伊勢物語
(いせものがたり)
平安時代初期に成立した歌物語。諸本によって多少異なるが、約125段から成り、一段ごとに一首ないし二、三首の和歌が含まれている。
「昔、男ありけり」といった書き出しで知られているように、ある男の「初冠」(ういこうぶり)から始まり、
二条の后との恋、東下り、惟喬親王(これたかのみこ)との親交、晩年の辞世の歌と、
一生の歴史を述べたような形になっている。主人公は在原業平(ありわらのなりひら)を想定したものと言われ、
物語の中には業平の和歌が数多く使われている。業平が、在原家の五男で近衛の中将であったことから、
「在五が物語」(「源氏物語」総角の巻)「在五中将の日記」(「狭衣物語」)などとも呼ばれる。
作者について
諸説あり不明である。各段の中心となっている和歌は、
昔から在原業平の作であると考えられる。したがって、在原業平が自ら記した極めて小さな作品が存在していて、
その後何人もの手が加わり、業平作でない歌をも抱え込む形で成立したものではないか、と推定されている。
教材化のヒント
「八橋」は、その後の古典作品にも影響を与えている。以下にその一部を紹介する。これらの教材との読み比べを取り入れた授業展開も効果的であろう。
○東関紀行(小学館『新編日本古典文学全集 中世日記紀行集』)
行き行きて、三河国八橋の国の渡(わたり)を見れば、在原業平、杜若(かきつばた)の歌よみたりけるに、みな人乾飯(かれいひ)の上に涙おとしける所よと、思ひ出でられて、そのあたりを見れども、かの草とおぼしきものはなくて稲のみぞ多く見ゆる。
花ゆゑに落ちし涙の形見とや稲葉の露を残しおくらむ
源義種(よしたね)が、この国の守(かみ)にて下りける時、とまりける女のもとにつかはしける歌に、「もろともにゆかぬ三河の八橋を恋しとのみや思ひわたらん」と詠めりけるこそ思ひ出でられ哀れなれ。
○うたたね(岩波書店『新日本古典文学大系 東路記・己巳紀行・西遊記』)
三河国八橋といふ所を見れば、これも昔にはあらずなりぬるにて、橋もたゞ一つぞ見ゆる。かきつばた多かる所を見れば、かきつばた多かる所と聞きしかども、あたりの草も皆枯れたる所なればにや、それかと見ゆる草木もなし。業平の朝臣(あそむ)の「はるばるきぬる」と歎(なげ)きけんも思ひ出らるれど、「つましあれば」にや、さればさらんと、少しおかしくなりぬ。
○春の深山路(小学館『新編日本古典文学全集 中世日記紀行集』)
三河の国になりぬれば、ひとへに野を行く。霜枯れの道芝をのみ踏み平(なら)しつつ過ぐるも、いと淋し。八橋は先達(せんだつ)どもやうやうに釈(と)きたり。蜘蛛手(くもで)とは昔いかにかありけむ、今はただ二つの橋なり。能因法師は谷の橋と申し侍りけるも、なほいかがと聞ゆ。杜若(かきつばた)も今はなし。何をか句の頭(かしら)に置きて、歌も詠むべき。
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