出 して読んでいた。以下は,生徒の振り返りである。
・自分のこれまで気付かない面や友達の意外な面がわかって,おもしろかった
・何事も目立たなく,ごく平凡に,まずまずのお金があり,安定し,自然,家族,友人
 も大切にして生きていきたいと思った
・今を頑張って,いつか未来につなげたいと思った
・心がほぐれた。自分は,変化のない安定した仕事が向いているらしい
・安定した生活には,お金と家族と友人と仕事が必要だと思った
・あまり文がうまくつくれなかったが,友達との違いが楽しかった 
・自分が何に価値を置いているか考えたこともなかったし,友達が何に価値をおいてい
 るのかが分かったので何だか面白かった
  エ 課題  「キャリアアンカー」よりも活動が取り組みやすかった分,自分や,友人の意外なことに「価値」を 重視し,今後の人生に何に「価値」を置いて生きるべきかをよく考えていた生徒もいたが,何を目的と してこの活動をしているのか,あまりよく分からない様子の生徒もいた。  カードに書かれた「価値」を比較した結果が,何を一番大切にしているのか,また全体の序列はどう かということを理解することだけではなく,その作業をしているときに考えたことや気付いたことをま とめ,どんな方法で序列を付けるか,その基準になるのは何かなどについても,具体的に生徒たちによ く説明をしてから,振り返りをすることが大切である。  (4) 活動C 「夢実現プロジェクト」   ア ねらい  生徒自身に,目標を見付けさせ,目標達成に向けて具体的な方法を考えさせたところで実現すると得 られることを具体的にイメージしながら,夢実現プロジェクトの企画書を作成させる。その作業を通じ て,今の自分にとって何が最も重要なのか,何を優先にすればよいのかをはっきりさせて,自分の目標 に向かって行動を起こし,将来の進路希望達成の具体的な向上への援助をする。 イ 活動の内容
@ 目標設定の重要さについて説明し,目標の力を感じられるようにする
A 目標を見付けるワークシートの質問に答える
B ウェビング(資料2)で目標の「なりたい自分」への具体的な方法を考える
C ウェビングに書いたものの中から取り組みたいものを一つ選ぶ
D プロジェクト名を付けて,成功に必要なことを考える
E 成功したイメージや,成功のためにやることなどをワークシートに書き込む
F 成功の障害となるものと,それを乗り越える対策も考える
【資料2 ウェビングとは】
 漠然としている考えを自分の中から引き出して,見える形にして整理する方法。自分の考えを整理し
たりまとめたりするときに活用できる。以下は,その方法である。
 @ 紙の中央にキーワード(本実践の活動Cでは「なりたい自分」)を書き丸で囲む
 A 思い付いたことをどんどん書いて丸で囲み,線でつないでいく
 B 何も思い浮かばなくなったら, 最初に戻り,キーワードについて別のことをイメージし,思い付
   いたことをどんどん書いていく
 C 納得するまで(考えが出尽くすまで)書けたら列挙したものを眺めて考えてみる
  ウ 参加者の様子  活動の内容の@として,外から与えられた目標ではなく,自分の内面から求めている何かに気付いて, 本当に手に入れたい目標を見付けたとき,自分の目標達成に向けての気持ちが強くなり,目標への過程 で何か障害が生じても,それを障害だと感じずに,前に進むことができることを説明する。次に,それ を体感させるエクササイズとして,次のことを行った。  まず,生徒を二人一組にして,一人が5m歩き,もう一人が途中で歩いてそれを手で出して妨害する。 次に,歩く先に自分たちの輝かしい希望があるとイメージさせて歩き,同様にもう一人が途中で手を出 して妨害する。そして,この二つの歩きを比べた生徒の気持ちは以下のようであった。
・希望があると,妨害されても,気にせず先に進むことができた
・希望があると,負けないと気持ちになった
・希望をもっている相手を止めるのが難しかった
・希望をもって歩いている人は,勢いよくて,何か迫力が感じられた        
 活動の内容Aとしてワークシートの五つの質問に答えた。 以下がその質問内容である。
Q1 いまの自分はどんな自分(体力面・精神面・学力面)?       
Q2 自分のよいところは(体力面・精神面・学力面)?
Q3 自分の改善したいところは?
Q4 何でもかなうとしたら何をかなえたい?
Q5 本当に手に入れたいものは?
