佐屋路と三里の渡し | 佐屋宿模型(愛西市佐屋郷土資料室〔佐屋公民館内〕) |
<概要>
東海道の宮(名古屋市熱田)から桑名までの脇街道である佐屋路は,熱田の渡し場から桑名までの直通海路である「七里の渡し」のバイパスとして賑わった街道である。その理由は,陸路の部分が長く,水路(木曽川が中心で海ではない)は佐屋から桑名までのわずか12km(三里)だったことにある。佐屋路が盛えた理由は,この「三里の渡し」にあったといえよう。
「三里の渡し」を利用するには,熱田神宮正面の「七里の渡し」の渡し場から分かれて,陸路で,岩塚・万場・神守を通り佐屋に出て,佐屋川の渡し場に至る。ここからが「三里の渡し」で,桑名まで船で木曽川を下り,東海道本道に合流した。
初めは,津島湊から出ていたが,佐屋川の川底が高くなってきたために,次第に佐屋の湊が使われるようになっていった。そのため,信長の時代から盛えてきた津島湊の渡し船は,津島神社への参拝客だけに限られるようになっていった。「三里の渡し」は,「七里の渡し」に比べ,水路がはるかに短く,安全度が高いということで,船の嫌いな旅人や女性や子供に多く利用された。
<学習のポイント>
史跡や資料から幕藩体制の制度や様子を想像してみよう。併せて「佐屋路」「津島湊」「葛木渡船」も学習してみよう。
<見学のポイント>
「佐屋三里の渡し跡」「舟場道への道標」等,当時の面影があり,江戸時代の様子をイメージできる。
<参考資料>
「海部・津島の歴史とくらし」
<問い合わせ先>
愛西市教育委員会社会教育課 0567-37-0231