研究実践編

【実践報告2】
自分の思いや願いを素直に表現できる生徒の育成 − 自分も相手も大切にできるアサーショントレーニングの実践を通して −
1 学級集団の状況(中学校3年生 男子19人 女子12人)
 本校は,各学年2クラス,全校生徒162名の小規模校である。近年,学区にレジャー施設が建設され,休日にはにぎ
やかな面もみられるようになった。しかし,普段は山と海に囲まれた大変のどかな地区である。学区に1小学校,1
中学校ということで,学区を挙げて生徒の健全育成に取り組む動きがあり,地域の教育力という点では,学校に対し
て大変協力的なよい面をもっている。しかし,生徒は小学校入学から中学校卒業までの9年間を同じメンバーで生活
することになる。そのため,新しい人間関係を構築することが難しいという面をもっている。小学校からの人間関係
が中学校まで持ち込まれるために,固定化された人間関係に縛られ,成長に応じた幅広い交友関係を築けずに悩む生
徒が少なくない。また,友達の新たな成長やよさに目を向けたり,気付いたりすることも少ない面がみられた。近年,
こうしたことが影響するためか,不登校を起こす生徒もみられるようになってきている。
 そうした状況の中で,昨年度は「自信のないリーダーたちの存在」「固定化された人間関係」を課題ととらえ,自
分の思いや願いを素直に表現できる生徒の育成を目指して,様々なグループ・アプローチの実践に取り組んだ。結果,
仲間のよさに目を向け,リーダーが自信をもって行動できる温かい学級へと成長した。しかし,「固定化された人間
関係」については,相変わらずグループ間の交流はみられず,課題を残した。
 そこで本年度,持ち上がりの学年で学級の半分は同じメンバーという状況で,昨年度の取組を踏襲しつつ,残され
た課題を克服するために,アサーショントレーニングの実践に取り組むことにした。自分も相手も大切にできる自己
表現の仕方について学ぶことで,グループ内のよりよい対人交流が促され,さらにグループ間の交流へと広がりをみ
せると考え,研究実践に取り組んだ。

2 実践
 (1) 活動 1 自分を知ろう 相手も知ろう「こんなとき,私はどうする?」(P.72〜74 参照)
  ア ねらい
 学校生活で起こりうる八つの場面(@ほめられたとき,Aからかわれたときなど)において,自分がどんな行動や
態度をとるかを振り返るとともに,グループの仲間がとる言動を知ることで,これからの自分がとるべき行動や態度
について考える。
  イ 活動の内容

@ 八つの場面において,自分がどのような行動や態度をとるかについて,自分の生活ぶりを振り返り,思い当たる
 行動や態度を記入する。さらに,記入した八つの場面における自分の行動や態度を分析し,思ったことや感じたこ
 とを書く。
A グループでリーダーを決め,八つの場面における自分の行動や態度を伝え合う。伝え合う中で仲間の意見に対し
 て思ったことや感じたことをメモする。リーダーはみんなの意見が一致した場面と意見がばらばらになった場面を
 全体に報告できるようにまとめる。
B グループごとに,リーダーが話し合いの様子を報告し,一致した意見やばらばらになった意見を報告する。
C 今日の授業の反省を書き,グループごとに書いた内容を伝え合う。
  ウ 参加者の様子  生徒たちは,八つの場面について,今までの自分の行動や態度を振り返り,真剣に書いていた。すべての場面につ いて書いた後の自己分析では,

・もっと積極的にならないといけない。
・自分で行動するんじゃなくて,他人に影響されて動いていることが分かる。
・何か自分から言うより待っている方が多い。
など,周りの様子やみんなに任せた行動や態度をとる自分に気付く生徒が多かった。また,

