1 研究の目的 平成12年度に本研究の基礎となる「予防・開発的教育相談の在り方に関する研究」を立ち上げて以来5年を経 て,不登校のほかにも,現代の教育的課題として児童生徒の社会的規範の低下が指摘されるようになった。また, 長引く不況や企業の海外移転などの影響から失業率が増加し,若年者に及ぶとともに,若年者の就業意欲の低下 がニートの問題として社会的に注目されるようになった。このような時代的状況と実践研究の成果を踏まえ, 「心の居場所づくり」と行事を通して「絆づくり」をしたあと何ができるか,それぞれの学校の状況,児童生徒 の状況に合わせ,発達の援助をする方法を探ることとした。 「心の居場所づくり」と「絆づくり」は道徳の内容項目を分類整理した四つの視点で言えば,「1 主として 自分自身に関すること」「2 主として他の人とのかかわりに関すること」に該当する活動である。さらに,現 代的課題として「3 主として自然や崇高なものとのかかわりに関すること」「4 主として集団や社会とのか かわりに関すること」への対応が要請されている。そこで,ねらいを人間関係づくりや温かな学級づくりだけで はなく,社会性の発達や,進路意識の育成(キャリア教育)にもひろげ,SGEをはじめとするグループ・アプ ローチ(個人の成長,教育,対人関係の改善,組織開発などを目的として,集団の機能,過程,力動を用いる各 種アプローチの総称)を活用し,児童生徒の生きる力をはぐくみ,心の発達を援助することを「積極的生徒指導」 と位置付け,学校教育活動における展開の可能性を探ることとした。
2 研究の方法 研究委嘱委員が各学校や児童生徒の状況に応じて,「総合的な学習の時間」及び小中学校は3領域(教科,道徳, 特別活動),高校は2領域(教科,特別活動)で,学級の課題,学級を構成する児童生徒がもつ課題に対応した活 動をプログラム化し,実践的に研究を行った。
3 研究の内容 今年度は研究を立ち上げ1年目であり,児童生徒の十分な変容を報告できる状態には至っていないが,16年度 までの研究成果を生かし,今後の研究の方向性を提示することとした。 実践1 【小学校】友達と認め合い,自分を表現する児童の育成 ―複式学級での実践を通して― 実践2 【中学校】自分の思いや願いを素直に表現できる生徒の育成 ―自分も相手も大切にできるアサーション・トレーニングの実践を通して― 実践3 【高等学校】進路意識を高め,学校生活に前向きに取り組む生徒の育成 ―学習指導カウンセリングとキャリア教育の実践を通して― 実践4 【高等学校】高等学校における非行の予防教育 ―三つのグループ・アプローチの実践を通して― 【実践1】の小学校では,小規模校ゆえの問題に取り組んだ。幼いときからの固定化したイメージに変化をうな がし,新しい人間関係をはぐくもうとする実践である。力関係が決まってしまっている中では,新しい関係を構 築することは難しく,リーダーは固定化し,少々嫌だと思っても互いに自分の考えを主張することなく,日々を 過ごしている傾向がある。そこで,友達のよさを認め合うエクササイズとともに,話すスキル・聞くスキルを高 めるエクササイズに取り組んだ。友達のよさを認め合った上で友達の意見を聞き,自分の考えを言えるアサーシ ョン(自分にも相手にも気持ちのいい自己主張)のスキルを身に付けることによって新しい関係を構築する可能性 を探った。 友達と認め合う活動の中で,保護者の視点から今までの自分の成長と友達の成長を見つめる活動を行った。自 分ひとりの「いのち」の誕生と成長に多くの人々の思いと願いがどれほど重なってきたかに思いをはせる活動と なった。自分と同じように友達の「いのち」にもまた,多くの人の思いが重なっているかけがえのない存在であ ることを実感したとき,この活動は「いのちの教育」(道徳の内容 3 主として自然や崇高なものとのかかわ りに関すること)という意味をもつに至った。 【実践2】の中学校の実践も小規模校での活動であり,同じような課題をかかえる。1小学校,1中学校とい う学校環境の中で人間関係をいかに再構築していくかが課題である。少子化が進む中で,幼少時の人間関係を中 学校にまで持ち越している集団を対象とするというのは決して珍しいことではない。それと同時に中学生という 発達段階にある生徒を対象に,どのような活動が適切かを課題として取り組んだ。テーマとしては【実践1】に もあるアサーションを含むが,中学生という発達段階にある生徒たちが,仲間からのプレッシャーにどう対応す るかを考える内容となっていて,小学校とは異なる内容となっている。青年期前期という発達段階に応じた取組 を示した。 【実践3】と【実践4】は高等学校の実践である。高校に導入されやすいのではないかと考え,【実践3】は, 学習指導,進路指導をテーマとし,【実践4】は,生徒指導をテーマとした。進路指導や,生徒指導をしながら, 人間関係づくりをしていく方法が,高校段階では望まれるのではないかと考えたということである。高校生とも なると,生徒自身も正面きって人間関係づくりをテーマにした取組では照れてしまい,うまくいかない傾向があ る。青年期中期という発達段階に合ったテーマと内容を設定するこのような取組は今後の研究の在りかたを示し ているといえよう。
