研究実践編
【実践報告4】高等学校における非行の予防教育 − 三つのグループ・アプローチの実践を通して −
1 学級集団の状況(高等学校1年生 男子237人 女子42人) 本校は西三河にある工業科の伝統校である。近年は就職に有利なため本校への志望者が増え,在校生の雰囲気も大 変落ち着いている。だが,1年生には,多くの高校と同じく,高校生活に慣れ始めた安堵感と入学後の目標の喪失と いったことから,気がゆるみがちで非行が懸念される生徒もみられる。そこで,1年生全体に対して非行の予防教育 として,グループ・アプローチを試みた。
2 実践 (1) 活動1 「何が非行なのか?」(P.100〜102 参照) ア ねらい どのような行為が非行となり,処分の対象となるのかを各自が考え,さらにグループで意見交換することによって, 非行に関する知識を身に付ける。また,活動を通じて,「道徳的に悪いこと」と「法的に悪いこと」が必ずしも一致 しないことや,善悪の基準が人によって違うことなどを理解するとともに,他の人と意見を交わすことで自己理解・ 他者理解を深め,感受性の促進を行う。 イ 活動の内容ウ 参加者の様子 1学期の期末考査後,夏休み直前の現代社会の授業を利用して,2クラスで実施した。うち一方のクラスは全員男 子のクラス,もう一つは女子36人男子3人という女子主体のクラスであった。クラスとしての明るさや反応の大きさ などで多少差はあったが,活動自体については,どちらのクラスも同じような様子が見られた。「非行」という題材 自体が普段扱わないことであったため,導入での非行の定義や処遇の説明のときからある程度関心を示す様子が見ら れた。さらに,その後グループでの話し合いを始めていくと,「非行」のことは"常識"として知っているようで意外 と知らないことであったり,グループで話し合う中で,「悪いことの中でも非行になること」はだいたい決定できる のだが,「悪くないこと」「悪いこと」については人によって意見が分かれたりして,盛り上がっているグループで はかなり活発に意見が交わされていた。しかし,一部には,話し合うのを嫌い,最初から多数決で「悪くないこと」 「悪いこと」を決めるグループがあったり,やる気のない姿勢をとる者がいたために他の者が遠慮してしまい,話し 合いたい素振りを見せつつもほとんど議論の進まないグループもあったりした。しかし,全体としては前向きに取り 組んで楽しむ者が多く,話し合いや発表を含めたグループ活動はかなり盛り上がっていたといえる。 「振り返り」のアンケートにおける主な質問の結果と,生徒の活動を通じて感じたことを以下に示す。
@ 「非行」の定義を説明し,非行を犯してしまった場合には,どのように処遇されるかを説明する。 A 与えられた項目の行動を,最初に個人で「悪くないこと」「悪いこと」「悪いことの中でも非行(犯罪)に なること」の三つに分類する。 B 次にグループで話し合い,グループでの分類を決定し,発表する。 C 各グループの発表した内容を比較しながら,まとめを行う。 D 各自で「振り返り用紙」を記入した後,グループで今日の活動の感想を述べ合う。
今日の授業を通して,非行についての知識
を得ることができましたか。1(得ることができなかった) 2 34(得ることができた) 0.0% 2.6% 58.4% 39.0%グループの話し合いでは意見を出すことが
できましたか。1(意見を出せなかった) 2 34(意見を出せた) 3.9% 28.6% 42.8% 24.7%グループの話し合いでは他人の意見を聞くこ
とができましたか。1(聞けなかった) 2 34(聞けた) 2.6% 10.4% 45.4% 41.6%グループの活動に参加することができました
か。1(参加できなかった) 2 34(参加できた) 0.0% 13.0% 39.0% 48.0%グループの活動では,あなたがたのグループ