・小学校から一緒なのに,今でもすべて本音を言えているわけではない。自分の意見はもてるので,もっと周りを気
 にしすぎないで,積極的に発言しようと思う。
・小学校の頃から一緒にいるので,みんなの性格を知っているからなかなか言えないことがあった。
のように,互いのことをよく知っているのに本音を言えない,親しいからこそ本音で話せないなど, 周りに気を遣いすぎている生徒も多く見られた。さらに,
・自分は結構はっきり言うと思いました。もう少し,協力的になった方がいいと思いました。
のように,自己主張がきちんとできる生徒も今の自分を客観的にみる機会となった。  次に,場面ごとに自分の行動や態度を伝え合う活動では,どのグループもリーダーを中心に意欲的な活動が見られ た。自分と仲間との行動や態度の相違に気付き,「僕もほめられたときは,照れながらそんなことないよって言うな あ」「○○さんは,黙ると怒っているんだね」など,自分と同じ行動をとる仲間に安心したり,自分とは違う仲間の 意外な態度に驚くつぶやきがあちらこちらで聞かれた。  さらに,リーダーがグループの話し合いの様子を伝える活動では,A「みんなにからかわれたとき」とF「仲間に 貸している本をすぐに返してほしいとき」の場面が多く取り上げられ,それぞれの班の様子が報告された。A「みん なにからかわれたとき」では,自分の怒りを抑えて「笑ってごまかす」「無視をして相手にしない」という意見に対 して,自分の嫌な気持ちはきちんと伝えた方がいいから「はいはい,よかったね」と言う方法や「嫌な顔をする」 「キレる」といった態度が紹介された。また,F「仲間に貸している本をすぐに返してほしいとき」では,返してほ しい理由を付け加えたり,ダイレクトに「返して!」という意見が大半であったが,中には,「ごめんね!返してく れる?」と謝る意見や「私って,本を返してもらったっけ?」ととぼける意見も発表された。自分の本なのに謝った り,とぼけたりする態度に「情けない」と言い出す生徒も見られたが,「本当に仲の良い友達には言いにくい」とい う反論にうなずく生徒の反応が印象的だった。  最後に書いた振り返りでは,周りの様子をうかがいながら,みんなに任せて行動している自分に気付いた生徒は,

・みんなにあわせることが多かったけど,場合によっては,自分の意見を通した方がいいと思いました。やっぱり,
 人というのは事情と空気を読むことが大切だと思います。簡単に,自分の意見を通そうとすると,友達関係がくず
 れてしまうかもしれないので,これからは臨機応変な態度で過ごしていきたいと思います。
・もう少し,自分から行動することが大切だと思いました。やっぱり,雰囲気で話すのではなく,初めは相手のこと
 を考えてから物事を言った方がよいと思いました。そして,次第に相手のことも分かってきたら,雰囲気でも話せ
 るようにしたいです。
のように,単に自己主張することや自分から行動することの大切さに気付くだけでなく,その場の状況や雰囲気を 感じ取ることや信頼できる確かな人間関係の必要性にも気付くことができた。また,周りを気にしすぎて,本音を話 せない自分に気付いた生徒は,

・クラスの仲間がどうやって,何を考えているのかが少しでも分かった気がします。自分のこともよく分かりました。
 今回の授業を参考に,少しでも自分を変えていきたいと思いました。
のように,授業を通して上手に自己主張すること大切さを感じ取ることができた。さらに,はっきり自己主張して いた生徒も,

