研究実践編

【実践報告1】
友達と認め合い,自分を表現する児童の育成 − 複式学級での実践を通して −
1 学級集団の状況(小学校5年生 男子1人 女子4人,小学校6年生 男子2人 女子2人)
 本校は三河山間部にあり,全校児童が17人の完全複式校である。昔から御蔵の地で暮らしてきた家庭がほとんど
で,保護者同士も幼なじみが多い。そのため,家庭間のコミュニケーションがよくとれており,学区をあげて子供
たちを見守っていく温かい地域である。子供たちはそんな温かい地域の人たちに見守られながらとても優しく純粋
な心をもって育っている。
 一人一人の子供たちを見ていると,教員の心もずいぶん癒されることが多い。しかし,集団として,子供たちを
見つめるとそうでもないことがある。その一つに固定化した人間関係と,価値観の問題がある。特に本校のような
極小規模校では,子供たちの人間関係は幼少の頃から培われており,かなり固定化している。「A君は小さい頃か
ら・・・・」といったように,小さい頃に出来上がったイメージをそのまま引きずっている。したがって,友達同
士の上下関係や,友達の見方も固定化している。新しい一面を認め合おうとする視点を持ち合わせていない。その
結果,特定の子供の意見で物事のすべてが決まっていく傾向にある。一方で,自分の中で思ったことをなかなか表
現できない子供が多い。自分の考えを発言したり,行動に移したりすることをためらっているようにもみえる。特
にその傾向が強いのが5年生である。自分の考えをとても丁寧に記述することはできる。しかし,いざ発表する場
面になると表情が無くなり,堅く口を閉じてしまことが多い。また,「いやだ」とはっきりと自分の言葉で断るこ
とができず,困り果ててしまう子供が多い。
 そこで,お互いをよりよく知るための活動を皮切りに,話すこと・聞くことと,自分の思いをはっきりと伝える
ためのスキル獲得を目指した活動を段階的に行っていくこととした。そうすることで,互いに認め合い,自分の考
えを表現できる子供を育むことができると考えた。
2 実践
 (1) 活動1 「いいとこ紹介ごっこ」(P.42〜43 参照)
  ア ねらい
 年度初めに,初めて出会った担任に友達のよいところを紹介することで,友達のよさを,あらためて見つめるこ
とができる。
  イ 活動の内容

@ A4用紙の一番上に自分の名前を書き,下の八つの枠には自分以外の友達の名前を書く。
A 輪になって座り,時計回りに紙を渡す。
B 回ってきた友達の紙にある,自分の名前の欄に,その友達のよいところを書く。
C 一周したら,その紙に書かれていることを担任の先生に読んであげる。誰が書いた自分の
  よいところかも読み上げる。
  ウ 参加者の様子  友達がどんな視点で自分のよさを見つめているか知ることと,友達のよさを自分以外の友達がどんな視点で見つ めているかを知ることで,友達の見方に広がりがもてることを期待させる活動であった。子供たちは振り返りの中

・○○さんには私の知らなかったよさがあることが分かった。
・自分では思っていなかったよさが,ぼくにはあることが分かりました。
などがあり,友達・自分の新しい見方を広げることができた。   エ 課題  シェアリングの場面で自分が感じたことを交流させようと試みたが,発言できる子供が少なく,十分交流させる ことができなかった。感想をもったり書いたりすることはできるのだが,話し合うことができない。このことから, この学級の子供たちには,話すためのスキルの獲得が必要であると感じた。  (2) 活動2 「友達合わせゲーム」(P.44〜45 参照)   ア ねらい  友達のよさをじっくりと見つめることで,友達を認める気持ちを高める。   イ 活動の内容

@ トランプ大の用紙を一人5枚ずつ配る。
A 一人一人,よさを書く相手が違うようにする。
B ある子供のよさをその紙に一つずつ書く。
C 他の子供と同じ色にならないように色鉛筆の色を変えて書く。
D 全員分(9人)を集め,シャッフルし,配る。
E 「友達あーわせ」というかけ声とともに,時計回りの方向に一枚カードを渡す。
  5枚とも同じ色にそろったら「みーつけた」と大きな声で言う。
F そろった子供は,そのカードに書かれている五つのよさから連想する友達の名前を発表する。
G グループの中に,そのカードを書いた子供がいるはずなので,もし当たっていれば「あたり」
  と言う。はずれなら,何も言わない。
H これを繰り返す。
  ウ 参加者の様子  「一人について五つのよさを書くことが意外に難しい」と発言する子供が多かった。また,五枚そろったカード を見て,「カードが誰のものか当てることも簡単そうでなかなかできなかった」という感想を漏らす子供が多くい た。ゲームは大きな声で楽しそうに進めることができ好評であった。ゲーム後の振り返りカードには