はまとまっていましたか。1(まとまっていなかった) 2 34(まとまっていた) 3.9% 19.5% 35.1% 41.5%この授業はあなたのためになりましたか。 1(ためにならなかった) 2 34(ためになった) 0.0% 3.9% 42.9% 53.2%この授業は楽しかったですか。 1(楽しくなかった) 2 34(楽しかった) 1.3% 13.0% 44.1% 41.6%この「振り返り」のアンケートの結果を見ても,各設問の肯定的回答率が極めて高率であることから,この活動の 「ねらい」とした「知識を身に付けること」「自己理解・他者理解を深めること」などもおおむね達成できたと考え てよい。また,実際の活動中の様子や,「振り返り」における感想などからも,「今まで知らなかったことを知った」 という新しい知識を得た実感や,「今まで考えもしなかった『非行』のことを考える機会になった」という実感がはっ きりと伝わってきた。さらに,参加した生徒の中で改めて「非行に陥らないようにしよう」という意志が固くなった こともうかがえた。個々の生徒の善悪の判断や非行への認識を深めることができた活動であったといえる。 エ 課題 活動の展開の仕方について二点課題を挙げることができる。まず一つは,やはり時間配分のことである。実施した 授業時間が通常より5分短い1時限45分の短縮授業の時であったこともあるが,この活動自体,「導入」に位置付け られる非行の定義や処遇の説明といった知識の教授に時間がかかり,その後のグループでの話し合いや発表,そして 「振り返り」の時間が十分に確保できない傾向があった。内容が盛りだくさんであるので,生徒には「学んだ」気持 ちになれるであろうが,せわしなさは否めない。もう少し内容を精選して展開をスムーズにしなければならないだろ う。 もう一つは,グループの編成の問題である。アンケートの結果を見ると,グループに関する設問ではやや否定的な 回答が多くなっている。これは,もともと高校生がグループでの活動に不慣れなこともあるが,時間のない状況の中 でグループを単純に席の近い者同士で作らせたため,必ずしも親しくない者同士が突然に話し合いを求められたこと から,グループがまとまりきれなかったためと考えられる。こうした活動をスムーズに展開するためには,4月当初 より人間関係づくりの活動を計画的に実施するなどして,クラス内のコミュニケーション能力を高めておく必要があ るであろう。 (2) 活動2 「損得勘定をしてみよう」(P.103〜105 参照) ア ねらい 「非行をする」という行動の損得を考えることで,その行動の結果としてもたらされるリスクを回避する判断力を 養うとともに,意見交換を通して他者理解を促しつつ,互いによい行動を選択できるようにする。また,非行をする ことによって得をすることが一時的であるのに対し,損することが継続的であることや,トータルでみて損のほうが ずっと多いことを知る。 イ 活動の内容
◎この授業の感想を書いてください。 ・悪い,悪くないは場面によって変わると思った。自分で悪くないことだと思っていたことが,他の人からは 悪いことだと言われたのでびっくりした。気を付けるようにしたい。 ・自分の思っている「悪くないこと」「悪いこと」「非行」と,みんなの思っていたことが違っていて,みん なのいろいろな意見が聞けて,みんなの考えを聞いていると「そういう考えもあるんだな」と納得できるも のがあり,楽しかった。 ・あまり自分に関係のないような感じがしていたけど,実はそうではなく,とても身近にあることなんだと実 感した。 ・今日の授業で非行の知識が身に付きました。もっとこういう知識を身に付けたいです。ウ 参加者の様子 夏休み明けの9月の最初の現代社会の授業を利用して,1年生7クラスすべてで実施した。クラスの雰囲気によっ て,多少の差はみられたが,おおむね同様な反応・結果がみられた。活動を始める際,最初に「非行をしたときの 損得を考えてみよう」と切り出すと,生徒の側には「非行は悪いこと」という意識が根付いているためか,ほとん どが「(非行の)損得なんて考えたことない」「得することなんかあるのか」という反応であった。そこで,「考 えたことがないからこそ,この機会に冷静に非行の損得を考えてみよう」と話し,活動に取り組ませた。 実際の活動では,どこのクラスにおいても,グループでの話し合いの時にはほとんどのグループで活発に意見を出 し合っていた。概して,「得をしたこと」はあまり思いつかない様子で,せいぜい「お礼(盗んだ物の一部)をもら った」「ただで物(盗品)をもらえた」「B君との友情が壊れずにすんだ」「B君から信頼されていることが分かっ た」など2〜3の意見しか挙がっていなかった。