・これからは,その人,その人と,いろんな人がいると思うので,その人に合わせた対応をしないといけないと思い
 ました。
と相手を理解し,その人に合った行動や態度の必要性を感じ取ることができた。   エ 課題  課題としては,グループ活動の取組や話し合いの深まりに差ができてしまったことが挙げられる。原因として,リー ダーを生徒同士で決めさせたことや活動のたびにリーダーを変えるルールで取り組んでいることが考えられるが,誰 がリーダーでもグループワークができる学級集団を目指したい。ワークシートからグループの様子を把握し,教員が 介入することで解消したいと考えている。また,リーダーがグループの話し合いをまとめ,発表しやすくする工夫も 必要である。次時は,話し合いの内容をマジックでメモし,そのまま黒板に貼って説明できるような紙をあらかじめ 用意することで,内容の濃いスムーズな報告をさせたいと考えている。  (2) 活動 2 相手の気持ちを考えよう「ねえ,ちょっと聞いてよ!」(P.75〜77 参照)   ア ねらい  修学旅行前日のA君との会話で,A君の問いかけに対して,「否定的」「共感的」「無関心」の三種類の返答を考 え,実際にロールプレイすることで,それぞれの対応のよしあしを体感し,気持ちよい会話について考え,気付くこ とができる。   イ 活動の内容

@ A君との五つの会話について,それぞれ自分なりに「否定的」「共感的」「無関心」の三つの返答を考え,記入
 する。
A 記入したら,グループごとに自分が書いた「否定的」「共感的」「無関心」な返答を伝え合う。みんなの返答の
 中で,最もよいものをグループの返答として,シナリオを完成させる。
B シナリオが決まったら,グループで役割を分担し,実際に会話をロールプレイしてみる。役割を交代して,いろ
 いろな役をやることで,「否定的」「共感的」「無関心」それぞれの会話の良い点・悪い点について考える。
C 三つのグループが,「否定的」「共感的」「無関心」の会話をみんなの前でロールプレイする。
D 各グループのリーダーが,それぞれの会話の良い点・悪い点について,話し合った結果を報告する。
E 今日の授業の反省を書き,グループごとに書いた内容を伝え合う。
  ウ 参加者の様子  ワークシートに「否定的」「共感的」「無関心」の三つの返答を書き始めてすぐに,「否定的」と「無関心」はど う違うのかと質問を受けた。言葉のとおりで,否定するように答える文と関心が全くないように答える文を書くよう に指示したが,それでも言葉の意味が分からない生徒がいた。しかし,グループごとに返答を吟味する活動を通して, 少しずつ理解できたようである。  初めてのロールプレイということで,しっかりできるか心配したが,指示したように言葉の意味を考え,身振りや 表情も意識した演技をするグループがほとんどであった。醒めた様子もなく,役割を交代しながら楽しそうにロール プレイする姿に感心した。代表に選ばれたグループも,みんなの前で恥ずかしがることなく,演技することできた。  その後で,グループごとに話し合った「それぞれの会話の良い点・悪い点」について,リーダーが報告をした。前 時の反省から,みんなの意見をまとめる用紙を配布して話し合いを行ったので,スムーズに報告する姿が見られた。 リーダーの報告をまとめると,次のような表が完成した。

会話の良い点
会話の悪い点
「否定的」 ・自分の意見が通り,断ることができる
・相手に合わせなくてもいい
・自分の気持ちがはっきり伝わる
・相手に嫌な感じを与える
・相手を傷つける
・友だち関係が崩れる
「共感的」 ・会話がはずむ ・場がなごむ
・相手に好印象を与える
・友達との関係が良くなる ・友好的
・自分の意見が言えない
・八方美人に見られる
・相手に本当の気持ちが伝わらない
「無関心」 ・かかわりをもらず,自由で気まま
・自分だけの時間や世界がもてる
・自分の気持ちがはっきり伝わる
・冷たい人,嫌な人だと思われる
・返答がないから相手を困らせる
・相手にしてもらえなくなる       
生徒たちの振り返りでは,多くの生徒が「三つの話し方を使い分けることが大切である」と話していた。中には,

・「否定的」と「無関心」は,相手に対してすごく失礼だと思いました。「共感的」は,話も盛り上がっていいこと
 が多いようにみえるけど,いざ大切なことを決めるときは,全部,相手に合わせてしまって,なかなか意見が決ま
 らないので,この三つを使い分ければいいと思うけど「否定的」とか「無関心」とかは,やさしく否定したり,さ
 りげなくやった方がいいと思いました。
のように,「否定的」「無関心」の表現の仕方について,自分なりの使い分けにふれる生徒もみられた。さらに,