・友達のよさを知っているようで知らないことが多いのにはびっくりした。
・みんな,いろいろな特徴があることが分かりました。
・ぼくが優しいなんて思わなかった。
・ゲームをして初めて友達のいいところを知ることができてよかったです。
・自分のいいところを,みんなが教えてくれたことは少しうれしかった。
と,それまでの固定化した友達の見方をしている自分に気付き始めていた。   エ 課題  カードを作るのにかなり時間がかかった。事前に各自で準備しておくといいと思う。 シェアリングの段階で,自分から語り出す子供は少なかった。振り返りカードへの書き込みを見る限り,十分に何 かを語るだけの気持ちの高まりがみられた。やはり,話すためのスキルの獲得が必要だと思い,活動4の「ムシム シ教室」の実践につなげることにした。  (3) 活動3 「運動会頑張ったで賞」(P.46 参照)   ア ねらい  運動会という行事を終え,互いに労をねぎらい,たたえ合うことを通して学級として温かい雰囲気をつくる。   イ 活動の内容

@ 運動会前に「こんな子すごい子」と題して,B紙に運動会で頑張る友達の姿をたくさん書き出し,掲示して
  おく。
A 運動会後に心の花束カードを書く活動を行う。
B 輪になって座る。
C 心の花束カードを一人一枚ずつ配る。
D 真ん中に自分の名前を書き,時計回りに紙を送り,真ん中に名前が書いてある子供の頑張っていたこと,よ
  かったところを書く。最後に自分の名前を書く。
E 一回りして自分のところに戻ってきたら。書かれていることをじっくりと読む。
F 感想交流を行う。
  
ウ 参加者の様子
 運動会前のB紙に書く活動では,発表する順番をあらかじめ決め,思
い付くままに発表した。発表したことはすべて肯定的に受け止めること
をあらかじめ伝えておいたので,なかなか発表しない5年生も気楽に発
言することができていた。また,ふざけたことを言いがちな6年生男子
も,「すべて肯定的に」という言葉によって,まじめに答えなくてはい
けないと思ったようで,ちゃかしたりふざけたりすることはなかった。
 運動会後の「心の花束」を作る場面で,どの子供も運動会の様子を思
い浮かべ,にこにこする姿が見られた。一回りして戻ってきた「カード」
には,自分のよい面が書かれており,それを神妙な面持ちで読む姿が印
象的であった。児童Bは,「僕は下級生に優しくできたんだ」と自分が
気付かなかった自分のよさに気付いていた。
  エ 課題
 なかなか話そうとしない子供たちが,今回はよく発言した。それは,
あらかじめ発表する順番を決め,全員が肯定的に受け入れることをルー
ルとして行ったからだと思う。順番が決まっていると,前の子供と同じ
ような言い方で発表すればいい。発表方法があらかじめ決まっていると
発言しやすいのだと思う。そこで,今後は,話すこと・聞くことのスキ
ル獲得を目指した活動を多くしていくことにした。話すこと・聞くこと
のスキルが身に付けば,それが自信となって,自分の考えを積極的に話
し始めることが期待できると考えたからである。
 (4) 活動4 「ムシムシ教室の席替え」(P.47〜51 参照)   ア ねらい  人の話をよく聞いたり,タイミングよく話したりすることの大切さを体験する。また、様々な情報を集め,まとめ る方法を体験する。   イ 活動の内容

@ 4人〜5人のグループに分け,机を囲んですわる。
A <指示書><座席表><情報カード><ムシカード>を配り,<指示書>を読む。
B 情報カードを裏にして,グループ全員に配る。
C 情報カードは他人には見せない。内容は言葉で伝える。
D グループで話し合って,ムシムシ君の座席を考える。
E 答え合わせをする。
F 振り返りカードを書き,気付いたことを話し合う。
  ウ 参加者の様子  グループ全員の情報を正しく伝え合わないと解決しないゲームなので,積極的な発言がみられた。活動を終えた子 供たちの振り返りでは