それに対して,「損したこと」は,「バレた時に言い逃れができな い」というような現実的なリスク以上に,「共犯者になった」「非行に加担した」「バレた時の世間体が悪い」「親 に顔向けができない」「後ろ指を指され続ける」「うしろめたい気持ちが一生続く」「罪悪感が残る」など,罪悪感 にともなう心理的なリスクを挙げることが多かった。また,「一度手伝ったから次も当てにされる」「また自分が使 われる」「パシリにされる」など,友人関係に関する「負い目」も挙げられていた。どこのクラスでも,グループ発 表の時に新しい損(デメリット)が挙げられるたびに,笑い声も交りながらも納得する声が聞こえていた。こうした ことから,教員によるまとめの中での「損は継続的」という話が生徒にはかなり納得できた様子であった。また,ま とめの時に配布した「A君・B君のその後(例)」に対しては,改めて非行のリスクの大きさに恐れを感じた様子で あった。 「振り返り」のアンケートにおける主な質問の結果と,生徒の活動を通じて感じたことを以下に示す。
@ 非行した場面をあげ,「得したこと」と「損したこと」を思いつくだけ挙げてみる。 A グループで話し合い,まとめ,発表する。 B 各グループの発表した内容を検討しながら,まとめを行う。 C 各自で「振り返り用紙」を記入した後,グループで今日の活動の感想を述べ合う。
今日の授業を通して,非行における「損得」を
考えることができましたか。1(できなかった) 2 34(できた) 0.0% 4.2% 35.4% 60.4%今日の授業を通して,非行の損(デメリット)
を学べましたか。1(学べなかった) 2 34(学べた) 0.0% 1.3% 22.4% 76.3%グループの活動に参加することができました
か。1(参加できなかった) 2 34(参加できた) 0.4% 12.7% 42.6% 44.3%この授業はあなたのためになりましたか。 1(ためにならなかった) 2 34(ためになった) 0.0% 3.0% 37.1% 59.9%この授業は楽しかったですか。 1(楽しくなかった) 2 34(楽しかった) 0.0% 15.2% 55.3% 29.5%この「振り返り」のアンケートの結果をみても,どの設問でも肯定的回答率が極めて高いことから,この活動が大 変支持されたことが分かる。生徒が非行について「考え」「学び」,そして自らの「ためになった」という実感をも てる活動だったといえる。このことは,この活動の「ねらい」である「行動の結果としてもたらされるリスクを回避 する判断力を養う」ことの,「判断力」の前提となる非行のリスクについての「知識」を身に付けることができたと いうことであり,そのことはおのずと回避行動をとろうという感情ができたということでもある。「非行は悪いこと」 とは知っていても,これまで漠然としか考えることのなかった「非行」のリスクの問題を,ここで友達と話し合いな がら冷静に考えたことで,改めて「非行はしない」という思いを強くしたのである。その意味で,個々の生徒の中で 非行に対する思索が深まったといえる。こうしたことから,「振り返り」の感想では,「非行はしない」「誘われて も断る」という意志を表明する内容がほとんどであった。さらに,その中でも「友達に誘われたら本当に断れるだろ うか」という友達関係の現実味から「断る勇気」が必要という思いを抱く者もいた。このことは,この次の活動であ る「断る勇気」につながるレディネスができたことを意味し,スムーズに次の活動に取り組み,効果が一層高まるこ とが期待された。 エ 課題 この活動は1年生全7クラスで行ったが,これ以前に「何が非行なのか?」のグループ・アプローチを行っていた クラスと,そうでないクラスとでは,活動の導入の仕方を変えざるを得なかった。「何が非行なのか?」を行ってい たクラスは,この活動に入るに当たっても唐突な印象はない様子で,すでに「非行」についての知識があるため,ス ムーズに活動を展開することができた。一方,「何が非行なのか?」を行っていなかったクラスは,「非行」を扱う こと自体が唐突な感じもあったうえに,導入部分で「非行」の定義的な知識やイメージを膨らませる話をする必要が あった。