 活動内容のBとして,ウェビングを実施する。まず,A3の用紙の中央に「なりたい自分」と書き丸 で囲み,前述の「五つの質問」で自分が考えた本当に手に入れたいものや,なりたい自分になるために, 自分ができることをどんどん用紙に書いていき,目標の達成に向けて具体的な方法を考える。活動の内 容Cとして,それらの中から取り組みたいものを選ぶ。次に,活動内容のDとして,プロジェクト名を 付ける。以下は,そのプロジェクト名の例である。
「冬休みの宿題を早く終わらせる」「英単語をたくさん覚える」「英語をなんとかしましょうか」
「模試の順位を上げる」「偏差値10点アップ」「模試や考査偏差値や平均点をアップする」
「苦手教科をなくす」「名大合格プロジェクト」「名工大合格プロジェクト」「目指せ千葉大」 
 冬季休業前のLTの時間を使い実施したこともあり,プロジェクトの多くが冬課題を早く完了させる とか,休み明けの復習テストや模試を対象としたものが多かった。比較的,短期のプロジェクトが多い 中で,大学合格を目指した長期的なプロジェクトにしたものもあった。  活動内容のEでは,成功したときのイメージを描きながら,成功のためにやるべきことをできるだけ 具体的にワークシートに書き込んだ。以下は,その例である。
・夜寝る前に必ず単語集を見る。英単語を1日最低5個は覚える。30個覚えたら,自分で確認のテ
 ストをする(英単語をたくさん覚えるプロジェクト)
・数学のチャートを毎日1問は必ずやる。英文例文集から毎日5文ずつ覚える。土日は平日より2
 ,3時間多く勉強する。新聞コラムを読んで,要約文を作る(名大合格プロジェクト)
 LTの時間の関係で,成功のために必要なことの内容は,時間内でここまで具体的に書ける生徒は少 なかった。書けなかった部分は,各自の課題として自宅で書いて,後日回収することにした。  活動内容のFでは,プロジェクトの目標達成の障害となるものと,それらを障害化しないようにする 対策も考えた。以下はその例である。
・ゲーム。平日は確実に封印するように努力しよう
・ゲーム,漫画を買わないようにする
・テレビゲームをしない,テレビを見ない,サッカーの試合観戦を見ないようにする      
・パソコン:1日2時間以上しないようにする
・ゲーム禁止,テレビはあまり見ない
・ゲーム,漫画,テレビの時間を決めてだらだらしないようにする
・やめる理由をすぐ見付けてやめるので,第三者に見張ってもらう
 こうして完成したプロジェクトを,グループの中で支障がなければ公開して,級友同士でお互いに宣 言することで,より実現に向かわせる意欲を喚起することにした。LTの中では, ほかにすべきことも あり,振り返りの時間は十分にとれなかったが,生徒からは次のような感想が出た。
・与えられた目標と違って,自分がなりたい目標は,すごくやりがいがありそう
・漫画,テレビ,テレビゲームが勉強の障害になっているので,しばらく封印する
・このとおりやっていけば,なんだか,本当にできる気がする。やる気が出てきた
・今まで,目標もなく,メリハリがない生活だったので,これをきっかけになんとかしたい   
・この冬休みは,これで課題を早めに終わって,部活と勉強も両立するつもり
・目標ももったし,方法も分かったので,あとはやるだけ
 以上のように,自分で目標をもち,それに対して具体的な方法をもって実行するのが必要だと感じた ようである。2年生の12月のLTという時期であり,来年からはもう受験生であるという気持ちも高ま り,クラス全体として,来年に向かっての具体的な目標を立てることができたという感想が多くあった。 また,プロジェクトに対して,かなり前向きな気持ちで取り組めると感じることができた。   エ 課題  今回は,短期達成のプロジェクトが多かったので,冬休みの前後に,達成状況を確認する程度であっ た。また,個々のプロジェクトの内容について,きめ細かくチェックしたり,助言したり,必要があれ ば時間をかけて面談したりする余裕がなかった。中・長期のプロジェクトに関しても,同様に継続して チェックし,必要があれば助言や面談時間を設けて,プロジェクトを達成まで支援する必要がある。 6 結果と考察  (1) 進路希望調査  今回の実践の実施により,4月の進路希望調査では,3名しか大学の学部,学科まで記入していなか った生徒たちも,9月は,どうしても決めかねて記入できなかった3名を除いて,全員が大学の学部, 学科まで記入するようになり,12月にはクラス全員が大学の学部,学科までは記入するようになった。 