松平 親氏(まつだいらちかうじ)−松平家の始祖− <時代>室町時代 <地域>西三河
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木造松平親氏座像(豊田市郷土資料館) |
松平氏館跡 |
<関係地> 松平東照宮 豊田市松平町
<業績>
親氏(不詳〜1394年)は,相模国(神奈川県)にある清浄光寺の遊行上人の弟子で,徳阿弥と名乗っていた。当時の松平の当主・松平太郎左衛門信重が催した連歌の会に出席し,信重に見込まれ,次女の婿養子に迎えられたという。親氏は,文武に秀で,慈悲に心が厚く人々に慕われていたという。松平郷に入ってからは,近隣の7ケ村を手中にし,松平家の勢力拡大のきっかけをつくった。
2代泰親,3代信光の代に,岡崎,安城まで勢力を広げ,西三河の大半を手中にし,戦国大名の一大勢力となっていった。
7代清康は岡崎に居城を移し,三河一国を支配するようになった。
8代広忠の代に,今川義元が岡崎城を手中にした。その時,後継ぎだった家康(竹千代)は8歳で,織田信秀の下にあった。
<系図>
<学習のポイント>
松平氏の発展の道のりを調べ,この時代の地方武士の生き方を知ろう。
<参考資料>
「豊田市の文化財」豊田市教育委員会
「豊田市史 人物編」豊田市
豊田市ホームページ http://www.city.toyota.aichi.jp/
<問い合わせ先>
松平郷館 0565-58-1621
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