・たくさんの友達の話を聞かないといけないと思った。
・進んで意見を言うことができました。
・自分の考えを言うことができ,うれしかった。
・自分からよく話したり,よく聞いたりしないといけないことが分かりました。
など,話すこと・聞くことの重要性を感じることができたようだ。   エ 課題  グループ内で強力なリーダー性を発揮する児童Bが自分の意見を押し通す姿が見られた。これは早く解決したいと いう気持ちが強すぎたためであると思われる。初めに「ゲームの目的は,情報を正しく伝え,聞くこと。そしてグル ープで協力して解決すること」を徹底する必要がある。  (5) 活動5 「1秒の言葉」(P.52〜54 参照)   ア ねらい  言葉のもつ意味を考え,友達を励ます言葉や簡単に友達が傷つく言葉について気付くことができる。   イ 活動の内容

@ ワークシートを配り,下記ABのことばについ
  て書かせる。
A 普段使っている1秒の言葉を発表する。
B 今まで言われた言葉でうれしくなった言葉は誰
  から言われたどんな言葉かを発表する。逆に悲
  しくなった言葉を発表する。
C やる気になった言葉についても発表する。
D 小泉吉宏の「1秒の言葉」の虫食いのプリント
  を渡す。
E 「 」部分を考え,書き込ませる。
F @〜Eを発表する。
   
1秒の言葉
小泉吉宏 作

「 @ 」
この1秒ほどの短い言葉に、
一生のときめきを感じることがある。
「 A 」
この1秒ほどの短い言葉に、
人のやさしさを知ることがある。
「 B 」
この1秒ほどの短い言葉で、
勇気がよみがえってくることがある。
「 C 」
この1秒ほどの短い言葉で、
幸せにあふれることがある。
「 D 」
この1秒ほどの短い言葉に、
人の弱さを見ることがある。
「 E 」
この1秒ほどの短い言葉が、
一生の別れになるときがある。
1秒に喜び、1秒に泣く。
一生懸命、1秒。
答え

@ はじめまして

A ありがとう

B がんばって

C おめでとう

D ごめんなさい

E さようなら
  ウ 参加者の様子  「 」に入る言葉を考える場面ではどの子供も真剣な表情でじっくりと考えることができた。そして,@〜Eに入 る言葉を考え,発表を行った。活動後の振り返りでの記述を以下に掲載する。

・1秒の言葉には,人を動かすことがある。そのことが分かりました。
・人それぞれ,やる気が出る言葉がちがうんだということが分かりました。
・たった1秒でも人を傷つけたり,うれしくさせたりできるのですごいことだと思いました。これからは,たった
 1秒の言葉でもしんちょうに使うように心掛けたいです。
何気なく人を傷つける言動が目立った児童Bが,
・言葉には人を傷つける,人生を変える力がある。気を付けなくてはいけない。
と語っていた。そのことに気付いただけでも今後に役立つ気がした。   エ 課題  今回のエクササイズでは自分の考えを発表するだけに留まっている。友達の発表した1秒の言葉に対して,必ず誰 かがコメントを述べる形式のエクササイズにすれば,よく聞き,発言するスキルの上達も期待できると思う。  (6) 活動6 「詩を読もう」(P.55〜58 参照) ア ねらい 自分の考えを積極的に話し,友達の意見をよく聞くことで,グループ内の話し 合いによる合意を形成する力を身に付ける。   イ 活動の内容
@ 題名のない詩(右)を一人一枚ずつ配り,詩の題名を考える。
A その題名にした理由を書く。
B 3人ずつのグループになり,詩の題名を決定する。その際,多数決ではなく
    話し合いで決める。
C 詩の題名とその理由を発表し,振り返りカードを書く。

     
                
風はみえなくて
なびく草木で
風を知る
やさしさはみえなくて
あたたかく感じる
こころで
やさしさを知る

  ウ 参加者の様子  グループで話し合い,ひとつの題にまとめていく活動を行った時の様子は,ただ自分の意見を発表するだけで,話 し合いによる合意形成に関する高まりや深まりはみられなかった。そして,特別に意見交流が無いままグループの題 が決まっていった。振り返りカードには