・「共感的」な会話は,会話相手に好印象を与えられる反面,自分の意見を尊重できないこともあるので,ときには
「否定的」に自分の意見を尊重するのがよいと思います。「無関心」な話は相手のことを考えない会話なので,それ
 だけではだめだと思います。自分の意見を尊重し相手のことを考えて会話するのが大切だと思いました。
のように,はっきりと「無関心」な会話を否定し,ときには自己主張することの大切さを訴える振り返りもみられ, 全体にその意見を広めて次時へとつないだ。   エ 課題  課題としては,時間的に苦しく,十分に時間をとって活動できなかったことが挙げられる。内容を削ることはでき ないので,会話の数を減らしたり,グループリーダーからの報告をさらに能率的に行う必要がある。グループワーク は,どのグループも前時よりスムーズに行われ,介入の必要が感じられたグループはなかった。  (3) 活動 3 自分も相手も大切にして話そう!「こんなとき,私はこう言う!」(P.78〜80 参照)   ア ねらい  学校で起こりうる二つのトラブル場面において,自分も相手も大切にした言動(対応)を考えさせることで,自己 主張することの大切さに気付くことができる。 イ 活動の内容

@ 学校で起こりうる「トラブル場面1」について,今までの自分の対応を振り返り,その対応が自分もA君も大切
 にした対応であったかを記入する。さらに,今までの自分に足りなかった部分を踏まえ,今後どういうことに心掛
 けて対応すべきかも記入する。
A 記入したら,グループごとに自分が書いた内容を伝え合う。その後,ペアで役割分担をし,会話の例を参考に自
 分が心掛ける対応を意識してロールプレイを行う。役割を交代し,必ず両方の役を行う。
B 代表で二つのペアを選び,みんなの前で演技させる。
C それぞれの役をやってみて思ったことや感じたことを書き,グループごとに伝え合う。
D 次に「トラブル場面2」について,同様に自分の対応を振り返り,その対応が自分もB君もいじめている人も大
 切にした対応であったかを記入する。さらに,今までの自分に足りなかった部分を踏まえ,今後どういうことに心
 掛けて対応すべきかも記入する。
  ウ 参加者の様子  場面1の「配膳台を片付けないA君」に対して,「何も言わずに自分で片付ける」と振り返る生徒は,自分もA君 も大切にしていないことに気付き,「A君がしっかりやってくれるように言う」のように自己主張することの大切さ に気付くことができた。  また,「今日は俺がやったから,明日はお前がやれよ」とはっきりと自己主張できる生徒は,自分がA君に嫌な感 じを与えたことや「一緒にやろう」と言えなかった自分に気付き,「もっと,相手の立場に立って考え,言うべき」 と,ただ自己主張すればいいのではなく,自分もA君も気持ちよく片付けができる言い方を考える必要があることに 気付いた。  さらに,「仲の良い友達には遠回しに言えるけど,そうじゃない人には言えない」と話す生徒もいた。そんな生徒 たちも,「A君と話をして,片付けない理由を聞かなきゃいけない」や「悪いことは悪いのでちゃんと注意しなきゃ いけない」など,今までの自分を反省してロールプレイに臨むことができた。  場面2でも,「B君にいやがらせをする二人の仲間」に対して,「見て見ぬふりをしていた」や「一緒になって笑っ たりしていた」と振り返る生徒は,自分もB君もいじめている生徒たちも大切にしていないことに気付き,「いじめ をやめてくれるようにしっかりと言う」のように,悪いことは悪いと注意すべきという強い意志をもってロールプレ イに臨んだ。  振り返りでは,