もちろん,7月,11月,2月の校外模試で希望進学校を記入する必要があったことや,担任による面談 をはじめ,保護者会,進路説明会,進路講演会など,今までよりも,進路を考える機会が増えたことに もよるのだが,これまで,何も進路目標を書けなかった生徒が,たとえ仮ではあってもかなり具体的な 方向性をもって,進路希望を書けるようになり,実践に大きな効果があったと考える。  (2)「心の健康と生活習慣の関連実態調査」のアンケートとの比較  文部省が2000年に全国の学校を対象にして実施した「心の健康状態と生活習慣の関連実態調査」の中 から10項目を選んで,3月上旬に3件法で調査をした。今回の実践の前の段階で同じものを調査してい ないので,効果測定にはならないが,今回の実践の結果が効果として表れて,対象集団の現在の状況を 示していると考える。   【図1 自己効力感】  図1は,自己効力感について,「将来やってみたいことがある」の設問で「よく当てはまる」が全国 16%に対して本校56%,「やや当てはまる」と合わせると全国64%に対して本校89%で高い割合になっ ており,「『やればできる』と思う」の設問では全国よりも「よく当てはまる」の回答が2%ほど少な く47%,「やや当てはまる」は全国と同じ44%でほとんど同じであった。「わたしは自分に価値がない か他人より劣っていると思う」では,「当てはまらない」が全国12%に対して,本校33%で,「よく当 てはまる」が全国51%に対して本校11%で,実践によりある程度自己効力感が,高まった。 【図2 不安傾向】  図2は不安傾向についての設問で,「わたしはみんなと仲良くできない」で,ほぼ全国と似た傾向で, 「よく当てはまる」のが全国よりも1.7%低く,「当てはまらない」のは全国よりも3%高い。また, 「学校を楽しいと思う」では,「よく当てはまる」は全国より1%低く,「やや当てはまる」は全国よ りも11%も高い。学校生活を楽しく感じている生徒が多いことに,今回の実践の効果が表れているでは ないかと考える。「だれもわたしを大切にしてくれないと思う」では,「やや当てはまる」が全国より 11%も高く,「当てはまらない」が全国よりも11%も低い。入試まであと1年ということで,受験や将 来に対する不安を感じ始めていることと,これまでの友人関係だけでは,そうした不安感をなかなか払 拭しがたくなったのであろう。   図3では,「規範意識」についての設問で,「約束を守らなくてもよいと思う」の設問には「当ては まらない」は,全国より5%高い89%で,「よく当てはまる」は,全国で1.8%,本校は0%という結果 であった。以上のように,おおむねどの設問も全国と似た傾向であるが,今回の実践のねらいの一つで ある将来の夢や目標をもつためには,自分や世の中に対し肯定的であることが大切な前提となる。自分 や社会を信じない人が「将来の夢」を描くことは難しい。今回の活動で自分の可能性を信じ,ある程度 高い割合で自己効力感を得ることができたのではないかと思われる。また,不安傾向については,今後 の実践などで,不安を取り除く活動や,様々な不安に対しての耐性や対処の仕方を学ぶ活動を実践して いく必要があると考える。 【図3 規範意識】   (3) 進路成熟尺度  今回の実践で,生徒たちがどの程度,進路に対して成熟した考えをもつようになるかの変容を測定す る一つの尺度として,進路成熟度尺度を用いた。これにより主に進学についての進路成熟を扱う教育的 進路態度,及び主に就職についての進路成熟を扱う職業的進路態度を測定した。  具体的な方法には,以下の@からBについてそれぞれ質問項目の回答を基に測定をする。  @ 自律度:進路への取組姿勢が,主体的であるか(10点満点)  A 計画度:将来展望をもち,自己の進路に対して,計画的であるか(10点満点)  B 関心度:自己の進路に対して,積極的な関心をもっているか(10点満点)  9月と2月に測定した結果は次のとおりである(表2)。
【表2 進路成熟度】【図4 進路成熟度】
 表2は,9月と2月に実施した職業的進路態度尺度と教育進路態度尺度の結果で,それをグラフにし たのが図4である。職業的進路態度尺度は,男女共に得点が上昇した。9月の時点では,男子の方が得 点は高かったが,2月は得点差がほとんどなくなった。教育的進路態度尺度は,男子は,9月と2月で 得点変化がなかったが,女子の得点は上昇した。この結果は,進路希望調査の結果と呼応するので,9 月の時点では,男子の方が女子よりも進路希望を具体的に記入している割合が高く,その後12月,2月 と女子も割合が高まってきたことに関連していると考えられる。  【表3 職業的進路態度尺度】 【図5 職業的進路態度尺度】
 図5表3をグラフにしたもので,職業的進路態度尺度の具体的内容を示したものである。職業的進