・自分の考えをしっかり発表しなくてはいけないと思った。
・人によって考えが違うんだなと思った。考えをまとめるのは難しい。
・自分の意見をもって話し合わなくてはいけないと思った。
などがあった。子供たちは自分が考えた題について発表することはでき,友達の意見と自分の意見を比べることはで きていた。そして,話し合う際に自分の考えを積極的に発表することの重要性に気付いていたことが分かる。   エ 課題  合意形成の大切さに気付くことができたと思う。単に意見の出し合いに終わらないように,ワークシートを順番や 段階を追って話し合いが進められるように,工夫する必要がある。  (7) 活動7 「以心伝心(らしさ,とは)」(P.59〜60 参照)   ア ねらい  高学年らしさについての認識は一人一人違う。それぞれが考える「らしさ」をお互いに知り合うことで,高学年と しての気持ちを高める。   イ 活動の内容

@ 5年生と6年生それぞれがグループを作る。
A 「高学年らしい行動」について,具体的な場面を出し合う。
   (例)「運動会当日の行動」「委員会活動の中で」「掃除中」など
B それぞれの場面について,「高学年らしい行動」を一人一人紙に書く。
C 「せーのっ」の合図で,一方の学年が一斉に紙を見せる。
D 紙に書いた「高学年らしい行動」を説明する。
E そろった人数が多いほど,得点が高い。その得点を競う。
F もう一方の学年が発表する。
G 場面毎に数回,発表し合う。
H カードは,黒板に貼り,ゲーム終了後に見る。
I 振り返り活動をする。
  ウ 参加者の様子  具体的な場面を思い浮かべながら「高学年らしさ」について考えた子供たち。さすがに6年生は説得力のある発表 をすることができた。その姿を見て,5年生は「6年生のようになりたい」と思ってくれたようだった。「せーのっ」 でカードを見せ,何人そろっているかお互いに見合う子供たち。とても活気にあふれ,声を上げて喜ぶ子供が多かっ た。5年生も,大きな声で発表することができ,今までにない姿が見られた。振り返りカードには

・どんな行動をしたら高学年らしいか勉強になった。(5年生)
・人それぞれ,高学年らしさについて考え方が違うと思った。でも,下級生が喜んでくれることが大切だと思った。
・みんな高学年らしいことを書いていてすごいと思いました。特に6年生の意見はすごかったです。
などがあった。   エ 課題  ここでは,高学年らしさを身に付けたいという気持ちの高まりがみられた。そして,より高い効果を得るためには, 高まった気持ちを持続させ,具体的な取り組みを行うことの重要性を感じた。  (8) 活動8 「上手な断り方」(P.61〜63 参照)   ア ねらい  自分の意志できちんと断るためのスキルと,その正当性を学ぶことができる。また、友達に何か頼まれたときに, 相手を傷つけないように断るテクニックを学ぶ。   イ 活動の内容

@ 「謝罪」「断る理由」「断りの表明」「代わりの意見」の四つの段階を知る。
A ワークシートに書かれている「友達の誘いを断れずにいる子」の気持ちになって,断るせりふを書く。その際,
  四つの段階を考える。
B そのせりふを発表する。
C 四人組になって,断る練習をする。
D 振り返りカードに記入後,シェアリングを行う。
  ウ 参加者の様子  友達からの強引な誘いを断るための方法を学んだ。はじめはワークシートに記入したことを読むことで,少しずつ 断ることになれていった。最後の一対一の練習では,四つの段階(@「謝罪」A「断る理由」B「断りの表明」 C「代わりの意見」)を思い浮かべながら,上手に断る言葉をその場で考える練習をした。普段,断ることを苦手に している子供が多いので,はっきりと相手に断りの言葉を伝える体験は新鮮なことに思えたようだ。振り返りの中で,