両者は,展開や「振り返り」に見られる結果にはそれほどの差はないようにも思われたが,「何が非行なの か?」を行ったことがあったかどうかによって,個々の生徒の「非行」に関する認識の深まりに差ができたのは明ら かであろう。この活動の効果を一層高めるためにも,できるだけこの活動の前に「何が非行なのか?」は実施してお きたいものである。 (3) 活動3 「断る勇気」(P.106〜108 参照) ア ねらい 非行に誘われた場面を想定し,断り方を検討し練習することで自己主張的な行動(断り方)を習得する。また,悪 い誘いであれば,相手の気持ちを考えることは必ずしも必要ではなく,相手につけこまれないようにきっぱりと断る ことの重要性を知る。 イ 活動の内容
◎ この授業の感想を書いてください。 ・非行に得はないと思った。 ・分かっていたことだけど,改めて非行はダメだと思った。自分も同じようなことにならないようにしたい。 断る勇気は必要だなあと思った。 ・万引きなどの非行は,手伝いだけでも絶対しないでおこうと改めて思った。友達に誘われても断れる勇気をも とうと思った。 ・万引きを頼まれても,断る。これが本当の友達だと思いました。 ・今回は非行について考えるいい機会になりました。この中ではA君はB君に「友達だろ!」と言われ見張り をしてしまったので,自分は「友達だからダメだよ」と言えるようになりたいと思いました。 ・友達の誘惑はとても断りにくいし,嫌われたらどうしようという考えがはたらいてしまうけれど,それでは 自分のためにも友達のためにもならないので,"No"と言える勇気が必要だと思った。ウ 参加者の様子 上記の「損得勘定をしてみよう」を行った次の現代社会の授業で,授業時間に比較的余裕のあった5クラスで実施 した。今回は,どこのクラスもすでに「非行」についてのグループ・アプローチである「損得勘定をしてみよう」を 経験しているので,再び(クラスによっては三度)「非行」を扱うことに対しても突飛な感じはなく,スムーズに内 容に入っていけた様子であった。 今回は活動を始めるに当たって,前回の「損得勘定をしてみよう」の「振り返り」の感想をいくつか紹介した。そ して,「非行をしない」「誘われても断る」という決意表明だけでなく,「断る勇気」の必要性に多くの人が気付い たようだと話をし,その上で,実際に「断り方」を考えておかないと意に反した「失敗」に陥ってしまう可能性があ ることをあげ,「断り方」を考えてみることの必要性を説いてから実際の活動を行った。 実際の活動では,七つの答え方のうち,A・B・Cの三つは万引きを手伝っているので「悪い答え方」となるのは 当たり前で,どこのグループでも全く論外といった感じであった。話し合いは,万引きを断っているD・E・F・G の内容の検討という形で進められていた。すでに「非行」についてのグループ・アプローチを経験し,内容的にも前 回との関連が深いためか,今回はどのクラスでもほとんどのグループが積極的で,活発に意見をかわしながら,自分 たちなりの論理で「最もよい答え方」と思われるものを選んでいた。その結果は,大半がE又はFを選んでいた。そ の理由としては,Eはきちんと断りながらも代替案を示して自分だけでなく友達も救おうとしているということ,F は断るのに非行のリスクを挙げて友達を思いとどまらせようとしているということが中心であった。また,5クラス 中の一部ではあったが,DやGを支持する意見もあった。Dは「万引きはやらん!」という断固とした意志が態度と して出ているし,友達も「まずい」と思ってやめようと思うだろうし,一人じゃできなくなるからということであっ た。Gは「親に迷惑をかけちゃいかん。悲しませたらいかん」からで,「友達も『親』を出されたらひるむはず,と いうか"我に返る"はずだ」ということであった。このように,どこのクラスでも「答え方」の内容について活発に議 論が進んだので,まとめるときには,非行に誘われたときの答え方には,まずは「はっきりと断る」自己主張的な答 え方が必要であるという話とともに,できたら友達にも非行をさせないような「救える」答え方がいいのだろうとい う話をすることとなった。図らずも「よりよい友達関係」ということに言及する展開となった。 「振り返り」のアンケートにおける主な質問の結果と,生徒の活動を通じて感じたことを以下に示す。
