ニ連木城址(にれんぎじょうし) <時代>戦国時代 <地域>東三河
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二連木城址石碑(大口公園内) |
戸田氏の墓所(全久院) |
<所在地>豊橋市仁連木町(豊橋鉄道市内線東田(あずまだ)電停下車徒歩5分)
<概要>
二連木城は田原城主戸田宗光(とだむねみつ)により1493年(明応2)に築城された。今川氏を後ろ盾に進出してきた,一色(いっしき)城の牧野古白(まきのこはく)に対抗するためである。そして,宗光が普門寺での戦いで討ち死にした後は牧野氏と戸田氏が奪取を繰り返した。1571年(元亀2),1575年(天正3)に武田氏から攻撃を受けたが,城主戸田氏は徳川家康の家臣で吉田城主の酒井忠次とともに守り抜いた。その後,家康が関東に移るのに従い戸田氏は武蔵国に移り,酒井忠次のあと新たに吉田城主となった池田輝政により,二連木城は廃城となった。
<学習のポイント>
東三河の戦国時代に二連木城の果たした役割について,牧野古白や戸田氏との争い,今川氏や徳川氏との関係を考慮し考えてみよう。
<見学のポイント>
現在,公園として整備されている。また二連木城址の南西に戸田憲光が父の宗光のために創建し,戸田氏の墓所でもある全久院がある。
<参考資料>
「豊橋市史」「東三河の歴史」「図説東三河の歴史」
<問い合わせ先・ホームページ>
豊橋市美術博物館 0532-51-2882 http://www.toyohaku.gr.jp/bihaku/index.htm
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