・断ること,相手を傷つけないで上手く断ることは難しい。
・上手に断る方法が少し分かったのでよかった。
などがあった。 数日後,今まで「嫌だ」とはっきりと言えなかった児童Cが「嫌だ」とはっきり言っている姿を見かけた。また,児 童Dの保護者から,「息子が友達に今度の休みに遊ぼうと誘われたが,断ることができず困っていました。でも,し ばらくの間,電話の前で悩んでいたが,自分から電話をしてきちんと断っていました。少し成長したなと思いました」 といった内容の話を聞いた。   エ 課題     役割分担をして断る練習を行った。照れくさそうに役割演技をしながらも,次第に真剣な表情を見せ始めた。せり ふと役割がしっかり決まっていたので,どの子供もはっきりとした口調で断る練習をすることができた。この様子か ら,話す力は着実に付いてきていると感じた。今後は自分の考えをその場で考え,話を切り返すことができるような エクササイズを行うことにして,活動9実践後に,活動10「へぇへぇ」を考えた。  (9) 活動9 「今,元気に生きています」(P.64〜68 参照)   ア ねらい  自分の今までの成長と,友達の成長を保護者の視点から見つめることで,家族に感謝し,家族を大切にしようとい う気持ちを高める。   イ 活動の内容

@ 事前に保護者宛に子供たちの成長について 
  「ぼく・私の歴史」カード(右図)を書い
  てもらう。
A カードを集約し,誰のことが書かれたカー
  ドか分からないようにする。
B 数人のグループに分かれ,グループ以外の
  友達のカードを配る。
C グループで相談しながら,誰のことが書か
  れたカードかを話し合う。
D 答え合わせをする。
E 振り返りカードに記入し,シェアリングを
  行う。
F 家族からの手紙を読む。
G 家族に宛てた手紙を書く

出来事思ったこと
妊娠中 お母さんのお腹の中
で動く子供を触った時
(父)お母さんのお腹の中で動く
○○を感じると、どんな子が産まれ
てくるか、元気で産まれてくるか、
とても幸せな気持ちになりました。
生まれた時 陣痛が始まってから
生まれるまでに約3
時間かかった。
(母)はやく産まれて、とにかく元気
に産まれてほしいと思った。
4500gの健康な赤
ちゃん
(父)大きな赤ちゃんにびっくり。健
康な子に育ってほしいと願った。
3歳まで 崖から落ちて、大けが
をした。
(兄)○○が頭から血を流していてと
ても心配した。
1・2年生
の頃
入学式 (母)毎日元気よく学校に行ってくれ
たので、うれしかった。
  ウ 参加者の様子  保護者の視点で友達の成長を考えるようにした。そうすることで,子供たちは振り返りの中で
・みんなのお母さんも,子供のことをとても大切に思っているんだ。
ということに気付いていった。また,自分自身が親からたっぷりの愛情を注がれて育ってきていることに気付くこと ができたようであった。振り返りの中に

・おかあさんが,僕のことをとても心配していることが分かった。こんなに大切にされているなんて知らなかった。
・家族のおかげで自分が成長してきたんだということを知ることができた。
など,家族の愛情を知るきっかけになった。また,家族からの手紙の存在は「内緒」にしてあったので,その存在を 知ったとき,子供たちは一様に驚いていた。そして,その手紙をじっくり読む姿は心地よい愛情に浸っているかのよ うに見えた。その雰囲気をもったまま家族に宛てた手紙を書いた。  手紙には

・今まで心配かけてきたことが分かった。これからは自分でできることは自分できちんとやる。(多分)もう心配し
 なくてもいいよ。
・家族のみんなが私を大事にしていてくれる。とてもうれしい。ありがとう。
などの内容のものがみられた。中には,手紙を書きながら涙ぐんでいる子供もいた。   エ 課題  問題を解く段階で「家族の気持ちに視点を合わせる」ようにした。そのため,それぞれの家族の愛情を考えること ができた。振り返りカードで「自分も友達も家族から同じように愛されている存在」であることに気付かせることが できるような項目を設定することで,友達を大切に思う気持ちを高めることができそうである。  ここまで、固定化した友達のイメージを破り人間関係をより豊かにしていくために,いくつかのエクササイズを実 施してきた。そして一定の効果があったことは今までに述べたとおりである。このような活動の基盤にあるのは,自 他の生命を大切にしたいという思いではないかと思う。活動9「今,元気に生きています」は,このような思いを育 てるエクササイズになった。命を軽く考えているとしか思われないような少年事件の発生のたびに,命の教育の大切 さが言われている。しかし,漠然と「命というのは大切です」と言われても,小学生の発達段階を考えると,命の大 切さを実感することは難しい。自分一人の「命」の誕生に,成長に,どれだけの人々の思いが重なってきたかを知り, 友人の「命」にも同じように多くの人々の思いが重なっていることを知った時,はじめて「命の重さ」を実感するの ではないかと思う。自他を理解し,違いを尊重していく態度の前提とも言える「命」を大切にする思いをいかにはぐ くんでいくかも,今後の課題としたい。  (10)活動10 「へぇへぇ 伝えよう自分の考え」(P.69〜70 参照)   ア ねらい  自分の考えを相手に納得させることを目的とし,積極的に自分の考えを主張する力を養う。   イ 活動の内容

