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(小学館『新編日本古典文学全集』による)
又一の宮といふ社を過ぐとて、
一の宮名さへなつかし二つなく三つなき法(のり)を守るなるべし
二十日、尾張国、下戸(おりと)といふ駅(うまや)を出でて行く。避(よ)きぬ道なれば熱田の宮へ詣りて、硯とり出でて書きつけ奉る歌、五つ。
祈るぞよ我が思ふことなるみがたかたひくしほも神のまにまに
鳴海潟和歌の浦風隔てずは同じ心に神もうくらむ
満(み)つ潮(しほ)のさしてぞ来つる鳴海潟神やあはれと見るめたづねて
雨風も神の心にまかすらむ我がゆく先のさはりあらすな
契りあれや昔も夢にみしめ縄心にかけてめぐりあひぬる
潮干(しほひ)の程なれば、障(さは)りなく干潟を行く。折しも浜千鳥いと多く先立ちて行くも、しるべがほなる心地して、
浜千鳥鳴きてぞ誘ふ世の中に跡とめむとは思はざりしを
隅田川のわたりにこそありと聞きしかど、都鳥といふ鳥の、嘴(はし)と脚(あし)と赤きは、この浦にもありけり。
言問はむ嘴と脚とはあかざりし我が来し方の都鳥かと
二村山を越えて行く。山も野もいと遠くて、日も暮れはてぬ。
はるばると二村山を行きすぎてなほ末たどる野辺の夕闇
八橋にとどまらむ」と人々言ふ。暗さに橋も見えずなりぬ。
ささがにの蜘蛛手あやふき八橋を夕暮かけて渡りかねつる
二十一日、八橋を出でて行くに、いとよく晴れたり。山もと遠き原野を分け行く。昼つかたになりて、紅葉いと多き山に向かひて行く。風につれなき紅、ところどころ朽葉(くちば)に染めかへてける、常盤木(ときはぎ)どもも立ちまじりて、青地の錦を見る心地して。人に問へば宮路(みやぢ)の山とぞ。
時雨れけり染むる千入のはては又紅葉の錦色かへるまで
この山までは、昔見し心地する。頃さへ変わらねば、
待ちけりな昔も越えし宮路山同じ時雨のめぐりあふ世を
山の裾野に竹ある所に、萱屋ただ一つ見ゆる、いかにして、何のたよりに、かくて住むらむと見ゆ。
主や誰山の裾野に宿しめてあたりさびしき竹のひとむら
日は入りはてて、なほ物のあやめもわかぬほどに、わたうどとかやいふ所にとどまりぬ。 二十二日の暁、夜深き有明の影に出でて行く。いつよりも、物いと悲し。
住みわびて月の都は出でしかど憂き身離れぬ有明の影
とぞ思ひ続くる。供なる人、「有明の月さへ笠着たり」といふを聞きて、
旅人の同じ道にや出でつらむ笠うち着たる有明の月
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作者 阿仏尼(あぶつに)
愛知県とのかかわり
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