糟谷磯丸
(かすやいそまる)


 明和元年(1764)5月3日〜嘉永元年(1848)5月3日。江戸時代末期の歌人。
 愛知県渥美半島の先端、伊良湖(いらご)の漁師であった磯丸は、母の病気が治るようにと毎日お参りしていた伊良湖明神(神社)で和歌を知る。 既に30代半ばであったが、このころはまだ文字の読み書きができなかった。 「無筆の歌よみ」と呼ばれたのはそのためである。
 純真・誠実な人柄ゆえの飾らず素朴な歌は人々に愛された。 また、磯丸の祈りが明神様に通じてか、 長い間重い病気で苦しんでいた母親の病気が全快し、 さらには伊良湖の大火事の際、磯丸の家だけ焼けなかった不思議も重なり、 図らずも磯丸は人々から神仏のようにあがめられることとなる。 こうして、磯丸に歌を詠んでもらえば災難から救われるという噂が立つようになり、病気の治る歌をはじめ、安産、家内安全、商売繁盛、大漁祈願、魔よけ、虫よけなどの「まじないの歌」を数多く求められて詠んでいる。
     
   

磯丸霊神祠と糟谷磯丸旧里碑

伊良湖神社境内にある磯丸霊神祠(左、いそまるれいじんほこら)と
糟谷磯丸旧里碑(右、かすやいそまるきゅうりひ)


 
愛知県との関わり

伊良湖小学校歌碑

伊良湖小学校
みかきみよひかりはおなし玉くしけふたみの浦のかいならすとも


糟谷磯丸は伊良湖の漁師の家に生まれ、85年に及ぶ生涯をこの地で過ごした。 人々に親しまれ信仰された磯丸の歌は、郷土の渥美半島はもとより県内各地に広く伝わった。 田原市伊良湖小学校、田原市百々(どうどう)神社、新城市十二所神社、新城市鳳来寺山岩本院跡、 豊川市大榎観音堂跡、岡崎市宮崎神社、岡崎市石座(いわくら)神社、高浜市春日神社、 豊田市一本松峠など、三河地区を中心に多くの歌碑が建つ。 平成17年(2005)には、伊良湖旅客ターミナル(フェリー乗り場)から伊良湖岬灯台へと続く遊歩道に 61の磯丸歌碑が建立され、令和7年現在では70の歌碑が建っている。


伊良湖遊歩道磯丸歌碑群

伊良湖遊歩道磯丸歌碑群(いらごゆうほどういそまるかひぐん)
田原市伊良湖町


磯丸園地歌碑

磯丸園地歌碑(いそまるえんちかひ)
田原市伊良湖町

夏ころもきてもみよかしいらこ崎涼しき浪のよるの月かけ


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 いのりの磯道(磯丸歌碑の道)

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