路自律度には,男女差はなく,ともに得点が上昇した。職業的進路計画度は男女共あまり得点は上昇し
なかった。 
 三者の合計である職業的進路態度尺度は,全体での得点変化がなかった原因は男子の得点変化が小さ
かったためと考えられる。大きな変化としては,女子における職業的進路関心度が高まったことがある。
9月以降の活動の実践等で,女子の進路意識が非常に高まってきたという担任の感覚を裏付ける数字で
ある。
【表4 教育的進路態度尺度】
【図6 教育的進路態度尺度】
 図6は,表4をグラフにしたものであり,教育的進路態度尺度の内容を具体的に示したものである。
教育的進路自律度・教育的進路計画度は,男女共に有意に得点が上昇しなかった。教育的進路関心度は,
男女共に得点が上昇しなかった。
 職業的進路態度の変化が,教育的進路態度の変化より大きかったことは,単に高校卒業後の進路だけ
でなく,将来の仕事や,将来の生き方について何に価値を置いて仕事をし,どのように生きるべきかを
実践のねらいと考えた結果であると考えられる。
 (4)効果と課題
 実践の結果, 対象集団の進路面における効果は,生徒が活動を通して,これまでよりも具体的な進路
目標をもち,その達成のための方法を自主的に考えるようになった。進路面以外でも,以前から元気が
よく明るいクラスだが,活動の実践をしていくうちに,学校生活の全般においても,より前向きな姿勢
が感じられるようになった。実践をした担任として,これまで担当したクラスと比較しても,クラス運
営が最もやりやすく感じた。さらに,直接関係はないかもしれないが,学習成績で,学年末考査におい
て,クラス全体がとても良好な結果を得ることができ,クラスのだれも成績不振科目を出すことなく無
事に進級することができた。さらに, その後の春季の学習会(春季休業期間,クラス単位で自学自習を
学校で行うもの)においても,進路目標が具体化したこともあり,クラスの生徒が,積極的に学習会に
参加している様子を見ることができ,とても喜ばしい効果となった。
 今回のグループワークを中心とした活動の実践により,次のような効果があった。生徒が自己理解を
より深めて,進路の目標と発達課題を喚起することができた。そして, 生徒自らが設定した目標や,課
題を基にして進路発達の課題を体験し,その体験を通じて,生徒が自らの本当に望んでいること,価値,
生活様式,態度などに気付くことができた。生徒が将来の職業に対する価値観や展望を,実践により具
体的に考え描くことができたので,今後の具体的な進路目標の設定や,進路情報の獲得にも役立つと考
える。
 実践の効果測定については,これまで主観的に,感覚で判断していた面を, 進路成熟度尺度により,
数値やグラフという客観的な方法によって確認することもできた。活動の実践を通して,日ごろはあま
り意識することのない自己の適性や興味について,生徒も教師も違った視点でそれらを確かめ,新たな
気付きを得ることができたのは大きな成果である。
 今回,そして今後も実践の障害となる最大の課題は,実践する時間の確保である。学校現場の現状は,
時間を確保することがかなり困難である。しかし,生徒の将来の展望を考えて,生徒がよりよい人生の
選択をするためには,たとえ短い時間でもグループワークを実践していくことである。これにより,新
たに気付きや,獲得した価値・態度・技能・行動などを実際の生活場面で使うことができるようになり,
先に述べたような効果を上げると考える。
 今後もキャリア教育の研究を続け,生徒個人ができる作業は事前に準備させて,授業,ST,LT,
部活動,学校行事のあらゆる場面で,グループワークを実践する時間を少しでも確保する様々な方法を
試行しながら,短い時間でも効果を上げるエクササイズの開発と実践を行っていきたい。 


<参考資料>    
1) 小野田博之『自分のキャリアを自分で考えるためのワークブック』(日本能率協会マネジメントセンター,2005)
2) 加藤文子『メンタルトレーニングで受験に勝つ』(図書文化, 2005) 
3) 三村隆夫『キャリア教育入門 その理論と実践のために』(実業之日本社, 2004)    
4) エドガーH. シャイン『キャリアアンカー −自分の本当の価値を発見しよう−』(白桃書房,2003)  
5) 坂柳恒夫・竹内登規夫『進路成熟態度尺度(CMAS−4)の信頼性および妥当性の検討』
               (愛知教育大学研究報告Vol.35(教育科学編),1986) pp.169-182
6) 文部科学省『心の健康と生活習慣に関する指導』 (文部科学省,2003)



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