@ 「万引きの見張りを頼まれる場面」での答え方七つを,よい(自己主張的)答え方と悪い(自己主張的で はない)答え方とに分類してみる。 A グループで話し合い,七つの答え方の中で最もよいと思われる答え方を決定し,理由も考え,発表する。 B 各グループの発表した内容を検討しながら,まとめを行う。 C 「きっぱり断る言葉」を考え,グループで伝え合う。 D 各自で「振り返り用紙」を記入した後,グループで今日の活動の感想を述べ合う。
今日の授業を通して,「断る勇気」の必要性を学
べましたか。1(できなかった) 2 34(できた) 0.5% 1.6% 32.6% 65.3%今日の授業を通して,非行に誘われたときの断
り方(自己主張的な対応)を学べましたか。1(学べなかった) 2 34(学べた) 0.0% 2.1% 41.7% 56.2%グループの活動に参加することができました
か。1(参加できなかった) 2 34(参加できた) 2.7% 14.4% 36.4% 46.5%この授業はあなたのためになりましたか。 1(ためにならなかった) 2 34(ためになった) 0.0% 2.7% 32.1% 65.2%この授業は楽しかったですか。 1(楽しくなかった) 2 34(楽しかった) 0.5% 14.4% 42.8% 42.3%この「振り返り」のアンケートの結果をみても,どの設問でも肯定的回答率が高いことから,この活動もまた支持 されたことが分かる。この活動もまた,生徒が非行について「考え」「学び」,そして自らの「ためになった」とい う実感をもてるものだったといえる。この活動では,「ねらい」のとおり,非行の勧誘に対する断り方を検討してい く中で,自己主張的な行動(断り方)の必要性に自ら気付くとともに,具体的にその方法も学ぶことができた。さら に,この活動は生徒にとって友達との関係を考えるよい機会になったようである。むしろ,生徒の側ではこちらの方 に重きをおく心情があったかもしれない。「振り返り」の感想の大半には,「非行はしない」「誘われてもはっきり 断る」こととともに,「友達もやめさせるようにしたい」ということが書かれていた。このことから,この活動は, 参加した生徒自身が非行に対する意識を高めて自己主張的行動がとれるようになっただけでなく,その効果から生徒 が接している周囲の友達も救われる可能性が高まったといえるだろう。その意味で,大変意義のある活動であった。 エ 課題 この「断る勇気」という活動は,もともとは七つの答え方をグループで話し合って「よい答え方」と「悪い答え方」 とに分類するとともに,ロールプレイを行う中で,自己主張的な断り方を学び習得していくものであった。しかし, 実際の活動では,答え方を単に分類するだけでは簡単すぎてグループで話し合おうという雰囲気にさえならなかった。 そこで,急遽(きゅうきょ)やり方を変えて「最もよい答え方とその理由」を話し合うこととした。また,ロールプレ イについては,十分な時間をかけられなかったこともあるが,何より男子高校生の心性としてロールプレイに対する 抵抗感が強く,最初の1クラスで試みたが,誰もやろうとはせず完全に失敗してしまった(女子主体のクラスは盛り 上がった)。そこで,これもアレンジしてロールプレイはやめ,グループ内で各自で考えた「きっぱり断る言葉」を 発表し合うこととした。このように実施段階になってアレンジを加えたため,そのよしあしを十分検討しきれていな い。時間配分も含めて,より効果的な内容になるように考えていきたい。
◎ この授業の感想を書いてください。 ・非行の勧誘を断るには,はっきりと断ることが大切だということが分かりました。自分がやめるだけでなく, 相手もやめさせることが本当の友達だと思う。 ・自分が非行にまきこまれないだけじゃなく,相手もやらないようにしないといけないなと思った。 ・自分もいつかこんな立場になるときがきっとあると思います。けど,そこで今回の授業みたいに断る勇気が 大事になってきます。その勇気が今回の授業で学べたので,これからは気を付けます。 ・意外にこういう主張をやんわりとするのは難しいものなんだなと思いました。でも,いろんな断り方がある なあと思いました。 ・断る勇気は思った以上に勇気がいります。その場にならないと分からないこともあるけど,自分の心の中に 断る言葉を決めたので,少し安心しました。 ・友達だったら絶対にやめさせてあげるのが一番いいと思うから,友達関係とかも大切だけど,どんな手を使 ってでもやめさせてあげるべきだと思いました。
