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「文学者の愛した蒲郡」(1)

常磐館の跡地  風光明媚(めいび)な蒲郡の地は、多くの作家たちが繰り返し訪れました。そのため、多くの文学作品の舞台となっているほか、名古屋の実業家が明治時代に建てた料亭「常磐館(ときわかん)」や「蒲郡ホテル(常磐館の敷地に建てられた姉妹館)」に逗留(とうりゅう)した作家たちが、多くの作品を生み出すこととなりました。
          常磐館の跡地

  古くは、大正11年に発表された菊池寛の長編小説「火華(ひばな)」が有名です。「蒲郡の海! それは、瀬戸内海の海のやうに静かだ。低い山脈に囲まれ、その一角が僅かに断(たゝ)れて、伊勢湾に続いて居る。風が立つても、白い波頭が騒ぐ丈(だけ)で、岸を打つ怒濤は寄せては来ない。」このように、冒頭には蒲郡の風光の美しさが描かれ、「常磐館」を舞台に小説は始まります。

 その後、多くの作家が訪れることとなりますが、谷崎潤一郎の大作「細雪」の下巻の冒頭では、登場する四姉妹の中で、婚期に遅れ幸せ薄い三女雪子が大垣方面での見合いの帰りに、蒲郡まで旅行をするシーンがあります。上巻執筆中に太平洋戦争を経験した谷崎は、軍部の強権により発表停止になりつつも書き続けますが、下巻の冒頭は戦争が終わった時に、開放的で明るい蒲郡の海を思い浮かべて小説に登場させたと思われます。

 なお、谷崎の結婚の媒酌人(ばいしゃくにん)を務めた志賀直哉は、小説の神様とも呼ばれましたが、昭和16年の1月下旬の蒲郡滞在中に、有名な「内村鑑三先生の憶い出」を書いたことで知られます。

 その他、川端康成も、大正14年に「常磐館」を背景とした短編「驢馬(ろば)に乗る妻」を発表しています。「常磐館」に設けられた馬場を舞台にしたこの小説では、妻とその姉と主人公との葛藤(かっとう)が描かれています。小説の掉尾(とうび)は、「丘の南は四月のやうに霞んで見える、二つの半島に抱かれた、暖かい蒲郡の海だ。鶴が鳴いた。」で結ばれています。主人公の妻に対する冷酷な態度は、東三河の冬なお温暖な自然と対比されつつ描かれています。

 なお、この小説が書かれた年に生まれた三島由紀夫は、プライバシーをめぐる訴訟の嚆矢(こうし)ともいわれる小説「宴(うたげ)のあと」の主人公の新婚旅行先を蒲郡に設定しています。


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