@ 2,3人のグループになる。
A 教科「国語」の学習のまとめの段階で「自分の思ったこと」を相手に納得してもらうことを伝える。
B 自分の考えを相手に納得してもらえるように,様々な根拠を挙げて説得する。時間は1分間
C 聞き手は,話し手の顔を見て,納得する場面では大きくうなずきながら「へぇ,へぇ」と言う。
D 1分で時間を切り,聞き手は話し手の説明を10点満点で採点する。また,カードによいところを一つ以上書く。
E グループ内で順番に一回りする。
F 採点カードをお互いに渡し,振り返りをする。
  ウ 参加者の様子  国語の読み物教材「ヒロシマの歌」のまとめの段階で,「心に残った一文」を発表する学習を行った。学級内で発 言を促しても一人,二人しか手が挙がらなかった。そこで,事前に準備しておいた「へぇへぇ 伝えよう自分の考え」 を行ってみた。するとどの子供も聞き手を説得しようと自分の考えを積極的に話し始めた。5年生のほとんど話そう としない児童Eも相手の目を見て,はっきりとした口調で相手を説得していた。シェアリングの段階で児童Eは「友 達の説得を聞いて,自分の考えが変わりました。友達の考えを聞くことはいいことだと思いました」と発言でき,成 長を感じた。この他に,振り返りカードでは以下の記述がみられた。

・友達を説得することは難しいと思いました。特に言い方が難しいです。
・相手によく分かるように理由を考え,説明することは大変でした。でも,少し上手になった気がします。
・友達の考えを聞くことで,自分の考えをもう一度考えることができた。
 この活動により,話すこと,特に相手に理解してもらうことは難しいことを実感できた子供が多かった。ただ,こ の活動は他の教科でも応用できるので繰り返し行っていくことで,話すことの確かな力が子供たちに身に付くと思わ れる。   エ 課題  今回は学習のまとめの段階で行った。これを総合的な学習の時間の年度始めに「総合的な学習でしたいこと」と題 して,相手に話すエクササイズに置き換えることもできると考えられる。特に,一年の活動を方向付ける大切な時期 に何となく子供たちの頭の中にあるあいまいな部分を「話すこと」で,整理できると思う。  このような他の活動への応用を行うことで,「話すことのスキル獲得」と,「学習の深まり・高まり」などの相乗 効果が期待できるので,いろいろな場面での活用を探っていきたい。  (11)活動11 「紙芝居を作ろう」(P.71 参照)   ア ねらい  グループ内で自分の考えを積極的に出し合い,一つのものにまとめていく楽しさを味わうことができる。   イ 活動の内容

@ 4,5人のグループに分ける。
A 一人一枚ずつA5サイズの画用紙を配り,グループで紙芝居を作ることを伝える。
B 担任が紙芝居のタイトルと1枚目と最後の場面を発表する。
C そのタイトルと最初と最後の場面から連想される物語をグループで話し合い,一
  人一場面を描く。
                                                    
D 「必ず一人一場面を作る」ので,一人一つ以上の場面のアイデアを出す。リーダー
  はフィッシュボーンの絵(右)の四角部分に場面を書き込んでいき,ストーリーの
  流れをまとめる。そして,魚を完成させる。
E ストーリーができたら,各場面の絵と,せりふは一人一人で製作する。
F 完成したら,学級で発表をする。

  ウ 参加者の様子  わずか45分間の間に,話し合いをし,ストーリーを考え,製作をし,発表するところまでできた。話し合いによ って,ストーリーを作っていく場面では,フィッシュボーンの各パーツにどんな話を入れていくといいか積極的に 話し合いが行われた。今まで,グループ内で話し合いを行うと,学級の中が静まりかえっていた。しかし,この時 は「○○の場面があるといいよ」「魚を食べておいしかった。という場面があるといい」など,とても活発な話し 合いができていた。このことから話す力が付いてきていることがうかがえた。  振り返りの場面で

