われ死なば


 「われ死なば」では、自分は死後もなお、この故郷を愛してやまないことを、明治の歌人与謝野鉄幹にも似た絶叫調で訴えています。 しかし、聳(そび)え立つ伊吹山の頂や滔々(とうとう)と流れる木曽川の流れに身を任せるのではなく、 一握りの灰となって熱田の杉の根に撒かれたいと願うのです。産土(うぶすな)と一体化した思いがここにはあると言えるでしょう。
 
教材化のヒント

 現代文の授業において詩を扱う場合、その詩をどう解釈するかに重きを置く傾向があろう。 しかし、詩とは本来作者の意図を解釈するだけのものではない。読み手が自分なりに解釈した上で、 更に自己の感性や経験と共鳴させて新しい発見をし,自己の生き方に反映させるところに詩を鑑賞する意味がある。 そこで、今回は「読むこと」の指導を通して、自ら考え、感じる力を養いたい。
       


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 作者 佐藤一英

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 一宮萬葉公園

 郷土文学講座「一英と一宮萬葉公園」