奥津神社(おくつじんじゃ)  <時代>古墳時代  <地域>尾張
奥津神社入口 社殿

<所在地> 愛西市千引町(名鉄津島線勝幡駅下車徒歩15分)
<概要>
 奥津神社は,1976(昭和51)年に,永く所蔵されていた三面の鏡が紹介されてから注目されるようになった。いずれも舶載(はくさい)の三角縁神獣鏡(さんかくぶちしんじゅうきょう)で,張氏作銘四神四獣鏡(ちょうしさくめいししんしじゅうきょう)・波文帯竜虎鏡(はもんたいりゅうこきょう)・日月銘獣文帯四神四獣鏡(にちげつめいじゅうもんたいししんしじゅうきょう)の3つである。舶載とは,中国・朝鮮などで製作されわが国に伝えられたもので,三角縁神獣鏡とは,鏡の縁が三角形を呈し,その内側に神像や獣形の文様が配されている鏡のことである。これらの鏡の伝来については明らかでないが,奥津神社が鎮座する小丘そのものが,直径25m,高さ3.3mの円墳と推定されているので,そこから出土したものであろう。
  なお,これらの鏡は現在熱田神宮におさめられているが,3つの鏡のうち,前二者は京都府の椿井大塚山古墳出土のものと同型である。そのことから,尾張と初期の畿内の政権との関係を考える上でも貴重な資料となっている。 
<学習のポイント>
 三角縁神獣鏡は,卑弥呼(ひみこ)が魏(ぎ)から下賜(かし)されたと伝えられる,古代の歴史を知る上での貴重な資料である。尾張地方に特有な前方後方墳などと併せて,畿内の大和政権との交流などを学習することができる。  
<見学のポイント>
 現在の愛西市北東部地域は,肥沃で広大な濃尾平野の中でも,織田氏の出世域ともいうべき勝幡城,また蜂須賀氏の菩提寺である蓮華寺がすぐ近くにあるように,この地域の支配者にとって特に重要な地域となっている。少し足を延ばして見学してみるとよいであろう。
<参考資料>
 「佐織町史」
<問い合わせ先>
 愛西市教育委員会社会教育課 0567-37-0231

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