・説得したり,止めたりすることは,やっぱり難しいことなんだなと思いました。つい言ってしまったら,それで関
 係がダメになるとか代償がつきものだと授業をやっていて思いました。
・今は予想だけど,本当にその場になってみないと本当のたいへんさは分からない。
・その状況で,はっきり言えるか言えないかで決まるから,相手のことも考えて言ったり行動したりしていきたい。
・やっぱり,給食のやつもいじめのやつもどちらにも共通して「言う勇気」がいると思いました。でも,それがなか
 なか言えないというのが問題だと思いました。こういうことが言えるようになればいいと思います。
以上のようなことが話された。言ってしまったことで,自分がいじめられてしまうのではないかという心配や本当に その場面になったら言えないかもしれないという自信のなさが素直に発表された。「言う勇気」という生徒の言葉か ら,学級全体に自己主張することの大切さを再確認させたと信じている。   エ 課題  課題としては,会話の例を参考にして行ったロールプレイが挙げられる。特に場面1ではA君の役,場面2ではい じめる生徒の返答に悪ふざけがみられた。すぐに納得して配膳台の片付けを引き受けたりいじめをやめてしまうよう では,説得したり止めたりすることの大変さを実感できないと考え,何か言い訳を考え,粘るように指示をした。そ のためふざけた態度や無意味な会話が増え,学習効果を半減させてしまった。もっと具体的に会話の例を提示するこ とで,内容のあるロールプレイにしなければならない。また,グループ内では自分の考えや意見を言える生徒たちが 増えてきたので,教員が取り上げて発表をさせるだけでなく,全体で話し合い,かかわり合う場の設定にも取り組ん でいきたい。

3 効果・課題
 (1) 効果
 3時間の授業実践に対する生徒の自己評価(5段階評価)の平均は下の表のようになった。   

自分を振
り返る
グループ活
動への取組
仲間のよさ これから
の参考
授業への
取組
活動1
3.57
3.73
3.57
3.73
3.83
活動2
3.32
3.94
3.65
3.48
3.94
活動3
3.70
3.97
3.43
3.47
3.77
 まず,「グループ活動への取組」については,活動ごとに高い値へと推移した。初めは,昨年グループワークを経 験した生徒を中心に活動を進めている様子がみられたが,次第に経験のない生徒も溶け込み,意欲的な取組がみられ た。授業のたびにリーダーを変えたことやグループの意見をまとめるワークシートを用意したことも,グループ活動 の活性化につながった。「授業への取組」もすべての活動で高い値となり,一人一人の生徒も意欲的に取り組んだこ とが分かる。 次に,「自分を振り返る」では,学校生活で起こりうる場面を取り上げた活動3で最も高い値になった。トラブ ル場面での対応を考えたり,ロールプレイで実際に体験したりしたことは,自分を振り返るという点で有効であった。 しかし,「これからの参考」で低い値になったことには課題が残る。  活動1の様々な場面での仲間の反応の方が「これからの参考」になったということは,まず,生徒が現在の学級集 団でうまく生活していくことに重点を置いていることが分かる。中学校を卒業し,集団が変わっても対応できるよう 継続的にアサーティブな会話を身に付け,これからの日常生活の中で継続的に実践していく必要性を強く感じた。  最後に,「仲間のよさ」を見付けると言う点では,活動2で最も高い値となった。活動2では,グループで最もよ い対話を選ぶという活動があり,仲間のよい意見を取り上げる場があったため,高い値になったと分析している。活 動3でも,トラブル場面における仲間の様々な対応から「仲間のよさ」を見付け,高い値になると考えていた。しか し,そうならなかった要因としては,活動3の課題でも述べたように,ロールプレイにおける悪ふざけが挙げられる。 また,自己評価の低かった生徒の振り返りからは,