4 研究のまとめと今後の課題 16年度までの「心の居場所づくり」「心の絆づくり」を中心とした実践研究から,17年度は発達段階に応じて, 「主として自然や崇高なものとのかかわりに関すること」(いのちの教育),「主として集団や社会とのかかわ りに関すること」(アサーション・トレーニング),生徒指導,学習指導,進路指導(キャリア教育)などにも 実践研究を広げ,現場で取り入れやすい形で示した。 子供をめぐる犯罪が後を絶たない。人間関係形成能力の未熟さが関係する事件も少なくない。学校教育の中で 人とかかわることのすばらしさを実感し,好ましい人間関係を形成する能力を育成するための,子供の発達段階 に即したこのような取組はますます重要になってきている。それだけではなく,他者への不信よりも信頼の方向 にバランスをおいた健全な社会性の発達や,人生の方向や目的を有意義なものしていこうと志向する子供を育成 するためのプログラムを今後作成し実践していきたい。その時に,振り返りの重要性に着目していきたいと考え ている。また,今回の中間発表では,その方向性を示したが,実践期間が短く,検証が十分ではない。実践の検 証は今後の課題としたい。 実践時間の確保は依然として課題として残っているが,教科の授業での取組など,研究会委員の尽力で様々な 提案ができたように思う。16年度の取組も,本発表も,担任としての取組が多い理由は,担任として実践する方 が実践時間をとりやすいことにあるが,今後,担任以外の立場からの実践を報告したいと考えている。
おわりに 少子高齢社会が到来し核家族化が進む中で,集団の中での体験を通して獲得する人間関係にかかわる力や,社会 性の育成に学校の果たす役割は,ますます重要になってきている。今後実践を継続して研究を更に深めたい。 *以下の参考文献は「グループ・アプローチQ&A」(P.109-116)「学校教育に取り入れられている主なグループ・アプ ローチ」(P.117-118)にも共通する <参考文献> 文部省『生徒指導資料11集 教育課程と生徒指導 高等学校編』(昭和57年 大蔵省印刷局) 文部省『生徒指導資料20集 生活体験や人間関係を豊かなものとする生徒指導 中学校・高等学校編』(大蔵省印刷局 昭和63年) 文部省『生徒指導資料21集 学校における教育相談の考え方・進め方 中学校・高等学校編』(大蔵省印刷局平成2年) 文部省『中学校学習指導要領解説 道徳編』(大蔵省印刷局 平成11年) 河村茂雄『楽しい学校生活を送るためのアンケート実施・解釈ハンドブック 中学・高校用』(図書文化社平成15年) 河村茂雄編『Q‐U学級満足度尺度による学級経営コンサルテーション・ガイド』(図書文化社 2001) 河村茂雄他編『Q‐Uによる学級経営スーパーバイズ・ガイド 高等学校編』(図書文化社 2004) 國分康孝・國分久子編『構成的グループ・エンカウンター事典』(図書文化社 2004) 三國牧子「英国のパーソン・センタード・オリエンテーションに基づくカウンセラー養成 ―受講体験に基づいて――」日本 人間性心理学会第21回大会配付資料 愛知県総合教育センター「予防・開発的教育相談の推進に関する研究―行事をいかすグループ・アプローチを中心として―」 (平成16年度愛知県総合教育センター研究紀要第94集):http://www.apec.aichi-c.ed.jp/toku/yobo/top.htm <その他の参考資料> JKYB研究会:http://www5c.biglobe.ne.jp/~jkyb/index.html 青少年育成フォーラム(JIYD):http://www.jiyd.org/lifeskills/lifeskills_summary.html 教育カウンセリングステップアップ情報http://www5b.biglobe.ne.jp/~spring01/Step%20up/Step%20up%20Top.html 学校グループ・ワーク・トレーニング:http://www.eva.hi-ho.ne.jp/kumasan/kumasan1.html つんつんの体験から学ぼう(日本体験学習研究会など):http://www.nanzan-u.ac.jp/~tsumura/