3 効果・課題 |
(1) 効果 この非行予防を目指した三つのグループ・アプローチは,初めに「何が非行なのか?」で非行についての知識を身 に付け,次に「損得勘定をしてみよう」で非行のリスクを理解する。最後に「断る勇気」により自己主張的な行動 (断り方)を学ぶことで非行に陥らない態度を身に付けるというように,「知識の習得」→「思索を深める」→「シ ミュレーション」といった配列で展開することがより効果的である。この配列とおりに実施した2クラスでは,生徒 の非行に対する認識をかなり深めることができた。この三つの活動を通して,十分に非行についての知識と,そのリ スクを回避するスキルを学ぶことができたと思われる。夏休み前に時間がとれず,「損得勘定をしてみよう」と「断 る勇気」の二つを実施した3クラスでは,非行についての知識の部分でやや不足な感じはあるものの,この一連の非 行予防の活動で一番大切な非行について考え,非行をしないことを決意し,そのリスクを回避するスキルを学ぶこと は十分できたはずである。実践時間がなかなかとれず,「損得勘定をしてみよう」一つだけの実施となった2クラス も,普段考えることのない「非行」という問題を扱い,非行について考え,非行をしないことを決意したり,そのリ スクを回避するスキルの必要性を感じたりしたはずである。程度の差こそあれ,これらの活動を実施した本校の1年 生全体に,非行は身近なものであり,その場でしっかりとした対応をすることによって自己の人生に責任をもつこと ができることを実感させることができた。三つの活動後のアンケートで「この授業は自分のためになった」と回答す る者が,それぞれ96%を超えたことからも,生徒が「よい学びをした」という実感をもつことができた活動だったと いえる。その意味では,これらの活動の目的はほぼ達成できたと思われる。この活動の成果が生徒の実際の日常生活 の中に生かされることを期待したい。 (2) 課題 三つの活動の「振り返り」のアンケートの中で,「グループの活動に参加することができたか」の設問だけは,常 に肯定的回答がやや少ない。高校生はグループ・アプローチに抵抗感を抱く年代であることもあり,必ずしもグルー プでの話し合いに積極的でない者が一部にはいることも分かる。しかし,肯定的回答が少ないからいといって,グル ープ・アプローチを実施することに消極的になってはいけない。コミュニケーション能力を育成するためにもこうし た取組をする意味がある。他人とコミュニケーションをとることを面倒に感じたり,人間関係に苦手意識をもってい たりする生徒は少なくないだろう。だからこそ,話し合う経験を通して,「話すこと・聞くこと」の力を身に付けて いくことは極めて重要である。ほとんどの生徒が高校卒業後直ちに就職をする本校においては,このような実社会で 必要とされるコミュニケーション能力を,在学中に身に付けておく必要がある。高校入学当初よりグループ・アプロ ーチを計画的かつ継続的に実施し,グループで話し合うことに慣れさせていくとともに,個々の生徒の「話すこと・ 聞くこと」を中心としたコミュニケーション能力を高め,人間関係形成能力を身に付けていくことが必要なのである。 今回は1年生の全クラスを対象として行ったが,時間の制約上,全クラスですべての活動を行うことはできなかっ た。そのため,クラスによって効果に差が出たことは否めない。また,実施時期も非行に陥りやすい夏休みの前に実 施することが非行予防の効果を高めると考えるが,これも時間がとれず二つは夏休み明けの実施となった。この活動 は,生徒にとって学びの実感が強い。配列や実施時期などを含めて検討し,より効果が得られるように学校全体で取 り組むことが望ましい。 <参考文献> 國分康孝監修 押切久遠著 『非行予防エクササイズ』(図書文化社 2001) |