・何が大切かとかそんなことよりも,A君がいけないことをしなければよかったと思う。
・みんながいじめなんてしなければ一件落着。何も考えることはない。
のように,正しい判断ではあるがまた同じ場面で見て見ぬふりをしてしまう生徒,アサーティブにかかわる自分な りの方策をもてていない生徒の存在が明らかになった。今後も,学校生活における様々な場面はもちろん日常生活へ も場面設定を広げ,生徒たちのアサーションスキル向上に取り組んでいきたい。  「固定化された人間関係」を課題ととらえ,自分も相手も大切にできるアサーショントレーニングの実践に取り組 んだ。わずか3時間の実践ではあるが,第1時は自分自身の行動を振り返り,その特徴や傾向を理解させるとともに 仲間との共通点や相違点に気付かせる活動(自己理解・他者理解)を意識して取り組んだ。また,第2時では仲間と の相違を理解した上で話し相手の気持ちを意識した会話をロールプレイしたり,それぞれの会話の良い点・悪い点を まとめる活動に取り組んだりすることで,時と場合に合わせた気持ちのよい会話を実感し,理解を深めた。さらに, 第3時では,学校生活で実際に起こりうる場面を想定し,困ったり悩んだりする中で上手に自己主張するトレーニン グや自分の気持ちを伝えることの大切さに気付く活動に取り組んだ。自己理解から他者理解,そして自己主張へと展 開した取組は,自分の言動を見直し,自己主張することの大切さに気付くとともに,これからの日常生活に生かせる 活動であった。  (2) 課題  まず,実施時期が課題として挙げられる。今回は,対象者が中学校3年生ということで,前期の終わりから後期の 初め(二学期制)に実践した。残り半年の中学校生活で,少しでも気持ちのよい会話や自分も相手も大切にした自己 主張ができ,気兼ねなく生活できればと願った。また,卒業という大きな節目に向け,9年間一緒に生活してきたす べての仲間を再認識し,温かい会話を通して交友関係が深まればとも思った。しかし,本当は1年生のうちに実践す べきことなのかもしれない。1年生の後半あたりで,4月からの中学校生活を振り返って実践し,アサーションスキ ルを身に付けた上で上級生となることが,同級生はもちろん下級生への接し方にも変化が見られ,よりよい人間関係 を築くことができるように思う。  次に,生徒が身に付けたアサーティブな会話を普段の学校生活でどのように実践させていくか,どう支援していく かである。現在は,生徒の会話の中から「自分も相手も大切にした言動」を見付け,それを学級全体に広げるよう心 掛けている。具体的には,ある生徒が「今日,提出物を配る係は誰なの?」と聞き,「ごめん!ちょっと,文化祭の 準備が忙しくて」と応えた生徒に対して,「それなら,僕が配っておくからいいよ!」と対応した生徒が挙げられる。 私自身,配られていない提出物に気付き,何も言わずに配る生徒をほめることは何度かあった。しかし,今は,任さ れた仕事はきちんとやるべきという観点で上手に生徒とかかわっているか,そして生徒の状況に応じて自分が何をな すべきかをしっかり判断し言動できているかまで生徒の様子を観察し,全体に語り,広められるようになってきた。 こうした地道な取組が,生徒同士の固定化した人間関係を崩し,対人交流をうながすと考えている。  最後に,最近,生徒に対して感じるのは対人関係スキルの乏しさである。仲間の誘い方や仲間への入り方,上手な 聴き方や頼み方など,人や集団に対してどのようにかかわっていけばいいのか術を知らない生徒へ目を向けた取組が 必要である。そうすることがグループワークの質を高め,効果も上がると考えている。今後も,様々なグループアプ ローチに取り組み,よりよい学級集団を目指していきたい。 <参考文献>  諸富祥彦『こころを育てる 授業ベスト22』(図書文化社 2004) 諸富祥彦『エンカウンター こんなときこうする!中学校編』(図書文化社 2000) 園田雅代・中釜洋子『子どものためのアサーショングループワーク』(日本・精神技術研究所 2005) 平木典子『アサーショントレーニング』(日本・精神技術研究所 1993) 園田雅代・中釜洋子・沢崎俊之『教師のためのアサーション』(金子書房 2002)