・わずかな時間だったけど,みんなで協力できたので,あっという間にできました。
・誰の意見が中心になったということはなかった。みんながたくさん意見を出してくれて,みんなが話をまとめ
 ていった感じがした。だから,グループで話し合って完成した紙芝居ができてうれしかった。(児童B)
などの意見がでた。ここで注目したいのが「みんなで話し合って完成した」と実感していることである。今まで話し 合いを行うとグループの中心的な存在の児童Bの意見が押し通され,話し合いが成立することは少なかった。しかし, 4月からずっと話し合い活動を行ってきて,この場面で初めて話し合う姿が見られた。無理矢理,自分を押し通して いた児童Bの成長と,話すこと・聞くことのスキルの向上がこの場面ではみられた。   エ 課題  この活動を通して,4,5人のグループでの話し合いができるようになってきた。しかし,まだ9人全員の話し合 いになると,口を閉ざす子供がいる。今後もこのような話すこと・聞くことのスキルの獲得と,友達との人間関係を よりよくするための活動を行っていきたい。

3 効果・課題
 (1) 効果
 自分の考えを発言しようとしなかった子供たちが,何とか発言しようとする姿を見せ始めた。中でもほとんど話そ
うとしなかった児童Eが自分から「先生,社会科のこの部分がよく分かりません。どうしたらいいか教えてください」
と話しかけてきたり,算数の時間に「どうしても発言したいので,言わせてください」と,立体の学習で分かったこ
とを発言したりする姿が見られるようになってきた。また,友達の誘いをなかなか断ることができなかった児童Dが
自宅の電話の前で何分も悩んだあげく「せっかく遊びに誘ってくれてうれしかったけど,今度の休みの日は他にやり
たいことがあるから,一緒に遊べないんだ。ごめんね」と電話で断りの話をすることができた。
 このように,話すためのスキル獲得を目指して取り組んだ成果が少しずつではあるがみられるようになってきてい
る。学級全体も,全校に響き渡るような明るい声で挨拶ができるようになってきており,今後の成長が楽しみである。
 友達のことを見つめ直すエクササイズを行ったことにより,固定化した友達のイメージが少しずつ変化を見せるよ
うになってきた。「いいとこ紹介ゲーム」「1秒の言葉」「運動会で頑張ったで賞」などの活動を通して友達の新し
い一面を知ることができ,人それぞれで言葉の受け取り方が違うことに気付くこともできた。また,友達が自分を肯
定的に見つめていることを知ることで自己有用感をもつようになってきた。そして,友達を認め,友達から認められ
る,居心地のいい学級集団に育っていったように思う。
 よりよい社会生活を営んでいく上で大切な「自分の考え」を語ることは,安心できる集団の中でもなかなかできる
ものではない。特に児童Eのように普段からかたくなに口を閉ざしがちな子供はなおさらである。児童Eはいまだに
自分の考えを語ることは少ない。しかし,以前に比べれば自分から話そうとする姿が見られるようになった。また,
いつも何かにおびえているかのように背中を曲げ,両手をお腹の前で握っている姿が少なくなった。このことからも,
話すためのスキルを身に付けることは,その子供にとって自信になり,話そうとする気持ちを後ろからそっと押す力
になっているということが言えると思う。すなわち,子供たちにも「話すためのスキル」をいろいろなエクササイズ
を通して獲得させていくことが「自分の考え」を語らせることの有効性が明らかになってきた。
 実践を始めて半年。まだまだ発展途上の学級ではあるが,明るい希望が見えてきていることは確かである。
 (2) 課題
 現在子供たちは5,6人のグループならば話し合いが成立するようになってきたが,学級全体になるとまだまだで
ある。そこで,学級全体で話し合いが活性化するようになるためには,どのようなエクササイズが有効か考え,新た
に開発していくことが今後の課題である。
 もう一つは、自他の命を大切にする思いを育むエクササイズの開発である。活動9『今、元気に生きています』の
課題でも述べたように、自他を理解し,違いを尊重していく態度の前提とも言える、「命」を大切にする思いをいか
にはぐくんでいくかも,今後の課題としたい。


<参考文献>
坂野公信『学校グループワークトレーニング3』(遊戯社,2003)
佐藤幸司『とっておきの道徳授業U』(日本標準,2002)
国分康孝『ソーシャルスキル教育で子供が変わる』(図書文化社,1999)