平治物語 (へいじものがたり)
『平治物語』は保元の乱の三年後、平治元年(1159)に起こった平治の乱の経緯を描いた軍記物語である。 平治の乱は、藤原信西と権力争いを起こしていた藤原信頼が、源義朝と共に挙兵し、一度は権勢を握る ものの、熊野から引き返した平清盛に敗れ、信頼は処刑、義朝も暗殺される、というものである。 よく知られた内容としては、悪源太義平(源義朝の長男)の武勇、源頼朝の伊豆への配流、風呂場で暗殺され た源義朝の最期、源義経の母の常葉(常磐)御前の都落ちの話などが挙げられる。 物語成立は1230年代から1240年代までの幅をもってとらえられている。『平治物語』には諸本が存在し、 幕府成立までを記したものもある。諸本の生成は、王朝中心の発想から武家中心の発想へと転換する時代の推移 と連動している。 ※ 常葉の表記は日本古典文学大系に従った。 愛知県との関わり
都で平清盛に敗れた義朝主従は次のように落ち延びる。 内海は義朝の乳母子、鎌田正清の舅である長田忠致(おさだただむね)の領地であった。義朝はここで正月を過ごすが、平氏からの恩賞をあてにした長田親子に湯殿で無防備な所を暗殺された。伝承では「我に小太刀の一本でもあれば」と叫んだと伝えられている。現在、大御堂寺(野間大坊)に義朝の御廟があり、湯殿跡は法山寺に残っている。
![]() 法山寺の湯殿(知多郡美浜町) |
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